夢/とある後輩の災難 | ナノ

合同演習 その二


その日の夜は宴会騒ぎで、タソガレ忍軍の人達に怒られてしまい、就寝。
曲者さん…いや、雑渡さんとちゃんと呼ぼう。
雑渡さんは忍び組頭だから私たちがいる家の奥にある小さな庵にいるから、あそこには絶対に近づかないようにとお世話係の高坂さんに口を酸っぱく言われた。
高坂さんの本当の名前は、「高坂陣内左衛門」さん。目つきも悪いし、うるさいし、殺気飛ばしてくるしで、あまり好きじゃない…。
お頭さんは高坂さんで遊んでいたけど。
あとあいつも好かん。凝視して来た男、名前は「諸泉尊奈門」。だってあいつからは「お前たちは敵だ」とかいう雰囲気がもろ出てるもん。
「嫌いだから嫌い」なんて、子供の考えだけど、まだちょっと割り切れない。
とは言っても、私と竹谷は部屋の奥で身を隠して、彼らの様子を見てただけなんですけどね。
何で竹谷もかって言うと、新人二人を演習のときにお披露目したいらしい。お頭さんは身内自慢が大好きだからなぁ…。


「(生活しづらい…)」


客人用のお風呂も用意されていたので、結局私は一人で入ることができた。
だけど井戸だけは動かすことも、新しく作ることもできなかったから、わざわざ顔を隠して外に出ないと行けない。
そう思いながら外に出ようとしたら、竹谷が私の肩を掴んで長屋に引き戻す。
首を傾げると、「お頭、行くな」と簡単な手信号をしてくれた。
なので、わざわざ七松先輩が水を汲んできてくれて、部屋の縁側で顔と歯を磨く。
はぁ、やっぱり生活しづらい。早く外に出たい。自分勝手に動きたいな。
いやいや、これは鍛錬だから!


「よーし、今日は快晴だな!いい演習が行えるぞー!」


お頭さんは朝から元気よく、続いて先輩たちも外に出て軽く身体を動かす。
周りには既に動き出しているタソガレ忍軍さん。見張りかな?
いつものように、周囲の目を全く気にすることなく朝鍛錬を始めた。


「西条さん、朝鍛錬もご遠慮下さい」
「おいっす、高坂!お前も混ざるか?」
「結構です。それから、準備を始めるので手伝って下さい」
「あー、はいはい。って、雑渡はどうしたよ雑渡はよぉ!」
「包帯を変えている最中です。すぐに終わらせてお前の見たくない顔を見るから、我慢して待ってなさい。との伝言です」
「じゃあ一生引きこもっていてください。と伝えてくれ!」
「私も準備がありますのでお断りします」


頭をさげて、高坂さんも準備に向かう。
お頭さんは舌を出したあと私たちを見て、「準備始めるぞー」とやる気なく号令を出した。
今日はタソガレ忍軍の人たちと一対一で組み手を行うらしい。
勿論、武器も使用可能なのでそれの準備と、広めの演習場を作るための準備。
私と竹谷も動いていいみたいなので、先輩たちの補佐に回った。


「おい、あいつすっげぇ小さくねぇか?」
「新人か?」
「は?子供の?」


タソガレ忍軍の人たちからはヒソヒソと噂されたが、ムカつく内容でも気になる内容でもなかったので無視して手伝い、朝食前には完成した。
何でこんなに広いんだ?と思ったら、七松先輩が、「暴れやすいだろう?」と嬉しそうに教えてくれた。
ほんっと…戦うのがお好きなんですね。
私も表情に出さないよう笑うと、七松先輩はさらに笑ってくれた。
単純な話だが、これだけで俄然やる気が湧いてきた!よし、私も暴れるぞー!ぱぱっと相手をやっつけて、お頭さんに「どーよ、うちの子は!」って言われるのもいいな!
気合いを入れ直していると、空気がピリッと冷たいものに変わる。
振り返ると、雑渡さんがゆっくりとこちらに向かって来て、お頭さんと簡単に挨拶をかわしていた。


「昨晩もうるさかったねぇ。何でもかんでもバカみたいに騒ぐの止めなよ」
「え、お前も混ざりたかったの?それなら早く言ってくれよー。じゃあ今晩来いよな。あ、勿論最高にうまい酒持って来いよ!じゃなきゃ仲間外れだぜ」
「いいよ、面倒くさい。それに私、野蛮な人間って嫌いだから。お酒もあんまり好きじゃないし」
「ああ、身体が熱くなってくるもんな!そりゃ残念だったな!」


………忍術学園にいたとき、伊作先輩経由で食満先輩から雑渡さんのことを聞いていた。
だからあの火傷の原因も知っている。
何が言いたいかと言うとですね、地雷を踏みすぎているお頭さんに多少胃を痛めているのですよ…。
でも七松先輩も、他の先輩たちも全く気にしていない。私だけか?と思ったら、竹谷も俯いていた。だよねぇ…。
胃を抑えていたら、雑渡さんから視線を感じてふいっと違う方向に視線を泳がせる。
この立場になって解る、あの人の凄さ。見られるだけで鳥肌がたつほどだ…。
学園に来たときは殺気をしまってたんだな。警戒をまるでしてなかったんだな。と改めて凄さを知った。


「……ねぇ子犬がいるんだけど。お前の趣味?」
「あぁ!?もう朝食じゃねぇか!おらお前ら撤収だぁ。今日もうまいもん食って、動いて、暴れて、食うぞ!」
『おー!』
「人の話聞きなさいよ…。まぁいいけどね。どうせあとからじっくり見るんだし」


