夢/とある後輩の災難 | ナノ

彼からの手紙


吾妻の実習が終わって二ヶ月が経った。
組頭や先輩方、仲間からはなかなか高評価を貰えたので、今度の夏休みも実習に来ることになった。
勿論嬉しいし、笑顔で迎えるつもりなのだが、何だか気になる。
それが気になって仕事に支障が出ることはないが、一人になったときにふと考えてしまう。
強くなっている。自分なりの技も見つけようとしている。問題ない。
だが、心だけはなかなか成長しようとしない…。それだけが気になる。
前は私という目標が目に見えてあったし、私が止めていたからなんとかなっていたが、今はどうだろうか。
誰かが止めてあげないとあいつは突っ走るタイプだ。頑張ろう頑張ろうとして、空回りする。
それを竹谷が止めれるか?いや、竹谷の言葉も無視するだろう。あいつもギリギリまで強く言えない性格だからな。


「おい小平太。あいつ今度の夏休みも実習に来るんだろ?」
「篤彦。ああ、一応そうなってる。組頭からも許可貰ってるみたいだし、学園側も問題ないって言ってた」
「そっかそっか」


吾妻に敵意を向けていた篤彦は何故か吾妻が帰ってからしつこく聞いてくる。
なんだ?負けたから悔しがってるのか?また戦いたいのか?できれば私も組手したいんだけどなぁ…。


「じゃなくてだな、お前に文が届いてるぜ。しかも馬借特急便で」
「そうか。すまんな」
「いーってことよ。じゃあ俺、もうあいつに負けねぇように鍛錬してくらぁ!勿論、お前にも負けねぇし強くなるけどな!」
「おおっ、頑張れ」
「そういう他人事みたいな言い方ムカつくから止めろ」


篤彦を見送って渡された文を開くと、すぐに竹谷の文字だと解った。相変わらず汚いな…。
中は「吾妻、負傷」のそれだけ。
忍びの文も簡潔にしないといけない。だからと言ってこれは…解りにくいぞ、竹谷。
解るが解らん。吾妻が負傷したんだろう。だが、どの程度だ?文を送ってくるということは、相当酷いのか?致命傷か?


「…」


文を握りしめ、組頭の元へと向かう。
今日と明日は久しぶりの休みだ。行くなら今だろう。
仕事中の組頭に一言だけ伝え、私服に着替えて久方ぶりの忍術学園に向かう。
母校に戻れるのは嬉しかったのに、吾妻のことを思い出すと眉間に自然としわが寄ってしまう。
走る速度があげたので、昼前に学園につくことができた。
小松田さんに入門サインをして、慣れ親しんだ六年長屋に向かうと見慣れた生徒たちが私に頭を下げてくる。


「吾妻」
「うわああ!?」
「うおおお!」


元々その部屋は私と長次の部屋だった。
今度は吾妻と竹谷が使っており、戸を勢いよく開けると二人揃って悲鳴をあげる。
部屋には寝間着姿で布団の上に座っている吾妻と、制服姿の竹谷。
吾妻の元気な姿を見てようやく深い呼吸に戻ることができた。


「七松先輩!?なんで学園に…!?」
「な、七松先輩…ちょっと早くないですか?」
「あんな手紙を貰えば心配になるだろう」
「あんな手紙?…竹谷!」
「だってお前……」
「吾妻、少し黙ってろ。竹谷、顔貸せ」
「はい…」


吾妻が焦って竹谷を止めようとするので、竹谷だけ呼び出して吾妻は安静しているように睨むと、素直に「はい」と返事をする。何か言いたそうな顔をしていたが知るか。
呼び出した竹谷と廊下で怪我の経緯を聞くと、呆れてものが言えなかった。
私が気になっていた通り、吾妻が突っ走ったらしい。
最近鍛錬する時間も増え、身体に鞭を打っていると竹谷は視線を落としながら話してくれる。
いくら自分たちが止めても「嫌だ」の一点張り。どうしても強くなりたい、もっと早く強くなりたい。そればかり。
鉢屋が「焦っても強くなれない」と言ってもダメだったと頭をかいた。


「すみません、七松先輩…。俺らじゃ止められなくて…」
「だから私に文を送ったのか」
「………」
「…怪我は何週間目だ」
「……すみません」
「もういい。あとは私が説教するから」
「はい、お願いします」


