タソガレ忍軍 その六 最初のその時は空元気だった。皆に怒られると思って、頑張った。 でも、それが何回も続いて、私の精神は限界を迎えていた。 一ヶ月の延長後、次は二週間の延長。その次は一週間。そしてまた一ヶ月……。 お頭さんの指示に従ってきたけど、今度こそ帰りたい! 「もういいんじゃないか?お前十分ここに馴染んでるぞ」 「尊奈門先輩…。私は派遣です。帰りたいです」 「……嫌いか?」 「嫌いじゃないですよ。皆さん優しいし、可愛がってもらえるし、居心地いいです」 「じゃあ「よくないですよぉおおお!」 うわぁん!とお城の警備中にも関わらず、尊奈門先輩の胸を借りて泣き叫んだ。 尊奈門先輩は慌てて私を引き離そうとするけど、がっしり掴んでやる。胸ぐらい貸せよちきしょう!竹谷なら文句言うことなく抱き締めてくれるぞ! 「何で竹谷じゃなくて尊奈門先輩なんだよぉ!」 「またその名前か!」 「七松先輩にも会いたいよぉおおお!」 「っの!千梅「吾妻」 ちきしょう!組頭ちきしょう! 心の中であのおっさんの文句を言っていると、聞きたかった声が耳に届き、勢いよく顔をあげて姿を探す。 尊奈門先輩も真面目な顔になって周囲を探すも、気配すら感じられない。見つけることができない。 「七松先輩…?」 「こっちだ」 「ぐえっ」 気配を感じたほうに近づけば、背後から声。そして首を引っ張られる…。金吾にやる癖を私にもやらないで下さい…。 「久しぶりだなー、吾妻。元気にしてたか?」 「っ七松先輩!」 「おう!」 「お前っ…千梅のところの…!」 でも嬉しくて涙を滲ませながら七松先輩の胸に飛びつく。 久しぶりのせいか、何だかまたたくましくなった気がする…。相変わらず獣くさい…というか血生臭い…。戦場帰りかな?ともかく会えてよかった!嬉しい! 抱きつく私の背中を叩いてくれるのがまた嬉しくて、だらしのない笑顔がどんどんこぼれていく。 もうこのまま帰りたい。うちに帰りたい。 「七松小平太です。うちの後輩がお世話になっております」 「…。客として来たのか、それとも……」 「近くで仕事があったので、久しぶりに吾妻の様子を見に来たのです。元気にしてたか?」 「はいっ!あ、いえ……。情けありませんが、うちに帰りたいと嘆いておりました…」 「そうか。私も吾妻に会いたかったぞ。お頭も竹谷も先輩も、皆寂しがってる」 「え?でも「やあ七松くん。久しぶりだね」 抱きついたまま顔をあげると、きょとんとした顔の七松先輩。私もきょとんとして、矛盾をつこうとしたら組頭さんが口を挟んできた。 相変わらず神出鬼没な方だ…。もう驚かないぞ!というか、慣れたぞ! 「いつも吾妻がお世話になっております」 「いえいえ。七松くんの噂もよく聞いてるよ」 「私など、お頭や先輩に比べたらまだまだです」 「謙遜はいいよ。それよりうちの子離してくれる?」 組頭さんはニコニコと笑っているけど、喋る言葉には棘が含まれていた。 少し険悪な空気が流れ、七松先輩の服を掴むと、私を背中に隠してくれる。 あー…ちきしょう。久しぶりなせいか、七松先輩がすっごくすっごくすっごーく格好よく見える! 「吾妻はうちの子ですが?」 「いや、もううちの子でしょ。結構いい感じに育って来たし」 「それはありがとうございます。しかし、うちの子です」 「うちだって潤いが欲しいのよ。それも強くてたくましい子」 「そちらで見つけられてはいかがでしょうか?これは私のものです」 「って言われてもねぇ…。契約期間はまだあるよ?約束は守ってもらわないと。と言うわけで離してくれる?」 「……」 「七松先輩…?」 組頭さんの言葉に七松先輩は黙り、振り返る。 寂しそうな顔で私の頭を一度撫でたあと、再度組頭さんを見て「失礼します」と頭をさげた。 「また迎えに来る」 「……。はい」 「顔が見れてよかった」 それだけ残して七松先輩はさっさとその場を後にした。 残ったのは私と尊奈門先輩と組頭さんのみ。 七松先輩が消えた方向を見つめながら溜息を吐くと、組頭さんが後ろから私の頭に両手と顎を置いて同じように溜息をはく。 