夢/とある後輩の災難 | ナノ

タソガレ忍軍 その四


!注意!
暴力表現・流血表現があります。お気をつけ下さい。





タソガレ忍軍と契約して、早くも一週間が過ぎました。
皆とはすっかり仲良くなり、何事も……ないことはないが、問題を起こすことなく日々仕事に励んでいる。
多分、今まで契約してきたお城や忍軍の中で一番仲良くなってる気がする。契約期間も長い。


「…ところで、いつまで契約してるんだろ」
「吾妻くん、何をしてるんだい?」
「あ、山本さん!」


昼食を作って食べたあと、食休みのために部屋に戻ろうとしたら丁度部屋から出てきた山本さんと遭遇し、笑みを浮かべて駆け寄る。
山本さんはいつも優しい!あとお父さんみたいで頼りになるから大好き。
困ったことがあったら山本さんに一番に頼ってるし、毎日一緒に家事もしている。


「あの、私っていつまでここにいるんでしょうか?いつもだったら何日までって言われるんですけど、今回は急だったから知らなくて…」
「……すまない吾妻くん。多分、組頭の気分次第なんだ…」


タソガレ忍軍の皆さんはうちとは違った陽気さがあり、優しい。
大所帯だから皆が皆ってわけじゃないけど、ノリはいいと思う。
私も楽しいことが好きだから居心地がいいし、皆大好きなのだが、その頂点に立つ男、雑渡昆奈門だけはどうも好きになれない。
強い人なのは十分知っている。この一週間、何度も組み手をしたけど瞬殺だったもんね。
負けるのはやっぱり悔しいけど、勉強にもなるので文句は言わない。


『女の子なのに全然柔らかくないね』


って言われた日にゃ、夕食に毒でも盛ってやろうかと思ったけどな!
じゃあ契約破棄してくれ!どうしていつまでも契約し続けるんだ!
と、ゲッソリとした表情を浮かべていたのか、山本さんが苦笑しながら頭を撫で、もう一度謝られた。
山本さんは全く悪くない。だから組頭さん直接に文句言ってやろうとしたら、冷たい空気が流れてきた。


「山本さん……」
「吾妻くん、悪いけど皆を集めてくれる」
「解りました」


山本さんは組頭さんの庵へと向かったあと、二人揃ってお城へ向かった。
横目でそれを見ながらタソガレ忍軍の人たちを全員集める。
皆の顔も既に引き締まっていた。


「千梅、遅いぞ」
「全員集めてたんですから仕方ないじゃないですか」
「お前が教えなくても皆解ってる」
「諸泉先輩も嫌味くさくて嫌いです」


一番後ろに並ぶと、隣に立っていた諸泉先輩に嫌味を言われたので子供みたいにそっぽを向くと、「千梅!」と何故か私が怒られる。
諸泉先輩はいい人だけど、組頭さんみたいに嫌味っぽくて嫌いだ。
適当に会話しながら待っていると、組頭さんと山本さんが静かに現れる。すぐに静まるタソガレ忍軍の皆さん。
ピンと緊張の糸が張られ、私も姿勢を正した。


「どこかの忍者たちがタソガレドキ城に向かってきているらしい。隊は二つで奇襲隊と本隊ね」


感情のこもってない声で飄々と状況を説明する組頭さん。
簡単な説明をしたあと、隣の山本さんが詳しく説明をして、ここに残って本隊を退ける隊と、お城と殿の警備する隊と、奇襲隊を潰す隊を作る。
私はきっとお城の警備だな。戦いたいけど、大して役に立たないことを組頭さんはよく知ってるし。


「吾妻くんは組頭と一緒に奇襲隊を潰してくれ」
「………え?私がですか!?」
「ああ。詳しい作戦などは組頭直接から聞いて。あと尊奈門も」
「解りました。千梅、行くぞ」
「えっ、私も!?嘘!」
「いいから歩け!」


諸泉先輩に首根っこを掴まれ、組頭さんの元まで無理やり連れて行かれた。
組頭さんの周りには私と諸泉先輩、あとタソガレ忍軍の中でも強い部類に入る人たち…。
明らかに場違いだ!あなたたちの腰までしかないような小娘がここにいていいわけがない!


「組頭さん、間違いじゃないですか?私が役に立つとは思えません」
「うん、弱いね」
「…」
「でも、ここに残すほうが怖いよ」


「何でですか?」と答えようと口を開いて、止めた。
組頭さんの目は既に戦闘モードで鋭く光っている。そこから感じ取れた言葉は、「よそ者がお城に残って、混乱に乗じて殿を殺されたら困る」。
ああ、やっぱり組頭何だな。先をよく見ている。


「死なないよう頑張ります」
「死んでも慰謝料とか出ないからね。じゃ、作戦を説明するよ」


いくら馴染んだとは言え、心の底からは信頼していない。当たり前だよね。
ショックを受けたわけじゃないが、もやもやする気持ちを抑えつけ、組頭の作戦内容をしっかり頭の中に叩きこんだ。
敵の動きは既に把握しているらしい。先遣隊が罠を仕掛けていてるので、そこで待ち伏せして一気に潰すという簡単な作戦。
組頭さんや諸泉先輩は慣れた様子だが、私はそんな余裕がなかった。
だって、彼らと一緒に戦うのは初めてだもん。どんな流れで戦うのか、どんな風に彼らに合わせればいいのか全く解らない。
演習で大体の動きは把握できても、いざ本番となるときっと通用しないと思う。
だから黙って、何度も脳内でシュミレーションを繰り返す。


