タソガレ忍軍 その五 「にしても千梅ちゃんは本当に凄いね。女の子であそこまで動けるのは相当だと思うよ」 「皆さんを見失わないようにするのが精一杯だった私に対する嫌味ですか?」 「いやいや、あれわざと置いて行こうとしたから」 「……」 「千梅ちゃんの実力を見たかったからね。ごめんごめん」 「いえ。それならば仕方ないです」 「…素直だね。頭打った?」 「打ってません」 「素直な千梅ちゃんは気味が悪いけど、普段よりは可愛げがあるかな?」 「ありがとうございます。褒め言葉としてとっておきますね」 ゆっくりと帰りながら、隣の木の枝を飛ぶ組頭さんに目だけ伏せてお礼を言うと、クスクスと笑われた。 なんかもー…どうでもいいや。噛みつくのも抵抗するのもしんどくなってきた。 たったあれだけの戦いだが、かなり精神力を削られたのもあるけど、なんか組頭さんのこと嫌いじゃなくなった。 我ながら子供っぽいな。しかし一番はやっぱり疲労だ。緊張しすぎたってのもあるけど、今はゆっくり休みたい…。 木々の隙間からタソガレドキ城が見えて、足を止める組頭さん。 「もう終わってますね」 「山本に任せたからね。私はちょっと報告とか受けてくるから、お前たちは山本の指示に従って後片付けを」 『御意』 「千梅ちゃん」 「はい?」 「このままうちに就職しない?」 「しません。山本さんのところに向かいます」 「残念」 振り返りながら言うから、どんな表情をしているのか解らないまま、組頭さんは木の枝を飛び降りて軽快にお城へと飛んで行った。 他の先輩たちと一緒に山本さんたちを探し、本隊と合流。 諸泉先輩が報告したあと、山本さんの指示に従って死体を山へと運んでいく。 何人か残った敵は………まぁあれだ。取り調べ。 うちにはこんなことないから、久しぶりだな…。少しだけ気分が悪くなった。 「はぁ…忍者に向いてないのかなぁ…」 「千梅ちゃんは向いてないねぇ」 「………」 「そんなにビックリした?」 「帰って来るの早くないですか?」 「そう?」 「まぁいいや。ちょっと待ってて下さいね」 「ん?」 山本さんに「先にあがっていいよ」と言われたので、お言葉に甘えてキリのいいところであがらせてもらった。 部屋に戻る前に手を洗おうと歩いていると、背後に組頭さん…。 油断してたので声をあげることなく驚いて固まった。 ニヤニヤと笑う組頭さんに溜息を吐きながら走って井戸へ向かい、置いてあった水筒に水を汲んで持って行く。 「はい、どうぞ」 「ありがとう。…でも何で?私喉乾いてるって言った?」 「え?いや……。組頭さん、全身火傷されてますよね?そのせいで体温調節できないから、さっきもあまり動かないようにしていたのかと思って…。背後に立ったとき少し熱気を感じたので持ってきたのですが、違いましたか?すみません、出しゃばった真似を」 全身火傷は何年も前の話だが、未だに包帯を巻き直しているということは、完治してないということ。いや…あれだけの火傷だ、きっと一生治らないだろう。 ここにいる間、皆より異様に水分を摂取する組頭さんを何度も見た。 近くにいると時々熱気を感じる。 誰かからとか、組頭さん本人から直接聞いたわけじゃないけど、私の中では「体温調節できない組頭さん」というのがあって、思わず出しゃばった真似をしてしまった。 水筒を持ったままそれを見て黙る組頭さんに、次第に緊張していく身体。 そわそわと挙動不審になりながらもう一度謝ると、水筒を持ってる反対の手で私の頬を触った。 「え!?」 「いい子だね」 初めて見る組頭さんの柔らかい表情。 ドキンと、恋とは違う音が鳴って、「いえ…」と目を伏せると、組頭さんは踵を返して山本さんの元へと向かった。 