夢/とある後輩の災難 | ナノ

物語りの終わり その1


!注意!
これから先、暴力・流血・死ネタがあります。
ひたすら暗いです。
苦手な方は絶対に読まないようお気をつけ下さい。





その日は七松先輩が帰って来る日だった。
いつもだったら夕方ぐらいに帰ってくるんだけど、今日は夕食の時間になっても帰って来なかった。
それどころか、お頭さんや先輩たちが数名いない。
こんな静かな夕食は久しぶりで、一緒にご飯を食べていた長ノ木先輩や竹谷たちも静かだった。


「どうしたんですかねぇ…。静かにご飯食べれるのは嬉しいんですけど、こうも静かだと…何だか寂しいです」
「だなー。長ノ木先輩、何か知ってますか?」
「んー……あー…。ちょっとやべぇのかもな……」
「「え?」」


明るい先輩が珍しく真面目な顔をして、立ち上がる。
すると周りの先輩たちも立ち上がり、さっさと支度を始めた。
私と竹谷は先輩たちの行動が理解できず、見ているだけ…。
長ノ木先輩は広間を飛び出し、他の先輩もそれに続く。
最後に出て行く先輩の服を掴んで止めると、眉間にシワを寄せて私と竹谷の名前を呼ぶ。


「お前らはまだ若いし、役に立たないからここにいろ」
「だ、だからなんすかそれ!」
「先輩……まさか…」


竹谷は何かを悟ったらしいが、私には全く解らない。
先輩の名前を強く呼ぶと、私の目を真っ直ぐと見つめて口を開いた。


「この派遣会社が裏世界では有名だってこと、知ってるよな?」
「…はい。強い人たちばっかり集まってるし、失敗はないから色んなお城に引っ張りだこだって…」


味方にしたら心強く、敵にしたら恐ろしい。
とも聞いた…。私もそう思う。彼らはとにかく強い。
最前線に出ても絶対に倒れることないし、負け戦に参加しても先輩たちだけは絶対に残るほど…。


「怖いんだと、俺らが」
「―――」


その言葉に全てを理解した。
先輩を掴む手から力が抜け、ぺたんと情けなく床に座り込んでしまった。


「小平太が潜入捜査してそれで奇襲は避けることができたんだけど、相手の数が多すぎるみたいだ…。きっと俺らを潰したいって城が連合してんだろうな。……お頭も行ったけどどうもダメみたいだ」


そんな私に先輩は色々と説明してくれるけど、私の耳に入れども頭には入ってこなかった。
いつか……いつかこうなるんじゃないかと思ったことがある。
だけど化け物みたいに強いお頭さんや先輩たち、七松先輩がいるから大丈夫だって思っていた…。
目の前の恐怖に身体が小刻みに震え、竹谷が私の背中に手を添える。
「しっかりしろ」と言いたいんだろうけど、竹谷も少しだけ震えていた。


「でも大丈夫だ。派遣中の奴らも急いで帰って来てるし、俺らも向かう。だからお前たちはここをしっかり守れ。幸い裏は崖だからまず大丈夫だろう」
「俺も行きます。行かせて下さい」
「だから言っただろ。お前らはまだ若いって」
「っなんで死ぬこと前提なんですか!こんなところでジッとなんてできねぇっす!」


震える手を拳に変え、必死に叫ぶ竹谷。
私も行きたい。だけど声が出ない。
戦場に出るときですら、こんな恐怖を感じたことがないのに…!
何度か言い合う二人を見たあと、竹谷も口布を当てて先輩と一緒に飛び出した。


「あとは任せた千梅!」
「―――たけ、や!!」


そして残されたのは私だけ。
二人を追いかけて外に飛び出すと、暗い森が揺らいで私の動きを止める。
風に乗って微かに届く血の匂いに泣きそうになった。耳を澄ませば金属音も聞こえた。


「先輩……お頭さんっ…!」


七松先輩。無事ですか?潜入捜査をしたということは、きっと一番最初に戦っているはずです…。生きているのでしょうか…!ただ、それだけが知りたいです。


「泣いてる場合じゃないっ!私も行こう。行くんだ!」


一人でも多く敵を倒そう。家族を守るために私も戦う!敵は数が多いだけできっと大したことがないに決まってるさ!
いつもみたいに戦って、倒して、先輩たちに小言言われながら戻ってきて、お頭さんに褒めてもらって、竹谷と反省会して、そして…。


「七松先輩に抱きつくんだ!」


怖いと思ったことのない暗い森に食べられてしまいそうな感覚に陥り、恐怖を感じる。
だけど家族を失うほうが怖い。
一度両頬を叩いたあと森に踏み込んだ。
静かだから遠くにいるはずの声がよく聞こえた。いや、もしかしたらもうここまで迫って来ているのかもしれない…。


「―――吾妻」
「ッ!?な、なまつ先輩!」


ともかく味方と合流しよう。そう思って山を下っていると、頭上から名前を呼ばれ、そのあと七松先輩が降りて来た。
慌てて足を止めるけど止まらず、七松先輩に抱きつく形になってしまったが、受け止めてくれる。