頭を下げる竹谷を置いて再び部屋に入ると、布団から逃げようとする吾妻と目があって殺気を飛ばす。
こいつは本当にバカだ。いつになったら成長する。


「ごめんなさい!つい条件反射で!」
「説教だ」
「…え?」
「説教するからそこに座れ。怪我はほぼ完治したんだろ」
「…いえ…あの…」
「完治したんだろ?」
「はい、大人しくします」


布団の上に正座して、身体を小さくさせる千梅。
髪の毛が伸びたなと声をかけそうになって飲み込み、「馬鹿者」と説教を始めた。


「いいか、次無駄に命を粗末にするようなことをしてみろ。私はお前を捨てるぞ」


忍びの本分を忘れるな。戦うことが忍びではない、忍務を遂行することが本分だ。
そのために戦ったり、死なないといけないなら私は文句言わん。
だが今回の忍務はそうじゃなかった。だから馬鹿者なんだ。
私もあまり説教が得意ではないから、言いたいことと伝えたいことだけを伝えると吾妻は小さく「すみませんでした」と謝って額を布団につけた。
そこまで謝る必要はないと思ったが、吾妻がそうしたいならと何も言わなかった。


「言い訳ではありませんが、七松先輩がいないとどこまで頑張っていいのか解らないのです…。足りないんじゃないかと焦ってしまうんです…」
「それを考え、調整していくのが六年生だ」
「はい、その通りです。以後気を付けます」


目標としていた六年生がいなくなって、自分たちが最上級生になった。
それに不安を感じる気持ちもよく解る。私たちもそうだったからな。
私たちができたんだから、お前たちにもできる。お前たちなりの六年生を見つけ、精進しろ。


「ありがとうございます」


顔をあげたとき、少しだけスッキリした顔をしていた。
これで大丈夫だろう。
そう思って久しぶりに忍術学園のことを聞こうとした瞬間、部屋の外に小さな気配を感じた。


「千梅せんぱーい!」
「公彦。ちょ、竹谷!」
「悪い!こいつ俺の話聞かなくて…」
「もう大丈夫ですか?ぼく、さみしかったです…。せんぱい死んじゃうんじゃないかって…」


六年生長屋だと言うのに臆することなく入って来た新一年生らしい生徒に言葉を失う。
今年の一年は礼儀も知らんのか?


「あのね公彦、今はちょっと…。あ、そうだ!な、七松先輩、この子今年体育委員会に入った新しい一年生なんですよ。なかなか根性がある子で将来が楽しみなんです」
「……千梅せんぱい、この人だれですか?」
「ああああ吾妻、頼むからそいつ止めてくれ!」
「き、公彦…。あのね…この方は前体育委員長の七松小平太先輩。先輩だからちゃんとして」
「あ、せんぱいたちがいつも言ってた方ですね!はじめまして、三次公彦です」


…まぁ初対面だからな。だが、初対面だからこそきちんとするのが……まぁいいや。
何でか解らんが、こいつだけはいちいち指摘したくなる。何でだ?


「千梅せんぱい、一緒にご飯はまだダメですか?」
「うん、もうちょっと安静にしとかないとだし…。それに今日は七松先輩が来てくれたから七松先輩と一緒にしたくて…ごめんね?」
「えーっ!」
「おい公彦ー!早く部屋から出て自室に戻れ!」


心の中で「勝った」と思ったが、何でそう思ったんだ?ん?
とりあえず怪我人に抱きつくのはおかしいだろう。安静にしてないといけないんだぞ。これだから一年生は…。
まぁ忍びとはどういうものか解らないからな、仕方ない。