さっさと部屋に戻って、今日だけはタソガレの人が用意してくれた朝食をあっという間にたいらげる。
うん、うまい。だけど先輩たちは「肉が少ない…」と文句を言っていた。そりゃあ毎日あんだけ食べてたらねぇ…。量的にも足りないだろうし。


「今日一日だけだから我慢するけどよぉ!俺、吾妻の味噌汁飲みたーい!」
「……」
「無言でも解る。「長ノ木先輩、寄りかからないで下さい」だろ!?でも明日から楽しみにしてるぜ!」


また明日から私と竹谷がご飯を作るのか…。あ、じゃあ今日だけは向こうの人が準備してくれるんだから、ゆっくりできるな。ゆっくり食べれる!
そう思った瞬間、隣に座っていた七松先輩が、「油断大敵だからな」とニコリと笑われた…。し、死守せねば!
食器を片づけたあと、食休みをしながら身体を軽く動かして、きちんと忍び装束に着替える。
全員口布と頭巾をして、私たちみたいに目以外の顔を全て隠した。
先ほどまで遊んでいたのに、この切り替わり…。さすがプロです、先輩方。
演習場の東側に私たち、西側にタソガレ忍軍がズラリと横に並ぶ。前には忍び組頭。


「じゃ、今日も始めようか。そっちは誰から出るの?その新人二人を使うの?」
「お前俺らのことどんだけ好きなの…?よく新人だって解ったな」
「だって、ちっさい子犬なんていなかったし、そっちの子も他の人たちに比べてまだひょろいもん」


竹谷をひょろいと言いますか!
感情を外に出すことなく、心の中だけで驚いて遠くの雑渡さんを見る。
雑渡さんはニヤニヤと笑いながら私と竹谷を見ていた。


「えー…じゃあうちの子自慢しちゃっていいの?」
「あーそれはムカつくなぁ。七松くんが入ったときも派手にやられちゃったしねぇ…」
「七松は久しぶりに入った新人だから、目茶苦茶自慢したかったの!とりあえずまぁ…竹谷から行こうか」


お頭さんはこちらを振り返ることなく、手をクイッとして竹谷を呼んだ。
竹谷はお頭さんの隣に立って、軽く準備運動を始める。


「竹谷…?あれ?もしかして忍術学園の子?チラッと聞いたことがあるんだけど…」
「ちげぇよ。こいつは俺が見つけたんだ!ほら、そっちは誰が出るんだよ」
「んー……。じゃあ気のせいか」


向こうは全員じゃないにしろ、こちらよりたくさんいるから選ぶのに大変そうだった。
しかも、向こうは自己主張が強いみたいで、「はいはい!」とたくさんの人達が手をあげている。小学校か。
雑渡さんが適当に選んで、竹谷とタソガレ忍軍の人が組み手開始。
と思ったら、あっと言う間に決着。
竹谷の速度に相手はついてくることができず、腕を掴んで地面に叩きつけて、首に苦無を突き立てて終わり!


「さっすがうちの子!マジ偉い!最高!強い!よっ、男前!」


自分が褒められたとき以上に嬉しそうに声をあげるお頭さんだったが、竹谷は冷静に相手から離れて、頭をさげる。
こっちに戻ってきたときも、お頭さんに頭をさげて静かに私の隣に戻って来た。
喋るなって言われたもんね。感情もなるべく出さないようにもしているみたいだった。
あいつ、徹底してるな…。私だったらちょっと油断してたかも。よし、気をつけよう!


「あーあ…やられちゃったなぁ…。じゃあ次は遠慮しないよ」
「なんだよ、負け惜しみかぁ?こっちだって本気出すぞ?吾妻、行って来い」


私も呼ばれてお頭さんの隣に並んで身体を伸ばした。
肩をポンッと叩かれ、屈んでから囁く。


「いいか、遠慮なんてすんな。殺すつもりでやれ。じゃねぇとお前が死ぬぞ」


真剣な声に私は素直に頷く。勿論、そのつもりだった。
私の攻撃は軽いから、持久戦になると負けてしまう。
じゃあ竹谷同様、瞬殺するしかない。
演習場の真ん中に歩いて、相手と向かい合わせになる。
相手は私と同じぐらいか、年上の男性だったが、身体が大きくて、はたから見ると勝敗は明らかだっただろう。


「試合、開始!」


同時に、殺すつもりで向かった。
向こうもそれが解っていたのか、武器を取り出して待ち構える。
全ての神経を集中させ、隙を窺う、見つける、動く。
自分は小柄だから、相手が大男だったら勝てるわけがない。でも弱点さえつけば、勝てる。
それをお頭さんや先輩方、七松先輩からたくさん教わった。
相手の力を利用するんだ。相手の動きをよく見るんだ。


「(―――見つけた)」


攻撃を避けながら見つけた隙。相手に無駄な動きがたくさんあってよかった…。
苦無で大ぶりをしたところをしゃがんでかわし、股をくぐって背後を取る。
すぐに膝裏を蹴って、両腕を背中で拘束してから首に苦無を突き立てると、「待て」と審判をしていた山本さんに止められ終了。
まだ息は切れてない。よしよし…。
油断することなく相手を解放して、頭をさげたあと、お頭の元に戻るとすっごい笑顔で「よくやった!」と褒められた。


「どーよ!今年の新人も優秀だろう?そりゃそうだ、お頭が俺だからな!」
「…………へぇ、凄いね」
「だろう?ようやく認めたか!」
「その二人、うちに頂戴よ」
「やらねぇよタコッ!いいから次行くぞ、次!七松、行って来いッ」
「御意」


褒められたあと元の位置に戻って、手を背中に回して待機。
手はまだジンジンと熱を帯びていて、バレないように握りしめた。


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