これでも五年生 吾妻千梅は後輩が好きだ。委員会の後輩は勿論、他の下級生たちも等しく可愛がっている。 こんな性格もあってか、下級生たちも千梅を慕っており、彼女を見るたびに抱きつく姿をよく見る。 その光景に彼女の犬猿の仲である善法寺伊作は「母性本能の押し売りにしか見えない」と黒く笑う。 しかし、可愛がりすぎて、後輩に好かれすぎて委員会の上級生たちからは少し鬱陶しがられていた。 別に嫉妬じゃないんだからね!と言うのは五年生諸君。 口には出さないがあそこまで慕われて羨ましいと思うのは六年生諸君(但し七松は除く) そして、 「吾妻先輩!いい加減うちの後輩にちょっかい出すのはやめてください!」 「ご、ごめん三木ちゃん…。でもやっぱり団蔵も左吉も可愛いから…」 「下級生たちと一緒になって遊ぶのは迷惑です!」 「はい…。でも遊んでないし…」 「委員会に戻ってくださいと遠回しに言っているのです!」 普段はとてもいい後輩である三木ヱ門なのだが、徹夜中はかなり厳しい。 疲れているであろう団蔵と左吉に膝枕をしているだけで怒られてしまい、落ち込んだ千梅は諦めて自分の委員会へと向かう。 「千梅先輩どうしたんですか?元気ありませんよ?」 「これからマラソンがあるのに…。先輩、いたいのいたいの飛んでいけーっいりますか?」 「金吾ぉ…しろべぇ…!」 やはり我が子が可愛い!と二人まとめて抱きしめると、背後から「吾妻先輩!」と怒鳴り声。 ボロボロになった滝夜叉丸が三之助を縄で縛って、息を乱したまま三人に近づく。 「なに遊んでいるんですか!こっちは死ぬ思いをしたというのに…!」 後輩と引き離された千梅はさすがにムッとし、滝夜叉丸を睨み付ける。 なんだってんだ、最近の四年生は。喜八郎を可愛がろうと思っても、素っ気なく。タカ丸は……何だか静かだ。落ち込んでいるようにも見える。 三木ヱ門と滝夜叉丸に至ってはヒステリックのお母さんみたいにぎゃいぎゃいと攻めてくる。 自分は五年生で、彼らより一つ年上だ。だから感情に任せて怒ってはダメだと思う。 ダメだとは思うが、 「もう下級生たちに手を出さないでください!」 と言われてしまえば、我慢していたものが溢れて、凄まじい殺気を滝夜叉丸に飛ばした。 金吾と四郎兵衛は「ひっ」と悲鳴をあげ、三之助は目を背ける。滝夜叉丸は目を見開いたが、すぐに睨み返してきた。 「………解った。私が後輩たちに一切手を出さなければいいんだな?」 「そこまでは「言ったよな?」 自分たちを「敵」として見るような目で睨む千梅は、今まで見たことがなかった。 五年生だから強いのは知ってる。七松先輩に鍛えてもらってるし、千梅自身も強くなろうと鍛えている。 だけど知らなかった。こんな顔をする彼女なんて…。 「解った。もう下級生たちには手を出さない。真面目に委員会をしよう」 「吾妻先輩…あの」 「言ったのは滝夜叉丸、お前だからな。正確にはお前と三木ヱ門だが…。まぁそんな細かいことどうでもいいか」 殺気を消し、通常の千梅に戻る。 言いたいことだけ言って背中を見せる千梅を、金吾が「千梅先輩」と呼ぶも、反応することはなかった。 「………あーあ、どうするんすか滝夜叉丸先輩。あんなに怒った千梅先輩、初めてっすよ」 「だが現にふざけてばかりで!」 「そういうの俺らには関係ないっすよね?とりあえず離してもらえますか?千梅先輩追いかけたいんで」 「迷子になるからダメだ!それより金吾、四郎兵衛、大丈夫か!」 なんてやりとりがあってから数日経った。 「七松先輩、今日の委員会はどこまで行きますか?」 「そうだなぁ…。裏裏裏裏山まで行くか!」 「ああ、標高五百メートルダッシュができますね!」 「おう!じゃあ行くぞ、お前ら」 「行きましょう行きましょう!」 千梅は下級生たちの面倒を見ることも、気遣うこともなく七松に付き従っていた。 