就職決定! 「「ぎゃああああ!」」 「うるさいぞ、お前たち」 七松先輩に連れられ、森へ猪狩りへとやって来た。 屋敷から一歩でも森に入ると雰囲気がガラリと変わって、色々な獣たちに見られてるという感覚に襲われる…。 なんて恐ろしいとこなんだ…。と竹谷を見て、生唾を飲み込みながらコクリと頷いた。 七松先輩がいるから大丈夫だろうけど、油断は禁物だ。 と苦無を握りしめて七松先輩を追いかけるが、森の中で出くわした猪に私と竹谷は悲鳴をあげた。 「でっけぇえええええ!」 「おっことぬし!?」 「いや、それの部下的な奴らだよ!どっちにしろでけぇけどな!」 学園の裏山では見ないような大きな猪と出会った。 いや、マジででかいんだよ!もののけ姫に出てくる猪ぐらいでかい!何ででかいの!? 「森の奥だからだろ?でもこれ、まだ小さいぞ?」 「「ハァ!?」」 「もっと大きな猪もいてな、お頭はそいつを一発で倒すんだ!」 「やっぱりお頭さんもおかしいよ…。竹谷くん、私もう帰りたいよぉ…!」 「俺もだよ、吾妻…」 「喋ってないで動け!竹谷、お前は左からだ。吾妻は私に続け!」 「「ハイッ!」」 驚いていても、彼(でっかい猪くん)は既に臨戦態勢。え、ここの森に住んでる動物たちも好戦的なの? あの人たちから身を守るために戦うの?あ、それっぽい…。 七松先輩の指示のもと、竹谷は一旦姿を消して猪の左へと周り、私と七松先輩は正面に立って逃がさないようにする。 主に七松先輩が戦ってくれるので、命の危険はない。ないが、獣同士の戦いってマジで怖い…。 裏山の猪ぐらいなら私も倒せるけど、こいつは無理だ。無理だ! 「よし、捕まえたな!次行くぞ!」 「まだ行くんすか!?」 「当たり前だろ?竹谷ー、ちゃんと血抜きしとけよ。吾妻、ちゃんとついてこい!」 「え、俺ここで一人っすか!?怖いんすけど!」 「なにバカなこと言ってるんだ。しっかり守れよ!狼も出るからな!」 「余計怖いですよ!せ、せめて吾妻を置いて…ッ」 「ダメ。こいつは私が連れて行く!」 「ごめん、竹谷…。あとは頑張ってくれ…!」 「吾妻ーーーー!」 竹谷は寂しがっていたが、私もそれどこじゃなかった。 七松先輩に連れられ、出会う猪を全部狩って行く…。どいつもこいつもでかかった…。 狩った一番小さい猪(それでも裏山の猪よりでかい)を担ぎ、竹谷の元に戻ると怪我だらけで最初に倒した猪を守っていた。 私と七松先輩を見るならブワッと涙を浮かべ、「遅いですよぉおおお!」と盛大に泣き始める。 すぐに七松先輩に「うるさい」と怒られ、泣くのを止めたが。 「よし、これぐらいか!」 狩った猪は全部で五頭…。足りすぎだろ…、何日分の食糧だ? 「んー…なんとか夕食分には足りるな」 「なん…だとッ…!?」 「これが夕食分とか…。マジであの人たち凄すぎだろ…。七松先輩、量産型って感じだな」 「竹谷、バカにしてるだろ」 「してないっす。ごめんなさい!それより早く運びましょう!」 「そうだな!」 私が猪一頭、竹谷が猪二頭、七松先輩が猪四頭担いで、屋敷へと戻る。おかしいだろ、この光景…。怖すぎるわ今の私たち! 息を切らして屋敷へ戻ってくると、色々と準備をしていた(主に火の)仲間さんたちが駆け寄ってきて、私たち三人を褒めてくれた。 優しいし、いい人なのは認めるが、褒めるのが痛い!首がゴキンゴキン鳴ってるから! それからあっという間に解体して、食べやすい大きさに切って、あとは鍋にぶっこんで煮込んでた。 んでもってどっからかお酒を取り出し、外で大宴会…。いや、これが夕食なのか? 