夢/とある後輩の災難 | ナノ

物語りの終わり その1


!注意!
これから先、暴力・流血・死ネタがあります。
ひたすら暗いです。
苦手な方は絶対に読まないようお気をつけ下さい。





息を吸い込むたびに喉が痛い。
体力なんてとうになくなっているのに、無理やり走るから身体中が重たくて仕方ない。
それでも、一度も足を止めることなくタソガレドキ城に走り続ける。
一度でも足を止めたらもう走れないような気がした。


「―――っついた…!」


枝で服が破けたりしたが、そんな細かなことを気にしてる場合ではない。
気配を消すことなく堂々とタソガレドキ城の正門に向かうと、案の定苦無を持ったタソガレ忍軍の人たちに止められた。
口布を外して「私です」と言うと、彼はすぐに武器をおろす。


「吾妻じゃないか。どうした?」
「至急組頭さんを呼んで下さい!助けて下さい!」


悲鳴のように頼みこむと、一人がコクリと頷いて組頭さんを呼びに行き、一人が崩れ落ちる私に手を貸してくれた。
ガクガクと笑う膝を叩いて立ち上がろうとしたが、力が入らない…。
でもこれで大丈夫…。きっと組頭さんが助けてくれる。そしたらまた―――。


「どうしたの血相変えて」
「これ、お頭さんからです!お願いです、早く皆を助けて下さい!」


お頭さんから預かった巻物を座りこんだまま渡すと、組頭さんは目を細めて受け取った。
―――読まなくても解るような雰囲気だった。
巻物を開いて目で文字を追うと、「解った」とすぐに承諾して、私の目の前にしゃがんで目線を合わせる。


「今日から君はうちの子ね」
「………え…?」
「契約書とか制服とかはまた明日準備するから、今日はゆっくり休みなさい。あ、手当てもしたほうがいいよ。血が流れてる」
「…いや、…。いやいや!何をバカなこと言ってるんですかっ!こんなときに冗談は止めて下さい!」
「冗談?だって西条から「あげる」って言われたもん」


ペラッと巻物を見せてきたので、中身を見ると、確かにお頭さんの文字で「今日限りで吾妻千梅を解雇とし、タソガレ忍軍へ譲る」と書かれていた。
それだけだった。
「助けてくれ」「援軍をくれ」なんて言葉なかった。本当にそれだけだった。
意味が解らない。だってお頭さん……お頭…っさん…!!


「帰る!」
「ダメ」
「帰ります!」
「上司の命令が聞けないの?」
「上司はお頭さんだけです!」
「そのお頭さんからクビだって言われただろ」
「私は認めてない!辞めてない!」


帰ろうと暴れる私をタソガレ忍軍の人たちが止めてきたけど、それを振りほどいて元来た道を戻って行く。
しかしすぐに組頭さんに捕まってしまった。
後ろから両手首を拘束され、強い力に動きが制限される。


「―――襲われているのは知ってる」
「ッ!?」
「全部耳に入ってきたし、うちも参加しないと誘われた」
「……あ…、なん…!」
「うちが参加しなくても西条たちが負けると解ったからだ。あの人数に勝てるわけがない」
「…じゃあ!じゃあ…っ」
「何で私たちが助けないといけないの?それを覚悟して彼らはあの仕事に就いてるんだよ?」
「―――うるさい…」
「でも千梅だけは助けたかったんだろう。きっと七松くんの意見なんだろうけど、西条たちも君のこと可愛がってたもんね」
「うるさい!離せ!」
「千梅が行ったところでもう終わってる。―――皆死んでるよ」
「離せぇ!!」


今までにない力で組頭さんを振りほどき、急いで皆の元へと走った。
もう走れないと思っていたのに、今は全然苦しくない。体力が無限にあるみたいだ。
何も考えないで走り続ける。後ろからはタソガレ忍軍の人たちが追いかけて来ていたが、今日だけは捕まることはなかった。
何か叫んでる。「止まれ」?止まるわけないじゃん。
早く戻って皆を助けるんだ。あ、もう終わってるかもしれない。
だって、「お前が帰って来るころには綺麗になってるさ!跡かたもなく消してやる」って七松先輩が笑って言ったんだもん。


「(大丈夫。大丈夫)」


日の出が頬を照らし、眩しさに目を細めると冷たい何かが頬を伝う。
何で泣いているのか解らなかった。ああ、体力が限界なのに走ってるから身体がおかしくなっているんだ。


「―――」


屋敷に近づくにつれ、木が燃えるような音が聞こえてきた。
戦いが激しかったんだろうな。お頭さんがやけになって燃やしてるのかな?相変わらず大雑把な方だ。
だからあれは違う。違うと言ってくれ。


「あああああああ」


屋敷が燃えている。太陽に負けじと真っ赤に燃え盛っている。
きっとあのまま燃え続けると綺麗になくなるだろう。跡かたもなく燃え尽きるだろう。
七松先輩の言葉通りだ。
汗とともに目から溢れた涙が流れ落ちていき、口からはしゃがれた悲鳴があがった。
痛い。痛いよ七松先輩。頭も、喉も、胸も痛いです。助けて下さい。助けて下さい、七松先輩。


「千梅!」
「吾妻っ」


違う、私の名前を呼んでほしいのはあなた達じゃない。あなた達じゃないっ!
燃え盛る屋敷を崖下から見上げ、どうしようもない絶望にひたすら声をあげる。
追いかけてきてくれた尊奈門先輩が名前を呼ぶけど、答えることなんてできない。


「尊奈門、気絶させろ」
「…しかし組頭」
「今はそっちのほうがいい」


その会話だけはしっかり聞こえ、尊奈門先輩が近づいて来た瞬間、殺気を飛ばして威嚇する。
尊奈門先輩や他の人達は後退したが、組頭さんだけは逆に近づいて来た。
怖い顔をして私を睨んでいる。
今から私のやることを理解しているみたいだったから、殺気を飛ばすのを止めて組頭さんに自ら抱きつく。


「お前が殺した」
「…」
「お前が助けてくれなかったから死んだんだ。知ってたなら何故助けてくれなかった。義理も人情もないのか」
「…。そうだね」
「殺してやる…。絶対に殺してやる…!あいつらと一緒にお前らも殺してやるッ!」
「それでいいよ。千梅が生き残ることが西条……七松くんの最期の頼みだからね」


痛かった頭も、喉も、胸も和らいでいた。穏やかな気持ちに私自身も驚いている。
きっと怒られてしまうな…。でもいいんだ、そっちのほうが嬉しい。皆と一緒にいたい。
組頭さんから離れ、再び殺気を放つ。でも今の私では組頭さんを殺すことなんてできない。体力がもうないのだ。
苦無を握る手も震えており、立っているのも精一杯。
それが解ってか、組頭さんは背中を向けてお城へと先へ戻って行く。
これぐらい離れていたら大丈夫だろう。


「なんて、嘘ですよ。ありがとうございます、雑渡さん」


結局一度も抱かれなかったなぁ…。
せめてあなたの子供がいたら、涙をのんで生きていました。


「―――尊奈門止めろ!」
「え?」


最期の力を振り絞って苦無を力強く自分の喉に突き立て、横に動かす。
鮮やかな血の色が燃え盛る屋敷と混じって、より一層空を赤く染めた。

こうして、私の物語りは終わった。


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