夫婦になりませう 「そう言えばお前らいつになったら結婚するんだ?」 月日が流れるのはとても早く、私と竹谷がここに就職して一年以上経っていた。 仕事に慣れるだけで精一杯だったあの頃の私はもうおらず、今では余裕に忍務をこなしている。 不満も特にない。 お頭さんは頼りになるし、先輩たちも優しい。 七松先輩とは、前より二人っきりになったりできないけど、休みが合えば七松先輩の実家にお邪魔している。 竹谷とも学園のときと変わらず悪友だ。一緒に派遣されることも多く、二人で組んだ忍務はまだ失敗なし! あ、でも時々タソガレ忍軍に派遣するときは疲れるかな…。とてもよくしてくれるのは嬉しいんだけど、毎回契約期間が長くてなかなか帰ってこれない。 それでも不満のない日々を送っているある日、お頭さんが書類と睨めっこをしながらお茶を汲んできた私と、派遣先から帰って報告している七松先輩に問うた。 「えーっと……」 「お前ら結婚するんだろ?千梅もここに慣れてきたし、小平太も特に問題ねぇし、結婚すれば?」 実は、お互いの両親に紹介はしているし、「結婚する」ということも伝えている。 七松家の皆さんはとても優しく私を迎えてくれるみたいだし、私の両親も七松先輩を気に入っている。 問題はない。しかし、まだそこまで深く考えていなかった…。 お茶をお頭さんの前に置いて、七松先輩をチラリと見ると丁度目が合い、ニコリと笑う。 「はい、そのつもりです。なので、暇な時期に数日休みはくれませんか?」 「おー、いいぜ。最近仕事も減ってきたし」 「ありがとうございます」 「…あ、りがとうございます」 「そうかそうか。ようやく夫婦になるのかー。いやー、娘として可愛がっていた千梅を小平太に取られるのはちょっと寂しいな!」 「ですがいつも一緒にいれますので」 「まぁな!千梅、ガキができたら早めに言えよ。産休ぐらいやるから」 「まだ早いですよ…」 「相手が小平太だからなー!小平太、報告ご苦労。ご苦労ついでにここの潜入捜査頼む。これが終わったら休暇やる」 「御意。吾妻ー、着替えるから新しいの出しといて」 「了解でーす」 横に置いていた巻物を七松先輩に投げて、七松先輩は背中を向けたままそれを受け取り、汚れを落とすために井戸へと向かった。 お頭さんに頭を下げて、七松先輩の新しい服を持って行こうとしたら、長ノ木先輩と竹谷が楽しそうに鍛錬に励んでいたので、「あとからお茶持って行きます」と伝える。 二人は仲のいい兄弟みたいだ。鍛錬を子供の遊びみたいに頻繁に行っているから、たまにああやって声をかけないとボロボロになるまでやり続ける。 「七松先輩、新しいお召し物です」 「ありがとう。ちょっと持っといてくれ」 「はい」 井戸で顔や手を洗って、外だと言うのに服を脱ぎ出す。 別に見慣れているけど、二人っきりのときに脱がれると少し緊張してしまう。 目を伏せて、服と一緒に持ってきた手拭いを渡す。 「お頭から許可貰ったし、次の休みに実家に帰ろうな」 「え?」 「え?夫婦になるんだろ?」 「あ、はい…。改めて言うと何だか恥ずかしいですね」 「そうか?私は嬉しいぞ?まぁ、今と大して変わらないけど、家族ができるのは嬉しいな」 学園にいたときの幼い表情で笑う七松先輩に、私は照れ臭くなって「そうですね」と笑うと、吹いた手拭いを私の頭に投げてぽんぽんと叩く。 「でも寂しくなるな」 「…何でですか?」 「だって、嫁になったらすぐ休むことになるだろ。子供がいるのに戦えるわけないじゃないか」 「…………子供……」 「夫婦になったらもう気にしなくてすむな!」 すぐにできること前提なのかっ…! なんて答えていいか解らず黙っていると、スッと近づいて頭に手を乗せたまま額に軽い接吻をされた。 「というか、今までヤってなかったのが不思議だ」 「だって……七松先輩すぐできそうだから…。というか、ここでもできませんよ……」 「私は気にしてないけどなー。外ですればよかったな」 「勘弁してください…!」 「でも実家は兄上が怖いし…」 七松先輩のお義兄様から「そういうことは夫婦になってからしなさい」と口を酸っぱくして言われているので、実家に帰っても七松先輩と一度も夜を共にしたことがない。 さすがに私の実家でもそんなことできないし、ここは皆で雑魚寝だし…。 仕事も忙しいのもあったが、よくもまぁ一度もヤらずにここまでこれたなと、自分じゃなくて七松先輩を尊敬する。 そんなことを考えていると、七松先輩は新しい服へと着替えて、置いていた巻物を手に取った。 「じゃ、仕事行ってくる!」 「いってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」 「おう!」 七松先輩が脱いだ服を拾い、笑顔ででかける七松先輩に頭を下げて見送った。 「うふふ」 夜を共にしたくないとか、そういう訳じゃない。場所とかを考えてほしいと私は思っているのだ。 だから、夫婦になったらそういうのを気にする必要がなくなる。 子供も……そりゃあ七松先輩似の可愛い息子さんが欲しいですよ。女の子だったら嫁の貰い手に困るな、うん。 色々な妄想をしてると一人で笑ってしまい、何だか足取りが軽い。 「早くお仕事終わらせて帰って来ないかなー」 その前に私もしっかり働こう!あ、竹谷にも報告していいよね?それより家はどうするんだろ?え…夫婦になってもここに住むのかな? 「吾妻……お前、一人で何してんだ?」 「あ、竹谷。どうした?」 「お前がいつまで経ってもお茶持って来ねぇから俺が取りに来たの!つか、ニヤニヤしてんじゃねぇよ」 「ふふっ!竹谷くーん、私のことは千梅と呼んで下さい」 「は?」 「七松先輩が帰って来たら、このたび夫婦となることになりました!」 「何だ、ようやくか」 「反応うっすいな」 「いや、学園にいたときから決まってたことだろ?」 「え?」 「まぁいいや」 はぁ…とあきれた溜息を吐いたあと、私の目を見てニカッと歯を見せて笑った。 「おめでとう、千梅。大好きな親友と、大好きな先輩がようやく夫婦になって俺は嬉しいぜ」 「おう!竹谷くんにもいい人が見つかりますよーに!」 「うるせぇ!」 「あ、お茶だよね。私持って行くから戻っていいよ」 「頼んだー」 自分が七松先輩のお母さんのような立派な母親になるなんて想像できないけど、それでも大好きな方のために頑張ろうと思う。 その日から七松先輩の帰りを指を折って数えるようになった。 (△ TOP ▽) |