合同演習 その三 休憩を入れながら夕方までタソガレ忍軍と演習を続け、そろそろ太陽が山の向こうに沈みかけたころにようやく雑渡さんが重たい腰をあげた。 お頭さんは「やっとかよ…」と文句を言いながら雑渡さんに近づき、「じゃ、やろうぜ」と苦無を首筋に向けたが、雑渡さんは笑って(布越しでも解った)首を横に振った。 そのあと目線を私たち……というか、私に向けてニコッと笑う。 「そこの子犬とやりたいんだけど」 「はぁ?俺との勝負、逃げる気か!?」 「いいよ、どうせ勝負つかないんだし」 「お前が本気出さねぇからだろ」 「その言葉、そっくりそのまま返すよ。それとも、新人くんたちはへなちょこなのかな?」 「よし、吾妻!この男をぶっ殺せ!」 お頭さんは本当にバカだ…。いや、きっと乗せられているって解ってるんだろうけど…。 ご指名が入ったので、気合いを入れ直してお頭さんに近づく。 今日一日動き回っていたから、若干集中力も体力も落ちているが、お頭さんの「負けんなよ」という本気の声に力が入った。 お頭さんが悔しがる顔なんて見たくない…。 「やっぱり小さいねぇ。いくつ?」 「…」 「これぐらい答えてくれてもいいじゃん…。ま、いいけどね。どうせあとから知るんだし」 お頭さんに言われている通り、今日はまだ一回も発言していない。できるだけ呼吸も殺している。 しかし、雑渡さんの最後の言葉に返事をしそうになった。「あとから知る」ってどういう意味だ?何かあるのか? 「考え事はよくないよ」 そのせいで反応が遅れてしまい、山本さんの「開始」の声が聞こえず、真正面から殴られ、後ろに吹っ飛ばされてしまった。 思わず声や胃液がもれそうになったが、腹筋に力を込めて耐える。 それでも雑渡さんの拳は重たく、全身から力を奪われた感覚に陥って、手先が震えた。 集中力、落ち過ぎだ…。今から戦う相手は、あの人だぞ。生半可な気持ちで向い合ったらダメだ…! グッと奥歯を噛みしめて顔をあげると、雑渡さんはヘラヘラと笑っていた。 そりゃあそうでしょうねぇ、こんなクソガキ相手に本気なんて出すわけありませんよね?子犬と戯れてる程度なんですよね? 「(ぶったおす!)」 「あ、今ちょっとだけ意思が出たね。ダメだよー、忍者なら感情をちゃんと消さないと」 …………。私、この男嫌いだ。 ムカつくわー!すっごい腹が立つ! 単純だとも、子供だとも言われていい。私はこの男が苦手です! でも言われたように感情を押し殺し、息を整えてから雑渡さんに向かって行った。 しかし、どこを攻めても、どこを観察しても、一瞬の隙すら与えてくれない雑渡さんに体力だけが奪われる。 深い呼吸がしたい。声も出したい。 そっちばかりに集中していると、雑渡さんにまた殴られ、吹っ飛ばされる。 「何だ、思ったより弱いね」「もう終わり?まだ一発も食らってないよ?」「やっぱりいらないかなぁ…」 などなど…。吹っ飛ばされ、地面に這いつくばる私を見下しながらそんなことを言うものだから、審判の山本さんが止めようとしてもそれを断って、何度も向かって行く。 「(倒すなんて無理だ。でもせめて一発は食らわせたい。一発だけ……。考えろ。考えるんだ千梅!)」 軽快に動く雑渡さんを攻めながら考え、作戦を思いついた。 一発だけの大勝負。あまり好きではないし得意ではないが、どうしても一発だけは食らわせたい! その作戦のため、一度雑渡さんから離れて、呼吸を整えた。 「ん?もう終わり?そうだね、攻撃も単調になってきたし、飽きてきたから終わろうか」 呼吸も乱れていない雑渡さん。さすがとしか言いようがない。 持っていた苦無をしまい、口布をしっかりと絞める。 殺すつもりで殺す。 覚悟を決めて、山本さんに向かっていた雑渡さんに正面から突っ込んだ。 すぐに気付いた雑渡さんはヒラリと避け、私の両手首を掴む。 「このパターンも今さっきやったよね?