「真面目だね、千梅ちゃん」
「死にたくありませんから」
「でも大丈夫。相手は弱いし、何かあったら私が助けてあげる」
「油断は禁物ですよ」
「仲間を信じてるんだよ。―――あぁ、来たね」


組頭さんの言う通り、どこからともなく仲間が現れ、軽く報告をする。
組頭さんは何度か頷いたあと顎で指示を出し、私たちに身体を向けた。


「さ、今日もやっちゃおうか」


ニッと笑った顔は、お頭さんが戦場へ向かうときの顔と一緒だった。
組頭さんが消え、諸泉先輩たちもついて行く。勿論最後は私。
口布をあてながら苦無を取り出し、必死に彼らのあとを追いかける。
久しぶりの戦場に私の心臓は早まっていた。
走っているにも関わらず森は静かで、まるで夜みたい。いや忍者なんだから、音をたてないのは普通だよ。


「(早いなぁもう)」


いくら頑張っても、追いつけない。
追いつけないどころか姿を見失わないようにするのが精一杯…。
しかも、地面ならまだしも木から木への移動でさえこの実力差。
体力は余裕だが、速度が違いすぎる。


「っと」


さすがにこれ以上引き離されたらやばいかも。と思っていたら、足を止めてくれた。
慌てて私も止めたが、勢いがつきすぎて木の枝から落ちそうになるのを組頭さんが背中の服を引っ張って止めてくれる。
会釈すると手をすぐに離して、人差し指を口にあてた。


「(………いるな…)」


気配を極限まで消して周囲を探ると、微かに葉音がした。
もっとよく探ると人の気配もする。
組頭さんが手信号で部下に指示を出すと、彼らはすぐに姿を消して、戦闘体制に入った。


「(千梅ちゃんは私の隣で戦うこと。私、あんまり動きたくないんだよねぇ)」
「(了解です)」
「(あれ、素直だね。もっと文句言うかと思った)」
「(忍務中です)」
「(やっぱり真面目だね。じゃ、行こうか)」


チラリと木に潜む仲間たちに目線を送ったあと、ザザザッと微かな音をたてて敵……奇襲隊の忍者たちが姿を現わした。
中には服が破けているものが数人した。ああ、罠にかかったんだな。と思いながら、組頭さんに続いて頭上から攻撃を食らわせる。
油断していたのか、本当に気付かなかったのか、敵の背後に降りた私はすぐに喉を掻っ切って、その場から離れる。
静かな静かな戦い。派手とはお世辞にも言えない地味な戦いはすぐに終わり、最後の敵を絶命させて手を離す。
力を失ったそれはぐしゃりと地面に倒れ、ジワジワと大量の血で森を汚していく。
苦無を握る手が血でベトベトになっており、自分の肌の色が何色だったか全く解らなかった。


「(気持ち悪いな…)」


これだけはいくら経っても慣れない。そう言ったら組頭さんたちは笑うだろうか。
組頭さんに目を向けると、彼は木の枝に座って私たちの様子を高みの見物していた。
本当に戦わなかったのか、あの人…。いや、最初は戦って、もう大丈夫だと思ってからあそこに移動したんだろう。


「強いって聞いてたんだけど、やっぱり弱かったね。お疲れ様、千梅ちゃん。いい動きだったよ」
「ありがとうございます」


服で血を拭っていると、背後から殺気を感じて振り返る。それと同時に諸泉先輩の「千梅!」という緊迫した声が森に響く。
ゆっくり流れる景色…。目の前には血だらけの敵が苦無を私に向けていた。


「―――」


死ぬ。と覚悟したのか、身体は全く動いてくれなかった。
だけど痛みが走ることも、意識が途絶えることもなく、敵は私の目の前で倒れた。
敵の背後には、さっきまで木の枝に座っていたはずの組頭さんが血のついた苦無を持って立っている。


「うちの子に手出さないでくれる」
「……組頭さん…」
「尊奈門。逃がしたのか」
「すみません組頭…。仕留めそこないました……」
「すみません」
「お前もか…。油断するなって言っただろ。二人とも一ヶ月間厠掃除ね」


ピッ!と血を振り落として、胸にしまう組頭さん。
諸泉先輩とあとから来た先輩は素直に頭をさげ、私にも「すまない」と謝ってくれた。
私も油断してたから二人と一緒だ。反省せねば…。まだまだ甘いな、千梅!
と、組頭さんにも嫌味混じりに言われると思って覚悟していたのだが。


「よく頑張ったね。偉い偉い」
「……。何で助けたんですか?」


だって私はよそ者ですよ?派遣ですよ?


「派遣とは言え、今は私の部下だからね。言っただろ、何かあったら助けるって」
「………」
「さ、生き残りがないか確認して帰ろうか。向こうも終わってるでしょ」


ぽんぽんと軽く私の頭を叩いたあと、また周囲を警戒して指示を出した。


「(……頭があったかい)」


ちょっとだけ組頭さんの見る目が変わった日でした。


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