「おい公彦と言ったな。吾妻から離れろ。安静にしとかないといけないって言われてるんだ」
「えー…。だって久しぶりに千梅せんぱいに会ったんですもん…。今日は千梅せんぱいとずっと一緒にいたいですーっ!」
「だから、吾妻は怪我人だって言ってるだろ。離れろ」
「いーやーでーす!七松せんぱいには関係ないじゃないですかー。千梅せんぱいー、たすけてー!」
「吾妻!お前の教育は生ぬるいな!私がいけどんで鍛えてやるから貸せ!」
「千梅せんぱいにきたえてもらいたいからイヤです!千梅せんぱーい!」
「いたた…お、お願いだから引っ張らないで…!傷口が……開く…っ」
「吾妻から離れろ!忍たまがそんなに甘えてどうする!」
「だって実家からとおくてさみしいんだもん!せんぱいこそ千梅せんぱいをはなしてください!千梅せんぱいはぼくのこと好きなんですからね!」
「吾妻は私のことを愛してる!数ヶ月程度のお前より、何年も付き合った私のほうがよく知ってる!」
「った…!」
「吾妻!?っ二人とも吾妻から手を離して下さい!傷口が開きます!」
「…ったた…」
「千梅、千梅せんぱい…ぼく…」
「す、すまん吾妻…」
「七松先輩、ありがとうございました。公彦もありがとう。でもこいつはまだ完治してないんです!遊ぶなら外で遊んで下さい!はい、出て行って出て行って!」
「うわああ千梅せんぱいぃ!」
「た、竹谷!ちょっと待て!」
「吾妻が死ぬからお断りします!もうお帰り下さい!」


怒った竹谷に追い出され、力強く戸を閉められたあと、吾妻の呻き声が聞こえてさすがに申し訳なくなった。
しかし元はこいつのせいだ。


「おっ、小平太見つけた」
「篤彦?何でお前が?」
「篤兄ぃ!」
「公彦?何でお前が小平太と一緒に?」
「このせんぱいがぼくと千梅せんぱいのジャマするんだ!」


追い出されて公彦に文句でも言ってやろうかとしたら、私服姿の篤彦が現れて驚いた。
何でこいつがここに?と思ったが、それ以上に二人が兄弟だと言うことに驚いてさすがに声を失った。
ぎゃんぎゃんと私への文句を篤彦に話すも、篤彦は何だか落ち着きのない様子で吾妻と竹谷の部屋を見る。
…………そうか…だからしつこく聞いてきたのか。面倒臭い兄弟だな!


「篤兄きいてる!?」
「い、いや…聞いてるけど、あいつは大丈夫なのか?」
「わかんない!なのにこのせんぱいがジャマして…。もー、竹谷せんぱいもきらいだ!いっつも一緒にいるもん!」
「竹谷…?一緒に?…は?え、もしかして…」
「竹谷と吾妻はそういう関係じゃない。それより篤彦、お前何しに来たんだ」
「え?あ、そうそう…お前が忍術学園に行ったって聞いたから俺もと思って…。どんな風に学んだのか気になって……。公彦もいるし」
「それと、何で公彦は風魔じゃなくてここなんだ」
「…そういえば何でお前ここにしたんだ?」


本当の目的は吾妻じゃないのかと言いそうになったのを抑え、公彦のことを聞くと篤彦も首を傾げて視線を公彦に落とした。


「前も言った!千梅せんぱいが風魔にきたときにひとめぼれしたからだって!」
「「一目惚れ!?」」


何を言ってるんだこの子供は…。あいつに一目惚れする要素なんてないだろ?
………あぁ、お前篤彦の弟だもんな。そうか…兄弟揃って面倒臭い!二回も言わせるな、思わせるな!


「お……お前……俺だ…て…」
「千梅せんぱーい。ごめんなさいー!おねがいですから、死なないでくださいぃ…」


公彦が涙を滲ませ、震える声で戸に向かって謝り続ける。
これが嘘泣きならこいつは見事な忍びになるだろう。だが、私は好かん。
それに、吾妻がこれぐらいで出てくるとも思わん。


「きみひこー、大丈夫だよー」
「千梅せんぱいっ」
「だから泣かないでね。っと…あれ?篤彦先輩?」


この……だから何でそんなに甘いんだ…!それで体育委員長だと!?それも許せん!


「何でここに?あ、竹谷ごめん大丈夫」
「もういいだろ、早く戻れ」
「あ、うん。すみません、こんな姿で。七松先輩、昼食も夕食も一緒にできそうにないです、すみません」
「私があとから持って行くから、部屋に戻れ」
「大丈夫です、竹谷に頼むし」
「いいから戻れ」
「…はい。失礼します」
「千梅せんぱーい!」
「公彦、貴様は私と一緒に来い。篤彦、お前は学園長先生に挨拶でもしてきたらどうだ?」
「……」
「篤彦」
「あ、ああ…」


放課後、久しぶりに体育委員会会議を開いてやる!


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