努力型と天才型 「吾妻の勝ちー」 「よっしゃー!」 「だー、今度は負けちまったー!」 実習に来てから、忙しい毎日を過ごしていた。 毎日鍛錬ができるのはいいが、鍛錬だけじゃなく雑用も全て回ってくるから睡眠時間がガッツリ減らされた。 解っていたことだし、覚悟していたので文句はないが、身体がうまく動いてくれない。 と思っていたのは最初の三日や四日ぐらいで、あとはもうこのリズムに慣れてしまった。 慣れないと身体が壊れてしまうし、こういうのは七松先輩で慣れている。嬉しいような悲しいような性だが、今は感謝しよう。 そろそろ実習期間が終わるころ、仲良くしてくれてる七松先輩の同期の人たちに鍛錬をつけてもらった。 皆好意的なので甘えて鍛錬に付き合ってもらうのだが、ようやく一本を取ることに成功! 嬉しくて素の声で喜んだあと、すぐに「ありがとうございます」と頭をさげて、手を差し出す。 「さすがにいつも負けてばかりだとここに来た意味ありませんからね」 「お前まじで女止めろよー…くっそー…」 勿論勝てたのは奇跡に等しい。でもやっぱり勝てたのは嬉しかった! そのあとは他の人との組手を見て勉強して、その日の仕事は終了。 全員にお礼を言って一人で食堂へ向かおうとしたら、目の前に二人の先輩。 ここの人たちは基本的に優しい。高みを目指している方ばかり。 だからなのか、この人たちは私が頑張っているのが気に食わないという。よく解らない理由だ。 七松先輩と同期の先輩、確か篤彦先輩。もう一人の先輩は知らないけど…。 篤彦先輩はあからさまに私を敵視してくる。きっと気に食わないんだろうね。もう一人の先輩は本当にただの嫉妬。この人も私と同じく努力しないと強くなれないタイプ。 じゃあ努力しろよって言いたくなるんだけど、努力しても強くなれない時期なんだろうね。とにかく私が気に食わない。 「おい、ちょっと付き合え。夕食は最後でいいだろ」 「…構いませんけど、あまり遅くなると組頭さんに怒られますよ」 「いいから来いよ」 いつ呼び出しされるかと思っていたが、まさかこのタイミングとは…。 何言われるんだろうか。嫌だなぁ…何で変なこと言われるんだろうか。私はただ強くなりたいだけなのに…。 逆らうこともできないので二人について行く。向かった先はあまり人が通らない裏庭。こりゃまた典型的な…。 「組手するぞ」 「…解りました」 何故、今組手をしようとするんだろうか…。 誘われたからには実習生の私としては断るわけにはいかない。 篤彦先輩と最初に組手して、あっという間に負けてしまった。 元々篤彦先輩も強い。風魔流忍術学校の卒業生なんだし、動きが早い。 でももう一人の先輩は弱かった。隙が見える。でもここで私が勝ったりしたらまた面倒だ…。 手を抜いたら怒られるけど、「体力の限界で」とか言えばなんとかなるだろう。 忍者だって戦うばかりが全てじゃない。逃げることも必要だ。今回はその鍛錬! 「っ…!……ありがとうございます」 「はっ!先輩方が言うからどんだけ強いかと思ったら…。篤彦、こいつ言うほど強くないぞ」 「……おいお前。何で手抜いてんだよ」 「……はぁ?」 「体力の限界で…。先ほどまで組手していましたのでさすがにもう無理です、すみません…」 「違う。お前、他の奴と組手してるときも手を抜いてるだろ!」 もう一人の先輩に吹っ飛ばされて尻餅をついている私の胸倉を掴み、怒鳴る篤彦先輩。 手を抜いてる?抜いてない。私は真面目に戦っている。なのに何を言ってるんだ、この人は。 「いいから本気出して戦え」 「……」 「武器の使用はなしのままでいいよな」 「…はい、解りました」 胸倉を離され、立ち上がる。 一度深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出したあと、真っ直ぐ篤彦先輩を見据えた。 本気なのに何を言ってるんだ…。でもまだやるというなら私も頑張ります。先ほどよりもっと真面目に行かせてもらいます。 「小平太の後輩だけあって、とても元気な子ですね。くノ一とは別のたくましさがある」 「ありがとうございます。しかしまだまだ幼くて…」 「一つしか違わないのにね」 倒すことだけを考え、ひたすら篤彦先輩を攻める。 本気でこいと言われ、殺すつもりで殴りかかっているのだが、先ほどとは違って私が押しているのが自分自身にも解った。 ああ、そうか。七松先輩を今まで相手にしていたから、その速度に慣れているんだ。だから遅く感じるんだ。 どこまで私の世界は七松先輩中心なんだろうか。 思わず笑って、篤彦先輩から一本とって頭をさげる。 かなり息があがって、汗が溢れてきたけど、これで満足だろう。 「では、私は……これで…はぁ…」 「っ何で…!なんだよお前…何で今まで本気で…!俺らをバカにしてんのか!?」 「…何故、そうなるのでしょうか?」 「わざと実力を隠して、俺らをバカにしてんだろ!?」 