「一匹ぐらいくれてもいいのに」 「動物扱いは止めてください」 「最近ようやく猫から犬になったのに、返すわけないだろ」 「何度も言いますが、ここには就職しませんよ」 「こんなに強くしてあげたのに?」 「感謝はしていますが、それとこれとは話が別です。それからっ、小さくなるので体重かけてこないでください!」 「いや、丁度いいところにあるからつい…」 「もうっ。尊奈門先輩、警備に戻りましょう。遊んですみませんでした」 「…」 「尊奈門先輩?」 「組頭の言う通りだ。もうここに就職したらどうだ?」 「いいこと言うねぇ尊奈門。その調子で盗られないように見張ってるんだよ。じゃ」 「仕事しろ仕事!山本さんにチクってやる!」 勧誘は嬉しいが、する気はないと何度言ったらいいんだ…。 何度目かの溜息を吐いて、憂鬱な気分のまま仕事に戻ったけど、七松先輩の顔を思い出すと心の底から震えて、力が湧いてきた。 迎えに来る。と言っていたが、……迎えに来てくれるのか?私、家に帰れるのか? はっ…そう言えばそろそろ契約期間が切れる! 「よし、それまで頑張る!尊奈門先輩っ、いけどんで頑張りましょう!」 「なんだそれ…」 七松先輩が言っていた通り、契約期間終了の日に七松先輩がやって来てくれた。 朝の鍛錬中で丁度組頭さんもいる。皆もいる。 顔見知りだけど「余所者だ」と警戒するタソガレ忍軍の皆さん。 その視線を全て無視して組頭さんに近づいてニコッと笑った。 「今日で吾妻の契約期間は終わりですよね?」 「うん、そうだね。また延長もしくは新しく契約しようと思うんだけど。というか頂戴」 「あげません。大変嬉しいお言葉ですが、吾妻には次の仕事が入ってますので無理です」 「え?まじで?」 「えー……ここまできて手放すの嫌なんだけど」 「雑渡さんが駄々をこねたらこう言えとお頭から伝言を預かってきております」 「なに?」 「千梅を返さなかったらお前を抱き締めて、酒を無理やり飲ませてあんなことや「あーもう解ったよ。気持ち悪いからそれ以上喋らないで」ありがとうございます」 「でも今日の業務が終わるまでだからね」 「勿論です。―――吾妻」 「はい!」 「私は町で待っているから、終わったら来い」 「了解です!」 「では、失礼します」 礼儀正しく頭をさげ、堂々と背中を向けて帰って行く七松先輩。たくましい…たくましすぎるわうちの先輩! 「千梅ちゃん、本当にうち就職しないの?給料いいよ?待遇もいいし」 「お断りします!」 「そんな笑顔で言われたら傷つくよ。こう見えて繊細なんだから」 「それより早く演習しましょう!仕事もバリバリこなしてやりますよ!」 「はぁ…。ほんと残念」 こうして、ようやくうちに帰ることができました。 タソガレ忍軍もよかったけど、やっぱり我が家、家族が一番だよね! おまけ。 「でもまた契約するから。部屋もあのままにしとくし、制服も準備しててあげる」 「嬉しいですけど、嬉しくないです」 「吾妻くんがいなくなると寂しくなるな」 「山本さん…」 「しっかり休んで、また戻ってくるんだぞ」 「山本さん…!それは天然ですか、それともわざとですか?」 「お前の飯が食えなくなるのは残念だな。なかなかうまかったぞ」 「ありがとうございます、高坂さん。レシピとか残しておきますね」 「いや……お前が作るから美味しいわけであって…」 「今日はデレデレですね。そんな高坂さん可愛いっす!」 「おい」 「尊奈門先輩、まだ早いですがお世話になりました」 「……戦場で会っても手加減しないからなッ。本気でお前を殺すからな!」 「ええ、それで構いません。宜しくお願いします」 「お前はいいのかよ!」 「え?あ、はい。だって私契約社員ですし」 「それでも何カ月も暮らした仲だろ」 「それでもです」 「…解った」 「あーあ、尊奈門が落ち込んじゃった。千梅ちゃん、責任とって尊奈門と一緒にいてあげなよ」 「組頭!?」 「いいコンビだと思うんだけどねぇ…」 「あ………(そっちか…)」 「私にはちゃんと相棒がいますから!もー、喋ってないで演習始めましょうよ!」 (△ TOP ▽) |