夢/とある後輩の災難 | ナノ

小さくなりました


「うん、小さくしちゃった」


だからなに?
とでも言うような口調で、伊作は笑って答えた。
制服に着替え、顔を洗った八左ヱ門は、千梅と一緒に六年長屋の中庭で軽く身体を動かしていた伊作に、本当に薬を盛ったかどうか聞いてみた。
案の定な答えにもはや言葉もなく、「そうですか…」と答え、五年長屋に引き返す。
しかし、手を繋いでいた千梅がついてこようとしない。


「千梅?」
「……」


千梅は下から伊作をジッと見上げていた。
伊作は人当たり良さそうな笑顔を浮かべて、「どうしたの?」と質問すると、千梅はパッと笑って八左ヱ門の手を離して伊作の足に抱きつく。
まさかの行動に八左ヱ門も伊作も驚きを隠せない。
なんたって千梅は、伊作が嫌いだ。そして伊作も千梅が嫌いだ。犬猿の仲と言われているのに何故!


「おにいちゃん、やさしそうだから、すきー!」


ぎゅう!と足に抱きついたまま、そんなことを言うのだから、八左ヱ門も、あの伊作でさえもデレーと締まりのない表情へと変わった。


「うん、ようやく解ったんだね千梅。僕は優しいよ。千梅が素直にならないから意地悪しちゃうんだよねぇ」
「わたし、すなおだもんっ」
「そうだね。今の千梅はすっごく素直だよ。偉い偉い」
「わーい!」
「千梅が…あの千梅が純粋に喜んでるなんてっ…!」
「………」
「だからって善法寺先輩。千梅を一生このままにしとく薬作ったら、さすがに訴えますよ」
「あはは!まだできないよー!」


まだできない。ということは、いつかできるということか!
と心の中で突っ込みを入れつつ、千梅を抱きあげて回収。
千梅は残念そうだったが、八左ヱ門が肩車をしてあげるとすぐに笑って喜んだ。


「自分でやっといてあれだけど、今日一日どうするの?」
「全くですよ。とりあえず先生に報告して、それから大人しくしときます」
「うーん、それができるといいんだけどねぇ…」
「え?」
「竹谷、小平太の存在忘れてない?」


伊作がニコッと悪意があるのかないのか解らない笑顔を浮かべ、八左ヱ門は顔を真っ青にさせる。


「千梅が………死ぬっ!」
「確実にお手玉にされるだろねぇ」
「そ、それだけは勘弁してくださいッ。こいつ、まだ小さいうえに女の子なんです!」
「いつもは女の子扱いしないのにね。でも安心して。小平太、昨晩から忍務でいないよ」


伊作の言葉に両拳を空にあげ、心の底から喜んだ。
千梅は解っておらず、八左ヱ門の髪の毛を掴んだまま。


「おい伊作ー、また転んでねぇだろうな」
「あ、留さん」
「あ、食満先輩。おはようございます」
「おう竹谷、……と、誰だその可愛い一年生は。この俺が知らない一年生などいないはずなのに…。まさかお前の妹か?そうだよな、制服のサイズがあってねぇもんな。ちょっと待ってろ」
「……え?」
「安心して、通常運転だから」


上半身裸で汗まみれの留三郎が顔を出したかと思うと、めざとく千梅を見つけ、目の色を変える。
まさかあの一瞬で性別まで解るなんて…。
軽く恐怖を覚えた八左ヱ門だったが、


「この制服に着替えさせてやれ。ピッタリだと思う」


千梅専用に作ってきたのか、持っていたのか、とにかく間を置いて持ってきた制服にさらに恐怖を感じたのだった。
しかし、隣の伊作はニコニコと笑っている。これが六年である。


「おいおいダメだぞー、女の子が肩車なんてしちゃ。危ねぇだろ?」
「やーだー!たかいもんっ」
「でも危ないだろ?頭打ったらどうすんだ?女の子は身体を大事にしねぇとダメなんだぞ」
「へーき、千梅つおいもん!」
「そうかそうか。確かに強そうだな。でもな、握手して挨拶してぇから降りてくれるか?ほら、髪の毛掴んでたら握手できねぇだろ?」
「あくす…?……わかった…」