「そんなことしてません。それに、これに気付いたのも今です。バカになんて…」 「お前も小平太も!さして努力することなく強くなれたから、俺らをバカにして、嘲笑ってんだろ!」 篤彦先輩が叫ぶと、もう一人の先輩も同じようなこと言ってきた。 どれもただの嫉妬にしか聞こえない。 私はどう見ても天才型じゃない。努力しないと皆に追いつけない。女だから追いつけない。それなのにそんなことを言うのか? 七松先輩は確かに天才だ。潜在能力が私たちと元々違う。だからって努力してないわけないだろ! 「七松先輩と同期なのに何故解らないんですか…」 「解るわけねぇだろ!俺らと一緒にいねぇんだからよ!」 「七松先輩…は、あなたたちと同じですよ…。同じじゃないですか…!」 「どこが同じだ!あいつも、どうせ俺らを見下しては笑ってんだよ!」 先輩の言葉に何かがキレて、無意識に懐に忍ばせていた苦無を取り出す。 殺したいわけじゃない。ただ、攻撃がしたくなった。 「双方それまでです」 「「組頭!?」」 「小平太、吾妻さんはお任せします。君たちは私と来ましょうか」 どこからか視線を感じていたが、まさか二人だったとは…。 苦無を握る手首を七松先輩に捕まれる。ビクともしない力に開いていた瞳孔が元に戻って恐る恐る先輩を見上げる。 「七ま「武器なしで戦うと言われ、お前はそれに同意した。組手も終わった。なのに武器を取り出すのはおかしくないか?」 相変わらず容赦のない指摘に苦無から手を離して、頭をさげる。 でも、あいつが七松先輩を理解してないから…。嫉妬でバカにするから…! それが嫌で嫌でつい我を忘れてしまった。子供みたいなことなのは解っている…。六年生になったんだからいい加減学べとも思う。 「(でもっ…!)」 言い訳はしない。七松先輩は言い訳が嫌いだからだ。それに彼の言っていることは正しい。 「確かに強くなったが、五年のときのままじゃないか」 「……すみません」 「だが、今さっきの動きは悪くなかったぞ」 だからどうしてあなたはいつも絶妙のタイミングで褒めるんですか…! 「さ、夕食に向かうか!今日で最後だろう?」 「はい。それより先輩はどうして組頭と?」 「組頭に呼ばれて一緒に仕事してたんだ」 ………篤彦先輩が嫉妬するのも解る。何でこの若さで組頭のお手伝いをさせてもらえるんだろうか…。 これをずっと隣で見てきたあの二人の先輩に同情しつつ、最後の晩餐をともにした。 ▼ おまけ。 「あ…」 「…」 「えーっと…。先ほどはすみませんでした」 「俺も悪かった。お前にあたることじゃないのに」 「(口ではそう言ってるけどずっと睨んだままなんですけど…)いえ、私は気にしてないので。すみません、お風呂に行きたいので失礼します」 「お前!」 「なんでしょう」 「もう明日には帰るんだろ。…ここ就職する気か?」 「私はしたいと思ってますが、組頭さん次第です」 「お前もここに就職したら俺がどんな思いするか知ってんのにか」 「それは私には関係ありません。それに、私は天才ではありません。強くないです。でも強くなりたいから、追いつきたいから頑張ってるんです」 「……俺だって…」 「先輩だって強いじゃないですか。確かに一対一の組手だと弱く見えるかもしれませんが、先輩の動きって暗殺向きですよね。風魔はそっちにも力を入れていると聞きましたし」 「おま…上から目線でうっせぇんだよ!言われなくても知ってるつーの!」 「それはすみませんでした。もういいですか?湯が冷めてしまいます」 「……でも!お前なんかに負けねぇからな!お前がここに就職したとき、圧倒的な差をつけといてやるから覚悟しとけ!」 「ならばまた、ご指導のほど宜しくお願い致します」 「は?」 「先輩からは色々学ぶところがあると思うので、ご指導して頂けると嬉しいのですが…。ダメでしたか?」 「っお前がどうしても教えてほしいって言うなら教えてやる!」 「楽しみにしてます。では失礼します、篤彦先輩」 「……おい!何で俺の名前知ってんだよ!つか、下の名前で呼ぶんじゃねぇ!」 「(なんだもうこの人…)すみません。皆さんが篤彦と呼んでいたのでつい…。では上の名前を教えて頂けますか?」 「よ、呼び捨ても止めろよ!お前、俺は先輩だぞ!」 「…………篤彦先輩。下の名前で呼ばれるのが嫌なら上の名前を教えて下さい…」 「別に嫌だなんて言ってねぇだろ!」 「(呼ぶなって言ったじゃないか…)…じゃあどう呼べばいいんですか?」 「…あ、…そ…れは…!あれ、だ…うん。そ、そ、そのままで…」 「いいんかい」 「お前が呼びやすいほうで呼べ!でもちゃんと先輩ってつけろよな!」 「あ、逃げた。……呼びやすいほうでって言われても、上の名前が解らなかったから呼びようがないんだけど…。なんだあれ、ツンデレか?なんか面倒くさそうだな。まぁいいや、お風呂いこーっと」 (△ TOP ▽) |