タソガレ忍軍 その一 「吾妻千梅です。数日間だけですが宜しくお願いします」 「わぁ、まるで感情が入ってないね」 「忍者だからいいのです」 タソガレ忍軍とうちとの合同演習が終わり、ようやく我が家(じゃないけど)に帰れると思ったら、すぐに仕事が決まった。 演習中に雑渡さんが私を貸してほしい。とお頭さんに言ったらしく、かなりの報酬をくれると言うのでお頭も承諾。 まぁ私に仕事なんて滅多にこないからいいんだけど…。だからってタソガレ忍軍にはきたくなかったよ、お頭さん…。 お頭さんは基本的に優しいけど、かなり大雑把な性格だと今回で再度確認できた。あのおっさんめ…。 一度家に戻って、必要な荷物と、一応契約書類を持ってまた戻って来た。 雑渡さんの横に立ち、目の前にはたくさんのタソガレ忍軍…。別に全員に挨拶しなくてもいいだろうが。 「見ての通り女の子だから皆優しくしてあげるよーに」 私には「感情が入ってない」って言っていた雑渡さんだが、雑渡さん自身も入ってない。 適当な感じで紹介され、「あ」と私を見下ろす。 やっぱり私見下ろされるの苦手だ…。凄い圧力を感じて、居心地悪い…。 それが顔に出ていたのか、頭巾越しでも解るように笑って、「頭巾しないでね。とって」と言われた。 「嫌ですよ」 「上司命令でーす」 「いや、秘密主義がうちのモットーですから」 「でもこの契約書には「契約中は契約者の命令に従う」って書いてるよ。西条にしてはちゃんと作ってるよね、これ」 「うちの唯一の頭脳派先輩が作ったんです…」 はぁ…と溜息を吐いて、言われた通りに頭巾を外す。 秘密主義がモットーな我が会社だが、「信頼」を一番大切にしている。 じゃないと仕事こないもんね。それに、うかつに情報をもらせば敵を作ることになる。これだけは避けたい。 それじゃなくてもうちは狙われやすい。とお頭さんは言っていた。 戦忍び専門の派遣会社は言葉通り、私を除く全員が強い。味方にしたら心強く、敵にしたら恐ろしい存在だ。そんな彼らはいつ狙われてもおかしくない。 狙われないため、信頼をたくさん得て敵を作らないためにも、私たちは些細なことにも気を使っている。 「その為とかに顔とか隠してんのに…」 「でも名前は本名を言うんだね」 「困ったら改名したらいいって言われたので。これで満足ですか?」 「え?あ、うん」 「(興味ないんかい!)」 頭巾を外して首に巻いたあと見上げると、雑渡さんはあまり興味なく顔を背けて「じゃ、仲良くしてあげてね」とだけ言って、どこかへと向かった。 いや、仕事は?仕事内容説明しろよ!私なんのために来たんだよ!仕事ないなら帰らせろ! 「吾妻くん」 「あ、はい。山本さん、ですよね?」 「一応君のお世話をすることになったから宜しくね」 雑渡さんが離れ、すぐに近づいて来てくれたのは雑渡さんの多分右腕、山本陣内さん。 この人は好きだ。見るからに優しそうだし、事実優しい。 ニコリと笑う山本さんに私も笑って頭を下げると、 「何だ、ちゃんと笑えるんだね、千梅ちゃん」 と、遠くからちゃちゃを入れる雑渡さんに、笑顔が張り付く。 山本さんが「組頭」と呼ぶと背中を向けて手をひらひらと適当に振った。 「すまないね、組頭の気まぐれで…」 「やっぱり気まぐれでしたか」 「とは言っても、仕事はたくさんあるから手伝ってくれると助かるよ」 「………そう言われると嬉しいですし、契約したからには頑張ります」 「それは頼もしい。宜しく」 自然の流れで私の頭を優しく撫でた山本さんだったが、慌てて手を離して「すまない!」と謝られた。 「つ、つい娘にする癖で…!」 「あ、いえ。私は気にしてないので…。山本さんお子さんいらっしゃるんですか?」 「あ……ああ…。だからつい…」 ああ、やっぱり山本さんは優しい人だな。雑渡さんとは大違いだ。 山本さんとは仲良くなりたいし、色々教えてもらいたいので素直に頭をさげて、「宜しくお願いします」と言うと、山本さんももう一度「宜しくね」と言ってくれた。 我ながら、嫌いな人には冷たい態度、好きな人には懐くという子供みたいな性格を直したいものだ…。 「じゃあさっそくなんだけど…」 「はいっ」 「洗濯手伝ってくれる?」 「……」 タソガレ忍軍もうちも…変わらないんだなぁと心の中で呟いて、山本さんと一緒にタソガレ忍軍の長屋へと向かった。 タソガレドキ城は金持ちだからたくさんの忍者を雇っている。 優秀な忍者ばかりで、その忍者たちはお城の裏に忍者の村、集落みたいなところに住んでいる。(前にも言ったが) そこで共同生活をしているのだが、どうも彼らは家事が苦手らしい。うちもですよ。 いくら洗濯をしろと言っても、適当だったり、投げていたり…。だから時々こうやって山本さん自らが長屋へ向かって指導するらしい。 こんなの、上の人がやることじゃないでしょ…! 山本さんの小言を聞きながら投げられた洗濯物を回収して、井戸へと持って行くと、タソガレ忍軍の多分下っ端さんたちも洗濯していた。 「全く、組頭といい彼らといい…何故洗濯しない」 「どうせ明日着るからいいかな。