コクンと頷いたあと、八左ヱ門の頭をぺしんぺしんと軽く叩くと、八左ヱ門に脇を掴まれ、地面におろされる。
ブカブカの制服のせいで乱れていたが気にせず、留三郎に近づいて両手を差し出すと、留三郎は屈んで「初めまして」と挨拶をかわす。


「……食満先輩って武道派ですよね…。ただの保父さんじゃないすか」
「子供が好きなんだよ」
「扱いうますぎだろ…」


自己紹介をして、軽く会話をするとすぐに千梅は笑顔を浮かべて留三郎に懐いた。
留三郎も先ほどの伊作や八左ヱ門のようにデレデレと締まりのない表情で千梅の頭を撫でて、可愛がる。


「千梅は可愛いなー。よーし、今日は俺らと一緒に授業でねぇか?山行くんだぞ山」
「いきたいっ。とめといきたい!」
「なにバカなこと言ってるんだよ、留三郎。無理に決まってるだろ。可愛いけど、危険だし、何より途中で千梅に戻ったら邪魔じゃん」
「それでもいい。俺は今いるこの子を守りたい。可愛がりたい」
「はいはい、いつか長時間用の薬作って飲ませるから。今日は諦めて。千梅、ばいばい」
「え、やまいかないの…?ピクニック…」
「帰ってきたら行こうな!委員会のメンバーも連れて行くからな!絶対行くからな!」
「ほら留さん、千梅にバイバイして」
「ちきしょう!バイバイ、千梅!」
「…ばいばい……」
「伊作ぅううううう!俺マジで子供好きだわ!」
「あー、うん。知ってる知ってる。かなり前から知ってるよ」


珍しく伊作が留三郎を掴んで、部屋へと引っ張って行く。
寂しそうな顔で二人を見送る千梅を、八左ヱ門が笑って頭を撫でてあげると照れるように笑って、手を繋いだ。


「さ、千梅。まだちょっと行くとこあるけどいいか?」
「へいき!千梅つおいもんっ」
「それを言うなら強いな」


次に向かったのは木下先生のもと。
千梅が小さくなったことを伝え、本人を見せたら大きく溜息を吐いて、頭を抱える。
「今さっき俺もその反応したわ」と心で呟き、ジッとしない千梅を無理やり座らせた。
なんとか先生に解ってもらい、今日の授業は特別一緒に受けることができた。
幸い、今日は座学なので大丈夫。ただ逆に、この元気っ子がジッとしているかが問題。だ
千梅の手を握って教室に向かうと、既に雷蔵と三郎が席についており、二人を見るなり「お帰り」と優しく迎えてくれた。


「なんとか解ってもらえた」
「で、一緒に授業受けるのか…。絶対にジッとしないだろ」
「そうだけどよー…」
「千梅、今から勉強のお時間だけど、ジッとしていられる?」
「うん!」
「我慢できるみたいだよ」


雷蔵スマイルにほだされそうになる三郎だったが、首を横に振って「無理だ」とこぼす。


「一年は組に預けてきたらどうだ?」
「これ以上土井先生の胃が痛んだらどうすんだよ」
「……」
「ハチ、わたし、そとでおにごとしたい!」
「千梅、今さっきジッとするって言っただろ?」
「いってない!」
「七松先輩かよ…。ダメだ、今から勉強すんだから静かにそこに座ってろ」
「やぁだ!ハチいじわるー!」
「ほら見ろ…。だから言ったんだ…」
「やだやだやだー!」
「っんの…!ほら、女の子が蹴るんじゃねぇ!暴れるな!」
「ハチきらいっ!あそびたいーっ」


寝転んでバタバタと両手両足を動かす千梅。
それを止めようとするのだが、動きが激しくて止めることができない。それどころか、動く手足が身体や顎に当たって地味に痛い。
無理やり止めることはできるのだが、そんなことをしたらきっと自分を怖がるに違いない。それだけは避けたい八左ヱ門。
前の席に座っている三郎は既に前を向いて授業の準備を整えている。
雷蔵はと言うと、暴れる千梅を見てスッと立ち上がり、千梅の隣に屈んで、ペシンと軽く頭を叩く。
我儘を言っていた千梅はピタリと動きを止め、怒っている雷蔵をポカンとした表情で見上げる。