学習しないの?才能ないんじゃない?」 私を見る目は、「興味を失っていた」目だった。 だから、自分で無理やり利き手とは反対の肩の骨を外してやると、バランスを崩した雑渡さんが「お」と声を出して油断した。 その瞬間を狙い、利き手で殴りつけやる。 それでもやっぱり頬をかする程度しかできず、痛みと悔しさで眉間にシワを寄せた。 だが、次の瞬間。 目を見開き、火を灯した雑渡さんの視線と交わり、一瞬して地面に強く叩きつけられ、首に苦無を当てられた。 その殺気を前に死ぬ覚悟をしたが、雑渡さんは動こうとしない。 「あーあ、やられちゃったなぁ…。それと西条、解ってたけど過保護すぎじゃない?」 「それはお前んとこもだろ」 雑渡さんの背後には七松先輩が立っており、苦無を向けていた。 その七松先輩を取り囲っているのはタソガレ忍軍の人たち。さらにそれを囲っているのがお頭さんたち。 皆が皆、誰かを守るために相手の首に苦無の先を向けていたのだ。 「七松くんも怖いしさー」 「いいから吾妻の上から降りろ。本当に殺すつもりだっただろうが」 「そりゃあこの子、私のこと殺そうとしてきたもん。殺らなきゃ殺られるよ」 「今は演習だ。早く降りろ」 「だから過保護なんだって…」 やれやれ…とぼやきながら、私の首から苦無を離してくれたが、耳に口を寄せて、 「女の子なのによく頑張るねぇ」 と笑いを含ませた言葉をかけられて、「やっぱり」と心の中で呟いた。 雑渡さんが離れると、七松先輩が私に駆け寄って「大丈夫か?」と心配してくれる。 お頭さんたちも、タソガレ忍軍の人たちも武器をおろして、元の位置へと戻った。 「演習でしか使えん技だな」 「…」 「まだ初日だろ。ちゃんと考えろ」 「…」 「でも、よくやった」 ガシガシと頭を撫でてくれて、感情を殺さないといけないのに思わず笑ってしまった。 七松先輩の後ろでは、ニヤニヤと笑っている雑渡さんが私を見ていたが、その時は全く気付かなかった。 「肩の外し方は確かに教えたけどよー…。演習ですんな!明日からどうすんだバカ!」 お頭さんにはたっぷり説教され、肩をはめてもらってから今日の演習は終了。 明日も引き続き演習をするみたいなので、このままにしておき、夕食の準備に取り掛かる。 利き腕じゃないので料理を作るのは問題ないが、邪魔ををしてくる先輩たちを追い払うことができなかった…。 食糧は持ってきたものと、「うちはこれだけしか用意しないからね」と言われタソガレ忍軍から支給されたもの。 「足りない」と騒ぐ先輩たちを無視して、隣に座っていた竹谷に話かけた。 「今日一日疲れたね」 「だな。つかお前、鳩尾大丈夫か?」 「無理。まだ痛い」 「よく意識飛ばさなかったよなー…」 「これほど七松先輩やお頭さんに鍛えられててよかったって思ったことはないよ」 「確かに」 ははっ!と笑いながらご飯を詰め込む竹谷。 笑っているけど、竹谷もやっぱりしんどそうだった。 そうだよね。私よりたくさん組み手してたもんね…。 下っ端には勝てるけど、やっぱり山本さんたちなどのプロには勝てない。 「あ、そうだ」 「ん?」 「いや、竹谷じゃなくてな。お頭さん」 「おー?」 「雑渡さんに女だってバレてます」 「あっはっはっは!やっぱりか!吾妻を指名したあたりから、そうじゃねぇかと思ってたんだよ!」 驚かすんじゃなかったのかよ…。 バレてしまってはしょうがない!と割り切るお頭さんだけど、「このまま男として頑張れ。鍛錬鍛錬!」と機嫌よくお酒を飲む。 …あれ、お酒なんて持って来たっけ? 「私が盗んできた。吾妻も飲むか?」 「七松先輩…。盗人はダメですよ」 「お頭がいいって言ったからな。あ、吾妻はやっぱりダメだ」 「え?」 「吾妻」 ニッコリと笑って言われた七松先輩の言葉に、がっくりと肩を落として「はい」と答えた。 (△ TOP ▽) |