夢/とある後輩の災難 | ナノ

様々な自分


最後の学年も終わりを迎え、私もなんとか忍術学園を卒業することができた。
就職先は春と夏、ともかく時間があれば実習に行ったあのお城。
七松先輩だけじゃなく、組頭さんにも城主にも認めてもらってなんとか、本当になんとか採用してもらった。
元々そんなに雇わないらしいけど、私がしつこく頑張ったし、将来性に期待ということで働くことができる。
あと、女だと言う理由もだ。女の忍者、つまりくノ一がいないからこれを機に…とも言われた。
これほど女でよかったって思うことはない。いいね、女でよかった!
何度も実習に来ているから皆とは顔見知りになっているので、特に違和感はなし。
ただ、篤彦先輩だけは相変わらずトゲトゲしてる…。私何もしてないんだけどなぁ…。
それを見る七松先輩は楽しそうで、そのせいで余計怒るんだけど……何がしたいんだろうか。
でも普通に話しかければ最初のように口ごもりながら答えてくれる。いい人なのは解ってんだよ。ただ考えが解らん。


「おい吾妻、これも洗っといてくれ」
「はーい」


慣れているとは言え、ここの下っ端ということで毎日雑用に追われている。
七松先輩はこの一年でかなり重要な忍務を任されており、滅多に顔を見ることはない。
さすが実力主義のお城…。解っていたけど、やっぱり七松先輩は遠い人だなぁ…。
寂しいとは思わないが、どうか死なないでほしいと思ってしまう。そんなこと言ったら、「お前のほうが危ない」って言われるんだろうけど。
雑用に追われ、先輩たちに鍛錬をつけてもらって、ゆっくりだけど自分なりに成長している。…と思いたい。


「よし、こんなもんかな!」


ほとんどが雑用だから、早く終わらせて自由な時間を作らないと強くなれない。
中庭で頼まれた洗濯を終えたあと、袖を縛っていた縄を解いて長屋に戻る。
夕食は専属の人がいるから大丈夫。うん、他にやることはもうないよね。


「今日は休みだけど、適度に身体動かしとかないと…」


休むのも立派な仕事だけど、むずむずするんだよねぇ。
というか、休みなのに仕事を押し付ける先輩方もどうかと思うけど、最近ちょっと忙しいもんね。
戦も最近増えてきた。戦忍びである七松先輩はそれにもよく連れて行かれているが……。


「死なないでほしい…」
「おい吾妻」
「篤彦先輩?どうしましたか。もう洗濯ならしませんよ」
「ちげぇよ!その…饅頭買って来たんだが、一緒にどうだ?」
「篤彦先輩がですか?わー、頂きます頂きます!私、お茶持ってきます!」
「お前の部屋の近くでいいか?じゃねぇと先輩たちにも盗られちまうし、邪魔される…」
「了解でーす」
「…あいつ鈍感じゃなくて、ただのバカだろクソ…」


お茶を用意して自室に向かうと、自室の前の中庭に面した廊下に座って先に饅頭を食べていた。


「うわ、ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃないですか」
「俺が買って来たんだからいつ食べようがいいだろ」
「買って来て下さったからいいですけど…。はい、お茶。頂きます」
「お、おう…」


篤彦先輩はよく解らない先輩だけど、優しい。
このお饅頭だって並ばないと買えない人気のお饅頭。
よくしているのは解るんだけど、いきなり怒ったりするからなぁ…。


「なぁ吾妻」
「なんすかー」
「お前、小平太と…あれだよな」
「それ何度目ですか。あれですよ」
「何で小平太なんだよ」
「それも何度も答えました」
「だってあいつ自己中だろ…。お前だって振り回してるし、言葉もきついし、遠慮ねぇし」
「あのままを好いてしまいましたからねぇ…。なんすか篤彦先輩。私のこと好きなんすか」
「好きじゃねぇって言ってるだろ!お前の考えが理解できねぇって言いたいんだよ…」


それは私もなんですけどねぇ…。
とは言えず、はぁ…とだけ答えてもう一個饅頭を頬張る。うまい。


「私、人間として尊敬してるんです。自分にないものをたくさん持ってる七松先輩が好きなんです。だって、格好よくないっすか?」


ちょっと恥ずかしかったけど、自分が思っていることを少しだけ篤彦先輩に話すと、篤彦先輩は私を一度見たあとすぐに顔を背けて、「そうだな」と答えた。
何だか、笑っているような、呆れているような声だったので、顔を覗き込むと頭を掴まれて引き離される。


「そうだな。人間、自分にないものを持ってるやつとか、自分と正反対のやつを好きになるよな」
「逆の人もいますけどねー」
「はぁ…」
「どうしましたか?」
「俺よー…。結構卑怯な人間なんだ」
「それは知ってます。でも負けず嫌いで、努力家で、高みを目指そうとしている人ですよね。私と一緒」
「…あぁ、だからお前は俺じゃないんだよな」
「ん?どういう意味ですか?」
「いい、なんでもねぇ。とりあえずこれ全部食え。俺はちょっと先輩に呼ばれてるから戻るな」
「はーい、ありがとうございまーす」
「それと。小平太、今日中に戻って来るらしいぞ」
「マジですか!うわ、やば!どうしよう!」


慌てる私を置いてその場から立ち去る篤彦先輩に「ありがとうございました」とだけ言って、お饅頭を口に詰め込む。
戻って来るなんて久しぶりじゃないか!?今度はどこから戻って来るんだろう…。大丈夫かな、怪我してないかな。してないよね!でも一応救護班のほうに顔を出しておくか。