残された私はどうしたらいいか戸惑ったけど、再び井戸へ向かい手を洗う。 「(先に手を洗ってから水筒に入れたらよかったな…)」 詰めが甘いというか、大雑把というか…。 気遣いが足らない自分に自己嫌悪しつつ、仕事を終わらせた仲間たちと適当に挨拶をして部屋へと戻る。 いつの間にか私がご飯を作ることになっているので、少し休んだら食堂へ向かおう。それまで少し休もう。 狭い部屋の隅っこに身体を寄せて仮眠をとろうとしたら、外に人の気配。しかも二つ。 「吾妻くん、今いいかい?」 「山本さんか…。はい、構いませんよ」 「失礼」 もう一人は組頭さん。別れたり、会ったりとせわしないな…。 山本さんは入口付近に座って、スッ…と一枚の紙を取り出して私に渡す。 「え?」 「あー……」 「あのね、君との契約は今日までだったんだけど、それの延長に来ました」 「…え!?」 「一週間だったらしい…。私も把握してなくてさっき知った……」 「延長期間は一ヶ月」 「はぁ!?」 「一ヶ月、宜しくね千梅ちゃん」 「本当にすまない吾妻くん…」 「えええええ!?」 その為の書類か!何でお頭さん承諾したんだよ!一ヶ月も皆と離れるなんて嫌だよ!私そろそろ帰りたいよ! 「お、お断りします…」 「逃げるの?」 「はい、もうそれでいいです。帰りたいです…。皆に会いたいですし、疲れました…!」 「ほら組頭。吾妻くんもこう言ってますし、一度「今さっきも言ったけど、断る。ちょっと気に入ったんだよねぇ…」 「いやいやいや!ただの小娘ですよ!?ほら、色気のねぇ小娘ですから!組頭さんを楽しませることができないひよっこですから!」 「うん、じゃあ私好みに育てるから残って」 「っ断る!」 「もー…子供みたいな我儘言って…。あ、じゃあ私から一本取れたらいいよ」 「できねぇことを言うんじゃねぇ!」 「できたとしても西条がいいよって書類送ってくれたから帰れないんだけどね」 「………」 もはや声が出なかった。 ぐすんと鼻をならすと山本さんが「な、泣かないでくれ!」と慰めてくれるんだけど、止まりそうになかった。 「これがプロの世界だよ。大人の世界は汚いからね。慣れろとは言わないが、よく覚えておくといい。まぁ明日はゆっくり休んで、また明後日から宜しくね」 「組頭」 「山本、私はちょっと殿のところへ行ってくるよ」 用件をすませ、さっさと出て行く組頭さんが、 「さ、、千梅ちゃんも承諾済みです。書いて西条に送るか」 大人の汚い部分を出しているとは気付かず、ショックで落ち込んでいた。 お頭さんが「いいよ」って言うなら、下っ端の私はそれに従うのみだ。 でも、ちょっとぐらい家に帰りたい…。我儘だし、女々しいことを言ってしまうのだが、七松先輩に会いたい…。 私はあの人に憧れてついてきたんだから、あの人の傍で鍛錬したい…。 甘いことを言っているのは十分解ってるけど、 「(七松先輩に会いたいっ…!)」 お頭さんにも褒めてもらいたい。先輩たちと鍛錬に励みたい。竹谷と遊びに行きたい。七松先輩に抱き締めてもらいたい。 ここまでホームシックになるなんて思ってなかった。どれだけ皆のことが好きなんだよ、自分…。 歯を噛みしめて、目に溜まっていた涙を拭い、顔をあげると困った顔の山本さんが目の前にいた。 「吾妻く「山本さん。延期は一ヶ月ですよね?一ヶ月したら帰りますからね?」 でも自分はプロだ。考えていた通り、子供みたいなことをしたらダメだ。きっと怒られてしまう! 残り一ヶ月?上等だ、やってやろうじゃないか!一ヶ月なんてあっという間だっつーの! 「残り一ヶ月、宜しくお願いします!」 (△ TOP ▽) |