小さくなりました 「で、いつまでそのままなんだ?」 「そこまで聞いてなかったっす。とりあえず七松先輩が帰ってくるまでに戻ってくれたら…」 「小平太と長次なら今日の夜か、明日の朝に帰って来るらしいぞ」 「それまでに戻ってくれ!」 「ハチー、あーんしてー!」 「やっぱり戻らないでくれ!ほら、アーン!」 「親バカ丸出しだな。それより、委員会中はどうするんだ?生物委員に連れて行くつもりか?」 「あ……考えてなかったです」 「四年の滝夜叉丸に任せたらいいんじゃねぇのか?ああ見えて面倒見はいいだろ?お前んとこは毒虫とかいるし、ガキは危険だろ」 「……潮江先輩、何だかお優しいですね」 「はぁ?当たり前のこと言っるだけだぞ?」 「いい人なんすね、潮江先輩って」 「だろう?いい人すぎて私のいい玩具になってるんだがな」 「自覚してんなら止めろ」 なんとか昼食も終え、午後も通常通りの授業が始まった。 次の問題は委員会。滝夜叉丸になんて説明をしようか考えながら、隣で昼寝する千梅を見てまたも頬を緩ませるのだった。 「これが吾妻…先輩…?」 「おねえちゃん、こんにちは!」 「あとは任せた。人見知りはしねぇからきっと大丈夫だと思う!何かあった生物委員に来てくれ!」 午後授業は静かに終わり、委員会の時間がやってきた。 千梅を背負い、紐で縛って委員会をしようとした八左ヱ門だったが、毒虫など小さい子供には危険なものばかり扱うので、諦めて体育委員会へとやってきた。 今日は小平太がいないので、千梅の指示のもと委員会をするつもりだったが、千梅がこのように小さくなってしまったため、滝夜叉丸が指示を出すことに。 千梅を滝夜叉丸に預けた八左ヱ門は急いで委員会へと向かう。 気にはなるが、滝夜叉丸なら大丈夫だろうと自分を無理やり納得させるのだった。 「吾妻先輩、ですよね?」 「ちがうよ」 「違うのですか!?しかしどう見ても吾妻先輩のお顔にしか見えません…」 「千梅だもん」 「……」 きゅん。と滝夜叉丸の胸が鳴った。掴みはばっちしである。 目の前で屈んで、無言で千梅を抱き締めたあと、頭を撫でてあげた。 「私は平滝夜叉丸です。滝とお呼びください」 「うん!たきー、たきー」 「少しの間私たちと一緒に遊び……いえ、委員会しましょうね」 「いーんかい?おいしい?」 「七松先輩がいないので楽しいですよー」 「ほんと!?たき、すきー!」 滝夜叉丸に抱きつき、手を握って下級生が待つ場所へと向かった。 小さな千梅を見た下級生は、最初は驚いていたが、すぐに慣れて挨拶を始める。 特に四郎兵衛に懐き、二人がぎゅっぎゅしている姿はただの癒しでしかない。 金吾は恥ずかしそうに少し離れたところから見ていたが、「おにいちゃん!」と呼ばれると照れ臭そうに俯いて、「う、うん…」と近寄った。 「滝夜叉丸先輩、これいつ戻るんすか?」 「そこまでは聞いてない。しかし可愛いな。やはり下級生は癒しだ」 「え、先輩俺のことそんな目で見ていたのですか?」 「お前が喋らなければな」 「怖いわー、この人。あ、千梅先輩、千梅先輩」 「おにいちゃんなぁに?」 「将来俺のお嫁さんにならねぇすか?」 「およめさんって、つおい?」 「超強いっす」 「じゃあなる!」 「っしゃ」 「コラコラ三之助!お前は子供相手に何を言ってるんだ」 「いや、せっかく子供に戻ったんならさっさと唾つけとかないと、と思って…」 「千梅に結婚はまだ早い!」 「お義母さん、娘さんを俺にください」 「やらんと言っておるだろうが!」 既に母性が目覚めた滝夜叉丸が三之助と口論している間、四郎兵衛が千梅を抱っこしてあげていた。 「しろすごい!」 「ボクもいっぱい鍛えてるんだな」 「すごーい!」 「と、時友先輩…ぼ、ボクもいいですか…?」 「金吾は先輩と背が近いから難しいんだな…」 「ボクだって鍛えてるから大丈夫ですっ」 「きんごー、だっこー!」 「ほら、先輩もこう言ってますし!」 「…気をつけるんだな」 「はいっ」 千梅を一度おろし、「だっこ!」と甘えてくる千梅を見て、気合いをいれる。 「(お兄ちゃんって呼ばれたんだから、お兄ちゃんらしく…!)えいっ」 「………」 「あれ?だ、抱っこできたのに……うれしくないですか?」 「だって…かわらないもん……」 「あはは、ほら、金吾じゃダメなんだなー」 「うう…」 千梅の言葉に凹んだ金吾は素直に千梅をおろし、四郎兵衛がまた抱っこしてあげた。 喜ぶ千梅を見て、悔しい思いをしながら拳を強く握りしめる。 