「…なにちょろちょろしてんだ?」
「七松先輩が帰って来ると聞いたので色々準備を……って、七松先輩!?」
「おう!」


黒い忍び装束を土で汚した七松先輩が真後ろに現れ、気配を感じ取ることができなかった私は後ろにさがって、尻餅をつきそうになる。
それを助けてくれるように腕を掴んで、「大丈夫か?」と手を離す。


「今日中って…」
「今日中だろう?」
「早いですよ…」
「早いことはいいことだ!」
「アハハ、そうですね」


久しぶりの七松先輩に頬の緩みが止まらない。
嬉しいさ。そりゃあもう嬉しいさ!だって好きなんだもん。女々しいけど、今だけは許してくれ。


「はい、お茶」
「悪いな」


篤彦先輩が座っていた場所に七松先輩が座り、私もその横に腰をおろす。
新しく淹れたお茶を渡すと、嬉しそうに受けとってくれて、くいっと全てを飲み干す。
報告はもうしているからいいらしい。このまま休息をとれと言われ、ここに来たという。
自室に戻ることなく、私のところに来てくれたということに、また嬉しくなって心の中で噛みしめた。私は幸せ者だな!


「ところで今回も戦ですか?」
「いや、偵察だ。それ以上はお前でも言えん」
「大丈夫です、解ってます」
「ただこれだけは言える。これから先、小さな忍務でも全力でやれ。いいな」
「はい、勿論です。プロの世界は厳しいですからね」
「そうだ!」
「あ、じゃあ少し休んで鍛錬に励みますか?でもその前に着替えを…あと湯も沸かしますね」
「いや、今はまだいい。少し休む」
「私の部屋でよかったら布団敷きますよ」
「ここでいい」


足袋を脱ぎ、廊下にあがってからコテンと私の膝に頭を乗せる。
……七松先輩が甘えてきた、だと…!なんという…なんという展開!
(多分)初めての体験にどうしたらいいか解らず固まっていると、小さく笑って「そのままでいいぞ」と教えてくれた。
腕を組み、気持ちよさそうに眠る七松先輩はたった一年しか経ってないのに、なんだか大人びて見えた…。
知らない傷も増えたし、たくましくもなった。
格好いいな、憧れるなって思う反面、どんどん強くなっていく七松先輩に寂しさも感じた。


「ねぇ七松先輩」
「んー?」
「私、七松先輩の嫁になりたいっす」
「何を今更」


さも同然かのように答えてくれる七松先輩にやっぱり笑みがこぼれて、幸せな気分に満ち溢れる。
私の心の中にだけ桜が咲いて、恥ずかしくて言葉にできない言葉を言い続けた。


「でも……あれなんす」
「あれ?」
「寂しいんです…。悔しいんです…。先輩ばかり強くなって、私は強くなれなくて…」
「…」
「嫁になりたいんですけど、一人の人間として七松小平太を超えたかったっす…!」


勝てるわけがないと散々口にしてきた。今でも勝てないと思ってる。諦めとかじゃなく、もう生まれもったものが違うから勝てるわけがないんだ。
でも悔しいと思う私はただのバカなんでしょうか。女らしくないでしょうか。
涙を流すつもりなんてなかったのに、溢れてきた涙が頬を伝って落ちて、七松先輩の頬を濡らす。
目を開け、身体を起こして泣いてる私の頬に手を伸ばして名前を何度か呼んでくれた。
「大丈夫」と言ってくれてるような気がして、余計に涙が溢れる。


「何度か、お前が男に生まれていればと思った」
「はい…っ。私、っも…何度も…何度も思いました…!」
「でもな、私はやっぱりお前が女でよかったて思うぞ。こんな性格だから、私についてきてくれたんだと思ってる」
「なな、まつせんぱい…!」
「力でも技でも体力でも勝てないけど、私を離さなかったお前は相当強い。それに、自分の命をかけて子を生める女は私より、男より強い。前も言っただろ?」
「…っすきな、人の…子ですもん…!」
「それでももしかしら死ぬかもしれないんだぞ?凄いことじゃないか」
「せんぱ、い…!せんぱい…!」
「精神だけは弱いなぁ」


苦笑する七松先輩の服を掴んで、涙を流し続けるとその大きな身体で包み込んでくれた。
それが、ここに来る人から隠してくれるようにも見えて余計に涙が止まらなかった。
解ってる。私にしかできないことがあるって。でもそうじゃないところを勝ちたかったんだ。
それすらも解っている七松先輩は、何度も「大丈夫」と言ってくれる。
どんだけ甘いんだこの人は!いつもは厳しいくせに!何も考えてないようでしっかり私のことを考えやがって!


「千梅、今度に休みにきちんと挨拶に行こうか」
「挨拶…?」
「お前をそろそろ嫁にもらう挨拶」
「………父さん、死ぬかもしれないです」
「それは困るな。娘の晴れ姿を見てもらわんと」


抱きしめるのは止めたけど、離れようとしない七松先輩に私も甘えてくっついたまま、出ていた鼻水をすすって、困ったように笑うと七松先輩は軽快に笑う。
幸せなんですよ、あなたのお傍にいられるのは。でも私、こんな人間ですからどうしても色気のないことを言ってしまうんです、すみません。


「こんな私ですが、宜しくお願いします」
「細かいことは気にするな!」


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