太陽の光りも次第に消えていき、屋敷と周辺に立てている松明に火を灯す。 肉料理だけなのもあれなので、野菜やら山菜やらを採ってきて味噌汁みたいな汁ものを作ると、「俺も頂戴!」と群がられ、私が食べるころには全てなくなっていた。 「私が食べたいから作ったのに…!」 「すまんな、千梅ちゃん!あいつら母親の料理に飢えてるからよぉ。だからと言って誰も料理作ろうとしねぇんだけどな!」 「栄養偏りますよ?」 「それは大丈夫!」 「え?」 「だって千梅ちゃんが来年から来てくれるんだろ?」 隣に座ってニカッと笑うお頭さんは、嬉しそうだった。 「確かにここの人たちはお頭さん含めていい人たちですが、私には無理です」 「そうか?心身ともに強いと思うけどなぁ」 「買いかぶりすぎですよ。私には私のあったお城へ就職します」 「んー…千梅ちゃんと竹左ヱ門が来てくれると皆喜ぶんだけど…。俺が頼んでもダメ?」 「可愛くないっすよ。いいです、ご遠慮させて頂きます」 「んーーー………じゃあよ、ちょっと腕相撲しねぇか?」 唐突の提案に、思わず「はぁ?」と失礼な発言をしてしまったが、お頭さんは変わらずニコニコと笑っている。 近くにいたお頭さんの仲間が聞きつけて、「じゃあ俺が掛け声かけてやるよ」と言って切り株を持ってきた。 「さ、こい。遠慮なんてすんなよ!」 「あの…意味が全く解らないんですけど……何故こんな流れに?」 「これでさ、千梅ちゃんがここにふさわしいか、ふさわしくないか決めるからさ!」 「………こんなんで?」 ほんっと意味が解らない。思考回路が謎過ぎる。唐突すぎる! でも既に周りは盛り上がっており、私とお頭さんを囲って「やれやれー!」とはやしたてていた。片手にお酒を持ったまま…。 まぁこれでやって、負けたらどんだけ私が弱いか解るだろ。さっさと負けて、諦めてもらおう。 「解りました。手をお借り致します」 「千梅ちゃんの手、ちっちゃーい!」 「お頭羨ましー!」 「…」 「冗談だろ!ほら、お前もふざけてないで声かけろって」 「ういっす!では……」 大きくて、固い手。腕の長さも、太さも全然違う。 絶対に勝てるわけない。勝てるわけないけど、「開始!」と言われた瞬間、私は本気で腕と手首に力を込めた。 やっぱりビクともせず、まるで壁を押しているようだった…。 チラリとお頭さんを見ると、ニコニコと余裕そうな表情を浮かべていて、かなりイラッとしてしまい、さらに力を込める。 こめかみが痛んだが、「負けたくない」「本気で倒したい」と思ってしまった。 「いやー、千梅ちゃんさすがだね。小平太に鍛えてもらっただけあって、そこらへんの女の子より強いわ」 「勝負中にっ、お喋り、ですか…!?」 「うんうん、惜しいよなぁ…。欲しい」 そう言った瞬間、ゆっくり……わざと私の腕を痛めないように、倒して、あっさり私の負け。 負けることは解っていたし、負けるつもりだったけど、手と腕がついた瞬間、悔しくて奥歯を噛みしめる。やっぱり、負けるのは悔しい。 ビリビリと痺れる腕を反対側の手で抑え、「ありがとうございました」と頭をさげると、お頭さんは竹谷を呼んで、簡単に事情を話してから同じように腕相撲を始めた。 竹谷も私同様、少し遊ばれ、負ける。竹谷も負けると解っていながらも、悔しそうだった。 「これで解りましたよね。私も竹谷も弱いです。だからここでは無理です。生きていけません」 「……っす」 あなたたちとは身体の作りが違います。 少し、嫌味ったらしく言うと、お頭さんはお酒を飲んだあと、先ほどとは違った笑みを浮かべて、私と竹谷の名前を呼んだ。 