「ダメでしょ千梅。そんな風に暴れたらハチが痛いじゃないか」
「…」
「千梅が我儘言うのは構わないけど、これは規則なんだよ?遊びたい気持ちは解るけど、規則を守れない子はどっかの山にポイしちゃうんだからね」
「っやだ!」
「あと、蹴ったら痛いって解るよね?」
「……うん…」
「じゃあ先にハチにごめんなさいしないと」
「ごめんなさい」
「え?あ、いや……おう…」
「ちゃんと謝れた千梅は賢いね。じゃあ、次はどうするか解るかな?」
「ジッとしてる…」
「うん、偉い偉い!ちゃんとジッとすることができたら、うんっと遊ぼう!」
「……おにいちゃん、おこってない…?」
「千梅がハチの言うことを聞くなら、もう怒らないよ」
「…。ごめんなさい」
「僕も叩いてごめんね、大丈夫?」
「へいき、千梅つおいもん!」
「そっか!あ、授業始まるみたいだから、ここに座って」
「うんっ」
「えっと、落書きしていい紙あげるから、これで遊んで。でも声は出したらダメだからね」
「しーっ!」
「そう、しー」


人差し指を立てて、口に当てる雷蔵と、大声で言う千梅を見て、八左ヱ門と三郎はただ関心するだけだった。
それから千梅は、雷蔵に言われた通り静かに落書きばかりしていた。
絵が完成したとき、隣の八左ヱ門に見せようとしたが、慌てて口を抑えてチラリと前に座る雷蔵を見て、ホッと息をつく。
それを横目で見ていた八左ヱ門はニヤニヤと笑って見ており、「集中力が足りん」と先生に怒られるのだった。


「よっしゃ、午前終わりっ」
「しゃべっていいの?」
「おう、いいぞ!」
「千梅、がまんしたよ?えらい?」
「偉いぞー!さすが俺の子だな!」
「お前の子かよ」
「ほら、三郎にも褒めてもらえ」
「…さぶろー、わたしのこときらいだから、やだ」
「別に嫌いとは言ってないだろ…」
「ふふっ、聞こえてるよ三郎」


雷蔵に指摘された三郎は眉間にシワを寄せて目を瞑ったあと、ポンッと千梅の頭に手を乗せて、軽く左右に動かしてパッと離す。
千梅は笑って、「さぶろー、すき!」と三郎の腰に抱きついた。
三郎に抱きついた千梅を雷蔵が撫でてあげ、「お昼ご飯食べようか」と立ち上がる。


「らいぞー、さぶろー、はっちゃーん!お昼ご飯食べに行こうよ!」
「今日は豆腐定食がある日なのだ!勘ちゃん、俺は先に行くぞ!」
「あ、じゃあ席とっといて。ついでに千梅用のご飯も作ってくれるようおばちゃんに伝えといてよ」
「了解なのだ!」


朝とは違いハイテンションな兵助と、朝と同じようなテンションでろ組の教室にやってきた勘右衛門。
千梅に軽く挨拶して、「勘ちゃんって呼んで?」とコミュニケーションをとる。
人見知りをしない千梅はすぐに仲良くなって、雷蔵と勘右衛門に手をとられて食堂へと向かった。
午前授業の終わりが遅かったせいで、食堂には六年生と五年生しかおらず、特に気を使うことなく昼食を済ませる。
しかし六年生がいて静かに食べることなんてできるわけがない。
しかも食堂にいたのは、一番会いたくなかった(いや、六年全員会いたくないが)仙蔵と、まぁ特に害はない文次郎。
小さな千梅を見た仙蔵はニヤッと笑って、文次郎に「おい」と顎で千梅をさした。


「…………吾妻、とうとう小平太の子供産んだのか…」
「違うわバカタレ。小さい千梅だろう」
「え?」
「大方、伊作に悪戯をして、それで薬でも盛られたのだろうな。なぁ竹谷?」
「さすが立花先輩っす…。ほら千梅、ついてる。慌てなくてもとらねぇから」
「おいしー!」


椅子に座っても机に届かないので、箱を置いて座高をあげてあげた。
箸もまともに持てないので匙を用意してあげて、頬についたご飯粒やおかずを取ってあげては、食べる八左ヱ門。
八左ヱ門の反対側に座っている勘右衛門も千梅と同じように頬にご飯粒をつけ、時々兵助がとってあげている。
目の前に座っている三郎は呆れていたが、隣に座っている雷蔵もそんな感じなので、何を言うことなく静かにご飯を食べていた。



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