ってうちの先輩たちは言ってます」 「…どこも一緒なんだね」 「はい。ところで一緒に混ぜて洗濯してよかったんですか?」 「大丈夫、ちゃんと名前を書かせるようにしてるから」 「ほー……。いいですね、うちは名前も書かないからいっつも洗濯したらごっちゃになって…」 「吾妻くんも大変そうだね」 「下っ端ですから…」 「それで慣れた手つきなのか」 「まぁそれもありますけど、学園にいたときから自分のものは自分で洗濯してましたしね」 「そうか…。きっといいお嫁さんになるぞ。手際もいいし」 「……」 「………すまない、また変なことを言ってしまった…」 「いえ」 笑うと、少し照れくさそうに俯いた。 あー…こんな感じの仕事なら嫌じゃないや。雑渡さんが出てこなければ嫌じゃない。 山本さんと会話しながら洗濯物を洗い、日当たりのいい場所まで運んで綺麗に干していると、頭巾を外した諸泉さんが煎餅を食べながらやってきた。 目が合うと「あ」と言われたので、「あ?」と返すと、ポロリ…と煎餅を地面に落とし、「お前何してんだよ!」と怒られる。 「何って…山本さんと一緒に洗濯物を干してる」 「違う!何で私の洗濯物までっ…!」 「え?だって……山積みになってたから…」 「あとで洗うつもりだったんだ!勝手なことするなよ!」 「そう言って昨日も洗わなかったよな?」 「山本さん…。で、ですが合同「言い訳はしない」……はい…」 ……子供だ!山本さんがお母さんだ!なにこの関係面白い! バレないように笑いを堪えていると、諸泉さんに気づかれ「お前っ!」と近づいてきた。のを、山本さんが止める。 こんこんと説教をする山本さんはタソガレ忍軍のお母さんだな。うん、よく似合う。 笑いながら残りの洗濯物に手を伸ばすと、「吾妻!」と顔を真っ赤にして洗濯物を奪われた。 「いい!自分で洗う!」 「尊奈門!」 「山本さんっ、自分で洗うのでこいつにだけは洗わせないでください」 「…はぁ?私に触ってほしくないわけ?なら最初から自分で洗ってくださいよ」 「っお前は!お前は男の褌を洗ってなんとも思わないのか!嫁ならまだしもっ……」 …はーん、なるほど。そういうことか。こちらと六年も忍たま長屋にいたんだよ?今更褌の一つや二つ…どうってことねぇよ! でも山本さんが諸泉さんの肩を叩いて、「すまなかった」と謝ったあと私に近づいてきた。 「吾妻くん、すまなかった。私も配慮が足りていなかった…」 「え?いや、だって仕事ですよね?それにあっちでもしてるので慣れてますし…」 「そうだが、尊奈門が嫌がるからあとは私と尊奈門でしとくよ」 「いやいや!お仕事ですよ!?」 「いいからもう向こう行ってろよ!今日来たばっかだろ、適当に探索でもしてろ!でも城に入るなよ!?」 「何だそれ!仕事しに来てんのに仕事して何が悪いんですかっ!思春期のガキじゃないんだから洗濯させろよ!」 「いいって言ってるだろ!お前本当に女か!」 「うるせぇ!ガキみたいなこと言ってねぇでさっさと寄こせ!干すから寄こせ!」 「コラ、止めないか二人とも。吾妻くん、本当にもういいから尊奈門が言うように探索をしたらどうだろうか?」 私と諸泉さんの間に立って、溜息を吐きながら止める山本さんに、口を尖らせながら引き下がると、諸泉さんは自分の褌を大事そうにギュッと握りしめる。 キメェことしてんじゃねぇぞ! 「探索……」 「合同鍛錬があってすぐにこっち来ただろう?身体もしっかり休めないと、いつ戦になるか解らないしね」 「…山本さんがそう仰るなら…。お言葉に甘えさせて頂きます」 「あ、ついでに部屋の案内もしておこう。尊奈門、洗濯物は任せた」 「はい」 「先日使っていたところじゃなく、一人部屋があるからそっちを使ってくれるかい?」 諸泉さんと別れ、山本さんに案内されてお世話になる部屋へと入る。 その部屋は長屋から少し離れた場所にあり、何だか長屋より綺麗に見えた。 もしかして客人用か?と思ったが、こんなところに客人が来るわけもなく…。 あ、解った。 「ここって山本さんたちの長屋ですか?」 「ああ。本当は大広間を使ってもらうんだけど、一応……ほら、吾妻くんは女の子だから」 「私なら平気ですよ?あっちでも大広間で寝てますし」 「それは……凄いね。でも、父親の目線からしたらあまり気分のいいものじゃない」 「……そうですけど…」 「分別はきちんとしないとね。はい、ここが吾妻くんの部屋。隣は私の部屋だから何かあったらすぐに頼ってくれ」 「はいっ!」 「じゃあ夕食になったらまた迎えに行くから」 「ありがとうございます!」 微笑む山本さんに頭を下げ、案内された部屋に入ると若干埃臭かった。 部屋の広さもとても広く、とても「部屋」とは言えるものじゃない。 「………寝るためだけの部屋か…」 タソガレ忍軍は忙しいから、部屋でくつろぐことができないもんね。納得納得。 持って来た荷物を部屋の隅に投げて、戸を開けてから空気を入れ替えた。 「さて、掃除してから言われた通り探索でもしてやるか」 折角だ。土産話になるような面白いことを見つけて、お頭さんたちに報告してやろう! (△ TOP ▽) |