「ああ、弱ぇな。クソ弱ぇ。お前らみたいな弱い奴らが入ってきても、どうせすぐ死ぬだろ」 「「―――」」 「お頭」 「小平太、ちょっと黙ってろ。今はお頭が話してんだ」 「……はい」 「ていうか、ここじゃなくて他のお城に就職してもダメだろ。無理無理!お前らみたいなクソ弱い忍者、すぐに殺されて終わり!弱すぎてお話になりませーん」 「……」 「吾妻、落ちつけ」 「あ、なんだったらもう一回勝負してやろうか?ハンデとして千梅ちゃんには、指一本。竹左ヱ門くんには指二本で相手してやるよ。勿論、利き手じゃない手でな」 「…」 「竹谷こそ落ちつけよ」 「つーか、試してもないのに「無理無理」って言う子、俺大嫌いなんだよね。まだ学生なんだから何でもやってみることが大切だし、経験に繋がると思うんだよ。それも解んねぇクソガキなんか、ここにきても無駄っしょ。はいはい、諦めてぬっるーい学園にお帰り?あ、小平太。明日も休みやるからこいつら帰して来い。この山にあがるだけでもこの子たちにはしんどいだろうしな?」 今思えばクソガキだと思う。お頭さんの言う通りだ。 でも、この苛立ちを抑えることができず、お頭に近づいて持っていた酒瓶をひったくり、全部飲みきってやる。 周りが「おい、あの酒って…」とかなんとか言っていたけど、無視して飲みきり、酒瓶を投げ捨てた。 「上等っす!そこらへんの忍者より根性があるってところ、見せてやる!」 「おうよ!んでもって腕相撲で負かせてやる!」 「竹谷っ、帰るぞ!」 「おう!七松先輩、俺らは二人で帰れるので大丈夫っす!お世話になりました!」 「お世話になりました!」 竹谷と一緒に頭を下げ、来たであろう森に入って行く。 太陽は既に沈み、空には月と星のみ。この明かりがあっても、この森には光りが届かないだろう。 でも、悔しくて、七松先輩に送ってもらいたくなくて、二人の勘を頼りにしながら麓へと向かって行った。 「竹谷ァ、私絶対にあそこに就職するぞ!んでもって、あの男をギャフンと言わせてやる!」 「俺もだ!何が指二本だ!絶対に倒してやるから覚悟しとけ!」 「学園に帰ったら鍛錬しよう!熊一頭一人で狩れるようになろうぜ!」 「おーよ!」 吾妻千梅と竹谷八左ヱ門。六年の中で早々に就職が決まりそうです。 「―――見送ってきました」 「ご苦労、小平太。どうだ、ちゃんと麓まで帰れたか?」 「はい、何事もなく帰って行きました」 「いやー、それにしてもお前ほど単純な子っているんだな。あんときは笑っちまうかと思ったぜ」 「私はあそこまで単純ではありませんよ。あとお頭、わざと怒らせすぎです」 「いやぁ!あの二人ほど単純で、負けず嫌いな奴って早々いねぇからついつい!愉快愉快!」 「おかげで就職決まりそうですが、本当によかったのですか?」 「ああ。お前より未熟だが、俺はああいったバカが好きだからな!打てば響きそうだし、鍛え方次第じゃ強くなるだろ!女の子欲しかったしな!」 「あれは私のですよ?」 「あっはっはっはっは!大丈夫、解ってるっつーの!にしても、千梅ちゃん俺の酒飲んどいて、途中で倒れたりしなかったのか?」 「はい。多少辛そうでしたが、問題なく帰って行きました」 「酒も強いのか…。こりゃまた楽しいことになりそうだな!しょうがねぇ、千梅ちゃんの為に小部屋作ってやるかなぁ…」 「忍術学園に文は?」 「おお、忘れてた忘れてた。んじゃ、「採用決定」って書いて送っといてくれ」 「御意」 「………小平太。嬉しそうだな」 「はい、勿論です!」 (△ TOP ▽) |