「お前は屋敷で待機のはずだ」
「で、ですが…!」
「帰れ」


七松先輩が怒っている―――。
血で全身を汚し、手からも血が滴り落ちていた。
私、味方を前にしても殺気を抑えることなく睨みつけ、私を突き放す。
その行為が凄く寂しくて、手を両手で掴む。泣きそうになるのを噛みしめて耐える。


「嫌です。私も一緒に戦います」
「邪魔だ」
「でも「邪魔だと言っているだろ!早く帰れ!」
「嫌だ…っ。嫌です、一緒に戦いたい…ッ」


今の私はただの我儘を言う子供だった。
だけど手は離したくなかった。嫌な予感しかしない。きっともう会えない気がする。そんなの嫌だ!
折角夫婦になれるというのに、失いたくない。
睨むように七松先輩を見上げると、泣きそうな顔で私を見ていた。


「小平太ァ!」
「お頭…」
「ムカつくが一旦引くぞ!って、千梅まで来てんのかよっ…。クソッ!」


何かを言おうと口を開いた瞬間、お頭さんや先輩たちが姿を現わし、「撤退!」と急いで山を登る。
私は七松先輩に手を掴まれ、引っ張られるように屋敷へと戻って行く。
敵も一旦引いているのか、誰も追いかけて来なかった。
うちに戻ったお頭さんは休むことなく先輩たちに指示を出した。
だけど私にだけは何も指示をくれない…。ただ先輩たちの治療をしてあげることしかできなかった。


「……長ノ木先輩がいない…」
「千梅、お前に頼みたいことがある」
「お頭さん、長ノ木先輩がいない…。いないんです!」
「この巻物を持ってタソガレドキ城へ行け。ちゃんと雑渡に渡せよ」
「お頭さん!」
「小平太、ハチ。崖下まで千梅を見送ってくれ。いねぇとは思うが一応な」


私の質問に全く答えることなく、無理やり巻物を持たせてさっさと離れて行った。
お頭さんに呼ばれた二人は私を部屋から連れ出し、裏の崖へと向かう。
考えたくないことばかり考えていて、二人に答えてほしくて何度も先輩の生死を聞くけど、何も答えてくれない。
解ってる。頭の隅に冷静な私がいて、「長ノ木先輩は死んだ」と言っている。認めたくない、だって死体見てないもん!きっと生きてる!


「敵はいないな。吾妻、お頭の命令通りしっかり届けて来い」
「七松先輩!私にも状況を詳しく教えて下さい!」
「お前が今やることはその巻物を届けるだけだ。きっと、恥を忍んで「助けてくれ」と書かれている。どう動くかは解らないが、しっかり届けてくれ」
「………そ、んなに…!?だって、先輩たちはっ…!お頭さんだって、七松先輩も竹谷もっ…!だって、だってっ!」


もう限界だった。
女々しい自分が出てきて、ボロボロと涙をこぼしながら首を横に振るだけしかできなかった。


「―――よく聞け千梅」


優しい力で手首を掴み、クイッと引っ張られて抱き締められる。
血の匂いが強くかったが、微かに七松先輩の匂いがして、次第に冷静になっていく私の脳。


「私たちは死なないし、この売られた喧嘩も買うし勝つ。こういうことは前にもあったんだ」
「……」
「でも今回だけはどうも数が多い。勝てないことはないが、タソガレ忍軍に助けを求めるのは……。―――お前をここから離したいからだ」
「そんな「千梅は強いぞ、私が鍛えてやったんだからな!でもな、私の我儘をお頭は聞いてくれたんだ。夫婦になる前に死なれたら夢見が悪いだろう?」


背中を撫でながら喋る七松先輩の口調はいつになく優しく、泣きじゃくる子供をあやすようだった。


「だから、頼んだ。なぁに、お前が帰って来るころには綺麗になってるさ!跡かたもなく消してやるから、その巻物を頼んだぞ!」


密着していた私から少し離れ笑う七松先輩に、私は巻物を強く握りしめて力強く頷いた。


「すぐに行って、すぐに戻ってきます!」
「おう!」
「行ってきます!」
「…。ああ」


本当は離れたくない。ずっと我儘を言っていたかった。
だけど七松先輩の気持ちを汲んで、自ら七松先輩の胸から離れて、最後に手がスルリと抜ける。
七松先輩の顔を見ることなく前を向いて走り出す。
何度も通ったタソガレドキ城に向かうこの道。慣れたからきっと最初のころより早く到着することができる。
きっと雑渡さんは嫌がるだろう。こういうときだけ頼るなと怒るだろう。でもそこは私が説得してみせる。絶対にしてみせる!


「(きっと大丈夫。きっと明日も笑ってる!)」


千梅を見送った小平太と八左ヱ門は少しだけその場に留まっていた。
小さくなる千梅の背中を見て、小平太が八左ヱ門に話しかける。


「すまんな、竹谷。私だけが喋ってしまった」
「構いませんよ、最期に顔が見れただけで十分です」


先に崖を登る八左ヱ門を、ゆっくりと追いかける。いつまでもあの場所にいたい。という雰囲気だった。
最期にすり抜けた千梅の手を見つめ、キュッと握りしめると千梅の体温を感じる。


「幸せだな」
「七松先輩…」
「幸せだったなぁ」


結局一度も抱くことはなかったな。
呟いたあと、目つきが鋭く変わった。


TOP

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -