夢/とある後輩の災難 | ナノ

酔っぱらい


「なるほど…。酔っぱらったら絡み上戸。か面倒臭いな」
「そうなんすよ。滅多になることないから余計面倒だと感じてしまって…」
「七松先輩、七松先輩!」
「ん?」
「好きー!」
「おう、そうか!」
「しかし見苦しいな」
「まぁそう言わないで下さい。ほら、吾妻が七松先輩に甘えるなんて珍しいじゃないですか」
「だから見苦しいと言っているのだ」
「あはは、気持ち悪いよねー!」
「善法寺先輩…」
「目のやり場に困る」
「嫌だが、今回ばかりは文次郎に同意する」
「…普段の吾妻に見慣れているからな……」


八左ヱ門の膝から、小平太の膝に移動して、ゴロゴロと猫のように甘える千梅。
千梅がいくらネガティブなことを言っても、小平太のポジティブな言葉やストレートな言葉にすぐに復活する。
先ほどより面倒なことにはならず、飲み会もいつもの雰囲気に戻った。
ベタベタに甘えている千梅を見ると、若干恥ずかしいなと思う。
それと同時に少し大人っぽい小平太の行動や言動に驚きを隠せない。


「七松せん、なな………こへーた先輩!」
「おう、何だ?」
「こへ先輩?」
「おう」
「ぎゅー!」
「おー」


ゆっくりと身体を起こし、首を傾げながら何度も小平太を呼んで、胸に抱きついた。
それを見た文次郎はお酒を吹きだしてしまい、隣に座っていた三郎に「すまん」と謝る。
抱きついてくる千梅の背中をぽんぽんと撫でてあげると、千梅は幸せそうに笑って、「好きです」と何度も告白した。
そのたびに「私も好きだぞ」と答える小平太。


「胸やけがするな…。竹谷、三人でよく飲みに行ってるって言ってたな?」
「一人身の俺には辛いっすよ!」
「わざわざ聞くまでもなかったな」


寄りかかるように抱きつき、徐々に崩れ落ちて、また膝の上に頭を乗せる。
それを見てから小平太も笑い、頭を撫でてあげると「好きー!」と喜ぶ千梅。
ただのバカップルでしかない空気に仙蔵は表情を歪めるが、その二人の隣に座っている八左ヱ門はもっと苦しそうだった。


「でもあれですよねー」
「何だ尾浜。気持ち悪いとでも言いたいのか?私も思っている」
「それもですけど、何だか七松先輩がらしくないって言うか…」


いつもは子供っぽいのに、千梅と会話しているときの小平太は何だか大人びて見える。と、勘右衛門はお酒を飲みながらこぼした。


「何でだろうな。千梅が素直に甘えてるからじゃないのか?」
「あ、なるほど。だとしたら面倒くさいカップルですねぇ」
「普段こんな感じだとあのマンションから追い出してやるがな」
「あはは、そうですねー!」


口ではそう言うものの、二人が幸せそうなのを見て緩い笑みを浮かべて、お酒を飲む二人。
他のメンバーも、いつもよりゆったりとした雰囲気の中お酒を嗜み、くだらない話で盛り上がる。
千梅は小平太の膝に抱きついたまま寝息をたてはじめ、小平太は着て来たジャケットをかけてあげて、お酒を飲み続けた。


「竹谷、ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、解りました。何か頼んでおきますか?」
「いつものと、水も頼む」
「え…?水?」
「吾妻が起きたら水いるだろ?」
「あっ…!はい、解りました」


珍しく気が利く小平太の言葉に八左ヱ門も驚きつつ、言われた通りいつものお酒と自分が食べるつまみと、水を頼んだ。
千梅は地面に小さく丸まって寝ていたのだが、小平太が席を外してすぐにもそもそと動き始め、顔をあげる。
それに気付いた八左ヱ門は「やべっ」と焦った。


「っ…こ、へ………せんぱい、いない…っ!」
「落ちつけ吾妻!今ちょっとトイレ行ってるだけだから!」
「嫌われ、った…!捨てられたんだ…ッ。私が女の子らしくないからだ、もう…嫌いだって…!」
「…小平太がいなくなっただけでここまでネガティブになれるもの凄いな」
「千梅って飲むとネガティブになるんですねぇ。七松先輩呼んできましょうか?」
「尾浜、いい。たかがトイレだ。すぐに戻って来るだろ。それに、見てる分には申し分ない」
「立花先輩ってほんと性格悪いですよね」
「だって、私っ…!私、こへせんぱ、…好き、だよ…!だって、だってっ…恥ずかしいから言えないもん…っ!だって格好いいんだもん…」
「大丈夫、すぐ戻って来るから!」
「戻ってこないもん!こへせんぱい、わたし、すてた!」
「七松せんぱーい!」


盛大に泣き始めた千梅のために、座敷から顔を出して小平太を呼ぶ八左ヱ門。
丁度トイレから戻ってきた小平太が「お?」と洗った手をズボンで拭きながら靴を脱ぐ。


「ほら吾妻!七松先輩帰って来たぞ!」
「何だ、また吾妻は泣いてたのか」
「こ、へ…せんぱいぃいいいい!ごめんなさい、ごめんなさい!大好きだから捨てないでくださいぃいいい!」
「あー…ダメだな。仙蔵、ちょっと先に連れて帰る」
「そうだな、そうしてくれ」
「じゃ、じゃあ俺も一緒に…」
「いいよ。元々はお前たちが飲んでたんだろ」


戻って来た小平太に抱きついたまま、わんわんと泣き続ける千梅を見て、ほんのり笑う。
仙蔵に告げて、落ちていた服を千梅に羽織らせてから手を握ってあげると、抱きつくのを止めて小平太から離れる。


「帰るぞ」
「……ごめんなさい…」
「別に怒ってない。ただ千梅がもう辛そうだから連れて帰ってやるんだ」
「なな、…こへ、先輩にすてら、れる…!」
「何だ、歩けんのか?解った、家に帰るまでちゃんと背中に乗ってろよ。落ちたらそのまま捨てるからな」
「っやっ、ぱり捨てる…ッ」
「お前が落ちなければ捨てんぞ?」
「がんばる!」
「おう!じゃ、先に失礼するぞ!」
「だっこー!」
「おんぶな」


まるで台風のようなカップルに、全員慣れたように手を振って、見送ったのだった。


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