今までは千梅と滝夜叉丸で暴君を押えて、下級生たちを守っていたのだが、千梅が下級生に関わらないようになってから滝夜叉丸の負担が凄まじい。 疲労困憊で、ニコニコと笑っている上級生二人を見て「勘弁してくれ…」と溜息を吐くも、一人では止めれそうにない。 「滝夜叉丸先輩のバカっ!」 「金吾…」 「先輩があんなこと言ったから……言ったから千梅先輩、ボクと喋ってくれないんですよ!」 「滝夜叉丸先輩はバカだぁ…!千梅先輩、ボクにも話しかけてくれないし、それどころか無視する…!」 「……俺が話しかけても無視するんすけど、これって先輩のせいっすよね?」 委員会が始まるたびに攻められるのにも慣れてしまった。 確かに「やめてください」とは言ったが、ここまでしなくてもいいのに…。 体育委員会の後輩たちだけじゃなく、他の委員会の下級生たちも「寂しい」「無視された」と言っているのは知っている。 でも千梅は意外と頑固だ。 「(……やはり付き合っている者同士似てくるんだろうか…。七松先輩も一度決めたらこうだからな…)」 「千梅先輩っ。ボク、千梅先輩と一緒に走りたいです!」 金吾が千梅に近づき、一生懸命彼女に問いかけるのだが、千梅は金吾を一度も見ることなく準備運動を始める。 じわっ…と目に涙を浮かべるものの、泣くまいと歯を食いしばる金吾の姿は見ているだけで苦しくなる。 「(七松先輩も七松先輩ですよ…!何故言わないのですか!)」 小平太は我関せずと言ったように干渉してこない。 さらにイライラとしてしまい、「吾妻先輩!」と強めの口調で名前を呼ぶと、自分のときには振り返って「なに?」と返答。 それを見て、金吾と四郎兵衛は「うわぁん」と声を出し始めて泣いてしまった。 「確かに私は「やめてください」と頼みました…。ですが、限度というものがあるのでは!?」 「だからお前との約束を違えろと?」 冷たい口調と冷たい目線。自分にも興味を失っている目に、少しだけ怖気づいてしまう。 「今だってあなたのせいで泣いているではありませんか…」 「元は誰のせいだ?お前が構うなって言ったんだ。言っとくけど、これが他人に対する態度だよ。一度興味を失ったもの、熱が冷めたものがどうなろうと何とも思わない」 「それは極端すぎると言いたいのです!私がやめてくださいと言ったのはそういうことじゃなく「自分がイラついてるからって私にあたるな」 千梅の言葉にドキリと心臓が飛び跳ね、息も言葉も喉の奥で止まった。 先ほどまでの威勢が消え失せ、握っていた拳をおろす。 おろした手で金吾と四郎兵衛の頭を撫でてあげると、泣きながら滝夜叉丸の足に抱きついた。 それすらもどうでもよさそうな目で見て、マラソンに出発しようとすると、小平太がジッと自分を見ていた。 「なんでしょうか?」 「嫌いなのか?」 「え?」 「金吾たち」 「……」 「ふむ…」 別に怒っている様子ではなく、素朴な疑問を投げかける小平太。 答えない千梅を見て、顎に手を添えて少し考えたあと、滝夜叉丸の足に抱きついていた下級生二人の前にしゃがんで名前を呼ぶと、涙で汚れた顔を見せてくれた。 「金吾、四郎兵衛。それぐらいで泣くな!」 「で、でも七松せんぱい…!」 「大丈夫、私がなんとかするから!だから先にマラソンしててくれないか?四郎兵衛、三之助を頼むぞ」 「……はい…」 「すぐに追いつくからな!」 ぐりぐりと笑って二人の頭を撫でたあと、滝夜叉丸が持っていた縄をとって、三之助に渡す。 肩に手をついて、三之助の耳元で「二人は任せた」と囁き背中をぽんっと押してあげた。 「さて」と滝夜叉丸と千梅を見る小平太。 「滝夜叉丸、先日の実習は大変だったみたいだな」 「……はい…」 「だが、おかげで何が自分に足りないかよく解っただろ?反省もこれからの目標もちゃんと考え、見つけたんだろう?」 「…はい」 「なら、何故腹を立てている。