初めてできた後輩をとられた気分だった。 「さいっこうに可愛い…!」 「まぁ可愛いですけどね」 そんな三人の様子を二人は微笑ましく眺めているのだった。 このまま、ほのぼのとした委員会を過ごすのもいいなと思った瞬間、背筋に寒気を感じて振り返る。 「お、ここにいたのか!」 暴君のお帰りである。 サーッと血の気が一気に引く滝夜叉丸と、無表情ではあるが内心かなり驚いてる三之助。 まだ小平太の気配に気づいてない下級生と千梅は無邪気に笑っていた。 「な、七松先輩……?」 「おう!」 「お帰りは遅くなると聞いたのですが…」 「いけどんで帰って来た!」 制服も顔も泥や土で汚れたままニカッと笑う小平太と、愛想笑いを浮かべながら「ふざけんなよ!」と心で激しく突っ込む滝夜叉丸。 滝夜叉丸が小平太の相手をしているうちに、三之助が千梅を保護しようと動いたが、目敏い小平太に「何だそれ」と存在がバレてしまった。 「な、何でもありません七松先輩!それより先にお顔を洗われて「なんか吾妻に似てるな!あ、ところで吾妻はどこだ?」 「吾妻じゃないもん、千梅だもん!」 「あぁ…!可愛いけどダメですよ吾妻先輩…」 「お?」 そこでようやく四郎兵衛と金吾も小平太の存在に気づき、慌てて千梅を背中に隠したのだが、千梅は怒って小平太に近づく。 「何で立ち向かうんですか…」とぼやく滝夜叉丸。しかし、もう止めることができない。 とりあえず、千梅が泣かないようフォローをしてフォローをして、フォローをしようと決意した。 「吾妻?お前、子供に戻ったのか?どうせまた伊作っくんに悪戯したんだろ」 「(さすが七松先輩…よぉくお分かりで…)」 「ちがうっ、千梅!」 「おう、千梅だな!にしてもちっこいなー」 「(ああっ、プニプニと頬をつつかないでください!痛そうな顔してるじゃないですか!)」 「うーん、困ったな。これでは鍛錬ができんぞ…」 「うえぇ…!いたいぃ…っ」 「……どうした?遊んでほしいのか?お手玉してやろうか?」 「そ、それだけはご勘弁ください七松先輩!さすがの吾妻先輩でも、今は子供です!絶対に泣いてしまいます!」 「でも泣きそうだぞ?ほーら吾妻、お手玉してやるから喜べ」 ひょいっと首根っこを掴み、ぽーんと空へ投げる小平太。 しかし次の瞬間、滝夜叉丸だけではなく、体育委員会下級生全員も顔を青ざめ、声を揃えて「おろしてやってください!」と叫んだ。 まさか全員から言われるとは思ってなかった小平太はビックリして、素直に千梅をおろしてあげる。 「まだ一回しか投げてないのに…」 「…っひく…!おにいぢゃん、だいぎらいぃ!」 「え?」 「だいぎらい!やだ、ぎらい!どっがいって!」 わぁん!と大粒の涙をこぼしながら叫んで、滝夜叉丸の背中に隠れて泣き続ける千梅と、「大丈夫?」と優しく声をかけてあげる金吾と四郎兵衛。 三之助は「あーあ…」と呆れながら、ほんの少しだけ喜んでいた。 「だから言ったじゃないですか…!吾妻先輩でも、今はお子さんなんですよ!?」 「でも吾妻だろ?それに、私はお手玉されると喜んでた」 「それは七松先輩だけです!金吾より小さい子を泣かしてどうするんですかっ。しかも女の子ですよ!?」 「え、そんなにまずい?」 「まずいです!」 「でもそれ私の…」 「今は子供です!中在家先輩ッ、中在家せんぱぁぁい!」 滝夜叉丸が長次を呼び出しし、小平太を探していた長次は笑いながら小平太を縄でグルグル巻きにしてから回収して、六年長屋へと連行して行った。 文句言っていたが、拳骨を食らってからは大人しくなり、最後に千梅を見ると泣いたまま舌を出していた。 「さ、怖いお兄ちゃんはどこか行きましたよ」 「あのおにいちゃん、きらい!べーっ」 「(……これ、元に戻ったら吾妻先輩危険だな…)」 若干死亡フラグを立ててしまったのでは?と思ったが、それ以上を考えると怖くなったので、首を横に振って無理やり笑顔を作った。 「今日は吾妻先輩が小さくなってしまったし、裏山までにしよう」 「「はーい!」」 「三之助、縄をつけろ。四郎兵衛と金吾は吾妻先輩と手を繋ぎなさい」 「…………ピクニックっすか?」 「鍛錬だ」 「ピクニックっすね」 「ピクニックの何が悪い!元々今日はそのつもりだ!なのにあの人が早く帰って来てから…!私は可愛い娘と可愛い息子たちに囲まれて日々の疲れを癒されたいんだ!」 「わー…ぶっちゃけましたね」 今日一日だけ、体育委員会はとても幸せな一日を過ごすことができたのでした。 (△ TOP ▽) |