夢/とある後輩の災難 | ナノ

夜の小話


「酒を盗んで来いだなんて…」


静かなタソガレ忍軍の台所に忍びこみ、適当にお酒を探す。
七松先輩に言われたのは、「酒が足りないから盗ってこい」とのこと。
(盗むのは犯罪です。絶対にしないでください)
逆らえることもできないので、嫌だなと思いながら名酒を見つけて音をたてることなくその場をあとにした。


「子犬かと思ったら、鼠だったか」
「………」


警戒をしていたのに、全く解らなかった。
驚きのあまり息が止まって全身から血の気が引いたけど、持っていたお酒だけは落とさず、暗闇の中に潜む雑渡さんを探しあてる。


「よくないねぇ、盗むのは」
「…」
「あれ?演習は終わったのに声出さないの?」


暗いから顔をハッキリ見られていない。
逆を言えば、こっちも雑渡さんの姿がよく見えない…。
どうやって逃げようか考えながら後退するが、そうはさせてくれないのが組頭さん。
っというか、何故この人もここに?まさか………。


「寝間着姿じゃないのも残念。まっ、子供のそんな姿見ても、そそられやしないんだけどね」


軽口をたたきながら私に一歩づつ近づいて来る。
昼間、この人のことを嫌いと思ったが、それと同時に、「怖い」とも思った。
視線が合うと目を背けたくなるし、目の前に立たれると自然と顔がさがってしまう。
自分はいつまで経っても、強い人を前にすると萎縮してしまう癖がある。
このままではダメだ。
そう思って目の前までやって来た雑渡さんを下から睨みつけると、顔がうっすら見えた。
酷い火傷のあとに目を見開いたが、背けないように意識する。


「んー……やっぱり猫、かな」
「…」
「でも犬みたいに解りやすいしねぇ。ね、どっちがいい?えーっと…、吾妻ちゃん?」


ニヤニヤと笑いながら屈んで、顔を近づける。
ほんっと、いい性格してるとこの人。学園に来てたときはこんなことなかったのに!


「喋ってよ。私だけ喋ってると寂しいじゃん」
「…」
「残念。にしても見たことある顔だね…。忍術学園にいた子でしょ?」
「…」
「………あぁ、思い出した。伊作くんと仲の悪かった子だ。まさか君がここに就職するなんてねぇ」
「…」
「女の子一人だし大変じゃない?というか、君強いね。私より全然弱いけど、くノ一の中だったら結構強いと思うよ」
「…」
「色々と使えそうだし…。ねぇ、本気でうちに来ない?」
「お断りします」


ハッキリ答えてやった。
悪い評判しかないこんなお城に務めたくないやい!
それに、甘い考えかもしれないが、私は七松先輩の隣にいたい。竹谷と一緒に鍛錬したい。
お頭さんだって、先輩だっていい人たちのあの場所が大好きなんだ。
そういった気持ちを込めたので、雑渡さんは「子供だねぇ」とまた私を笑った。


「でもそう言う子を虐めるのって楽しいんだよね」
「悪趣味ですね」
「ハッキリ言うなぁもう。今日の夕方は楽しませてもらったし、明日も楽しませてくれる?」
「私では無理なのでお頭さんのお相手をお願いします」
「やだよ。組み手するなら可愛い女の子とのほうがいいじゃん。楽だし」


ぐわあああああ!もう最後の言葉がほんっと余計だ!
わざとなのは解ってるけど、いい性格してるよこのおっさん!
どうせあんたは本気にならないんだろ?一時の暇つぶしなんだろ?そういう扱いされるの大嫌いなんだよね。子供なんで!


「私、真面目じゃない人大嫌いなんでお断りします」
「え、私真面目だよ。大真面目」
「言い方間違えました。私、あなたのこと嫌いなので嫌です」
「嫌いだから嫌って考え、社会人として…プロとしてどうかと思うよ」
「どう仰ろうとあなたには関係ありません。私の上司はお頭さんだけなので」
「そう。じゃあ私が上司になったら何でも言うこと聞いてね?」
「はぁ?それより雑渡さん、いい加減後ろにいる山本さんに気づいてますか?」
「え?」
「んなわけねぇだろバーカバーカ!お酒は貰って行くぜ!」


ダメだ!最後、素に戻ってしまった!しかし関係あるめぇ!
振り返った隙にその場から捨て台詞とともに逃げ出し、自分たちの部屋へと戻る。
振り返っても追いかけてなかったので、もしかしたら本当に近くに山本さんがいたのかもしれない。
だって、夜に忍びこんだってことは、雑渡さんもつまみ食いとかそういうの狙ってたんでしょ?
一か八かだったとけど、本当みたいだった。


「遅かったな、吾妻。どうかしたか?」


戻って来た瞬間、先輩にお酒を奪われ、また宴会を始める。
ハァ…と息をついてお水を飲んでいると、七松先輩が声をかけてくれた。


「私、雑渡さん苦手です…」
「…話したのか?」
「すみません、話しちゃいました」
「鍛錬が足らんな、吾妻は」


それでも優しく頭を撫でてくれる七松先輩と、騒ぐ先輩たちと、笑う竹谷を見て、タソガレドキ城よりここが好きだと自覚した。


「まさか本当に山本がいるとは…」
「あまり子供で遊ばないでください。それじゃなくても警戒されているんですから」
「それをいじるのが楽しいんだよ。ところで山本」
「何でしょうか」
「今、人手不足だったよね?」
「…………。ほどほどにお願いします」
「ふっふっふー」
「それから。つまみ食いは止めて下さいと、何度も言ったでしょう」


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