お前ほどの天才ならすぐに乗り越えることができるだろ。私の後輩なんだしな!」 「七松先輩…」 「人にあたるのはよくないぞ。吾妻に言っていいことと悪いことも解っただろ?」 「はい、解りました。吾妻先輩、大変申し訳ありませんでした」 「…」 「よし!じゃあ三人を追いかけてくれ。さすがに下級生三人だと不安だからな」 「解りました、この滝夜叉丸めにお任せください!」 いつもの滝夜叉丸に戻り、急いで三人を追いかける。残ったのは千梅と小平太の二人のみ。 さすがに気まずい空気が流れ、どうしようかと考えるが答えを見つける前に小平太が近づいてきた。 「吾妻、お前何年生だ?」 先ほどとは打って変わり、真顔で千梅をまっすぐ睨み付ける。 殺気を飛ばしているわけではないが、ピリピリとした空気に眉根を寄せた。 ギュッと拳を握りしめて、「五年生です」と素直に答えると、「顔をあげろ」と命令される。 「四年生たちに何があったか知っていたはずだ。それをフォローするならまだしも、一緒になってキレてどうする。お前は五年生だろう?」 「…すみません…」 「上級生としての自覚が足りん。おまけに下級生たちを怖がらせどうする。後輩を傷つけることがお前のやりたかったことなのか?」 「いえ…違います」 「滝夜叉丸だけにキレるなら私も何も言わん。しかし、それに巻き込まれる下級生たちは関係ない。ちゃんと周りを見ろ」 「はい…」 五年生のくせになんて情けない、恥ずかしい行動をしてしまったんだと、深く反省をする。 ちゃんと謝って俯くと、ポンッと頭に温かいもの…。 「厳しいことを言ってすまんな。しかし、お前が滝夜叉丸より一つ年上だからだぞ。反対だったら吾妻を叱らず、滝夜叉丸を叱っていたさ」 「……っ」 ニカッと歯を見せて笑う小平太に、思わず涙腺が緩みそうになった。 飴と鞭の使いどころがうますぎて、言葉もでない。 「吾妻、私はできるだけ楽しく委員会をしたい。学園にいるときぐらいは笑っていたい。だから、吾妻にも協力してほしい」 「せん、ぱい…!もういいっす、解りました。ちゃんと皆には謝っておきます…」 「それに、私はお前たちが…吾妻が楽しそうに笑っている顔を見るのが好きだぞ」 「もぉおおお止めて下さいって言ってるじゃないですか!なんの嫌がらせですか!」 「嫌がらせじゃないさ」 「はいはい!ほら、いけどんマラソンに行きましょうか!」 耳まで真っ赤になった千梅の後ろで楽しそうに笑ったあと、「いけいけどんどーん」と豪快な掛け声が空へ響き、少し経ってから悲鳴も響いたという。 おまけ。 「竹谷先輩、少しお時間宜しいでしょうか」 「おう、どうした滝夜叉丸。お前が俺に話しかけるなんて珍しいよな」 「いえ、吾妻先輩のことで聞きたいことが…」 「吾妻がどうかしたか?」 「吾妻先輩って、その…キレることはありますか?」 「しょっちゅう怒ってんぞ」 「そうではなくて……。えーっと、少し前の体育委員会をご覧になりましたか?」 「……あぁ、あれな…。あれかー…」 「はい、あれです。あんな風に怒った吾妻先輩は初めてで…」 「だろうな。あんな風に怒る吾妻、すっげぇ珍しいぞ。つっても、あれは吾妻も悪いだろ。あいつも七松先輩同様極端すぎなんだよ…」 「元は私が原因ですので…」 「いーや、五年生としてなっちゃいねぇ!滝夜叉丸、お前は悪くねぇぞ!」 「竹谷先輩……って思ったより優しいんですね」 「思ったよりってなんだよ」 「聞いたぞこらぁ…私を悪者にするんじゃない!」 「出たなガキ!」 「やかましいわ!触るなって言うから触らなかっただけだろ!」 「それがガキみたいだって言ってんだよ!もっと色々考えろよなー」 「ぐっ…。もういいもん、もう反省したからいいの!ほら、滝。こんなバカと話してないで委員会に行くよ」 「あ、はい!それでは竹谷先輩、ありがとうございました。失礼します」 「おう」 (△ TOP ▽) |