女装実習 「………お前は何でこういう勘は鈍いんだろうな」 「え?」 「どう見ても茶の雰囲気ではないだろう」 「あー……えーっと、今さっきの人ですか?」 「他に誰がいる。お前は本当にバカだな」 「(七松先輩に言われたくないですよー…。なんだよー…何でいきなり怒られないといけないんだよー…)」 「確かに私が鍛えたが、だからと言って男数十人に押し倒されて、拘束されたら勝てんだろ」 「………はい?数十人?数人ではなく?」 「はぁ…」 あ、七松先輩が溜息はくところ、初めて見たかも? にしても…。あそこに数十人もいたのかな…。男にばかり意識いきすぎてそっちに気が回らなかったや…。 ああ、七松先輩はそれを怒っているのか!確かに五年生のくせに情けないな!七松先輩も溜息吐くはずだ! 「すみません七松先輩。あの男のことばかり考えてました…」 「そうではない。いや、そうでもあるが、もっと周りをよく見ろ。あの男が下心あるって気づいていたなら実習なんて諦めて逃げろ。気配も感じろ。実習中であろうと忍者だということを忘れるな。逃げるのも忍者だ」 眉間に一本のシワを作って、真面目な顔で説教する七松先輩に、返す言葉を失う。 間を置いてからコクリと頷くと、注文したお茶を飲んで「吾妻は鈍感だなー」と先ほどより柔らかい声色で呟いた。 「でもよくこんな女をナンパしましたよね…。女らしくないのに」 「でも吾妻は女だろ?」 当たり前すぎる言葉にまた言葉を失う…。 この人は本当に的を得ている言葉しか言わないな。 黙ってお茶を飲んでると、「で」と話しかけられたので見上げた。 「お嬢さんのお名前は?」 「っ!?」 見たことのないような微笑みと、聞いたことのない優しい台詞にお茶を吹き出そうになってしまった! な、何だその台詞!七松先輩らしくないっていうか……。 驚いたけど、それ以上に恥ずかしくなってきて、言葉が出てこない。 「どうかしましたか?お茶が熱かったですか?あ、甘いものが食べたかったらいくらでも注文してくださいね」 「っあ、…だ、……な、…で…ッ!えッ!?」 「あはは!すみません、私が無理やり誘ったばかりにあなたと驚かせてしまったようで」 「ななま「私の名前は小平太です。あなたのお名前は?」 あくまで…、先輩はあくまで町人のフリをしてくれるみたいだ…。 こ、これはいいのかな…。大丈夫かな?セーフ?セーフっぽいな…。 小首を傾げて聞いてくる七松先輩を見て、生唾を飲み込んで深呼吸。 七松先輩相手に演技をするのも恥ずかしいけど、まだ気兼ねなく会話できる。と思う…。 身なりを整えながら、「千梅です」と答えると、「千梅さんですか」と嬉しそうに笑う。 こ、この人演技してるよね…?さすが六年生……。演技力が凄いっていうか、自然過ぎて胸がドキドキする…。 「可愛いお名前ですね」 「小平太さんも素敵なお名前ですね」 一言一言気をつけながら、うるさい心臓を落ちつかせながら七松先輩と会話を続け、お茶と団子をご馳走になってから町を適当に歩いた。 会話は全部適当な内容だったけど(勉強が好きとか)、色々な話を聞くことができた。 そろそろ実習が終わるころあいで、「小平太さん」と名前を呼ぶと、「何でしょうか」と振り返る。 一緒にいる間、ずっと柔らかい雰囲気をまとってるからいちいち胸が高鳴った。 「惜しいですが、私はそろそろ帰りますね。一緒に来た友達が待っているのです」 「そうですか…とても寂しいですが、仕方ありませんね…」 「今日は素敵な時間をありがとうございました。またこの町に来たらお話して下さい」 当たり障りのないことを言うと、七松先輩は真剣な表情になって私に一歩近づいて両手を握る。 「我儘ですが、この手を離したくありません」 っとに…この人は…!これだから六年の先輩方は嫌いなんだよ! どこから冗談(という名の悪ノリ)で、どこから真剣なのか全く解らん! 「こ、小平太さん…あの、本当にすみません。もう勘弁してください…!」 「嫌です」 そう言ってグイッと引き寄せられたあと、背中に手を回されて抱き締められた。 一気に頭の中が真っ白になって固まっている間に、少しだけ離されて顔が近づいてきたので、ギュッと目を瞑ると、 「だから何でお前は抵抗せんのだ」 「いたっ」 ペシッと額を軽く叩かれてしまった…。 目を開けると呆れ顔の七松先輩が私を見ていた。 心臓に悪すぎる…!何だってあんなことしたんだ! 叩かれた額を抑えて離れると、腰に手を当てて七松先輩は深い溜息を吐いた。 「次は助けんぞ。学習しろ」 「……はい…」 「ではまたあとでな!」 「…。そう言えば七松先輩は何で町へ?」 「長次に買い物頼まれてきたんだ!遅くなったから怒られるけど、まぁなんとかなるだろ!」 「すみません、私の為に…。あとで私も一緒に怒られます」 「大丈夫。事情を説明すれば長次も怒らないから」 「それでも一応…。ありがとうございました」 「おう!」 いつもの無邪気な顔で笑ったあと、いけどんで走っていく七松先輩に、私も笑って集合場所へと向かった。 七松先輩のおかげでいい訓練、鍛錬にはなったかな? 「ちょっと紳士的な七松先輩も格好よかったしね」 (△ TOP ▽) |