歯医者さん 「ふんふふー………ん?」 鼻歌交じりに一階の大広間に向かうと、七松先輩がいらっしゃった。 気配を感じなかったので最初はビクッってなったが、背中を向けてしょぼんと俯いていたので、首を傾げる。 七松先輩が……凹んでる?いやいや、あの無駄に明るい性格で、細かいことは気にしない人が凹むのか? 理由は解らないが、あまり関わりたくないので開きかけた扉をソッと閉めようとすると、 「閉めるな」 「はいっ」 重低音ボイスで脅されたので、勢いよく扉を開けた。 そのとき、グスンと鼻をすする音が聞こえたので、私の眉間にシワが寄る。 も、もしかして……。 「あ、あのー…七松先輩?」 「何だ…」 「もしかして泣いてらっしゃ「泣いてない」 近づいて声をかけると、手の甲で涙を拭って鼻をすする七松先輩。 泣いてないとは言っているが、どう見ても泣いてらっしゃる。 こんな姿始めた見た! 「なにかあったんですか?」 「なんもない」 「中在家先輩と喧嘩でもされたんです?」 「……」 「あ、したんですか?」 「喧嘩じゃない…。長次が……長次が…!」 どうやら泣いてる原因は中在家先輩にあるようだ。 七松先輩と中在家先輩はかなり仲が良く、滅多に喧嘩なんてしない。 するとしても、中在家先輩が七松先輩を殴って叱る程度。叱る理由は本を汚したとか、そんなん。まるで駄犬の躾をしているみたいだ。 絨毯の上に座っている七松先輩の横にしゃがんで、話を聞くも、彼は「長次が…」としか話してくれなかった。 「小平太…」 「あ…」 そこへ喧嘩の原因である中在家先輩がやってきた。 中在家先輩の声に七松先輩はビクリと震えあがり、涙を拭って中在家先輩を睨みつけた。 「早く行かないと…」 「やだ!行かない!」 「何度言ったら解るんだ…。ちゃんと行かないとダメだろ?」 「行かない!」 「ちょ、ちょ、ちょっと!七松先輩痛い!」 中在家先輩が近づいてくると同時に、私の服を掴んで盾にする。 服だけじゃなく、身も掴んでるから!痛いから、地味に! と言うか、二人に比べて小さい私を盾にする意味ってあるんですか!? 中在家先輩と七松先輩。170オーバーの二人に挟まれて息苦しい…。ガタイもいいからなんて言うか……怖い! 人を盾にしときながら、頭上で会話するのも止めて頂きたい!私の意味ねぇなら解放してくださいよ! 「フンフンフーン…」 デジャヴを思わせるように、竹谷が鼻歌を歌いながら大広間に入って来て、私たち三人を見た途端目を見開く。 「小平太、ワガママはダメ、って前も言った…」 「ワガママじゃない!」 「竹谷ァアアア!ヘルプッ、マジでヘルプッ!」 「……フンフフフーン…」 「竹谷貴様ぁアアア!」 親友が助けを求めたと言うのに、奴は静かに扉を閉めて部屋へと帰って行った。 途中まで歩いて、階段を上るあたりから走って行きやがった!お前なんか嫌いだ! 「吾妻も、小平太に言ってくれ」 「な、何をですか?と言うか近くて怖いんですけど…」 「今日は歯の定期検査に行く予定なんだ…。なのに小平太は行かないって……」 「……は?」 「やだ!私悪いとこなんてない!」 「自分じゃ解らないとこもあるから…。すぐに終わる」 「やだっ!何で目を隠されたうえに、口の中に手を突っ込まれなければならん!気持ち悪い!」 「一度虫歯になると大変だろ?ワガママ言うんじゃない」 「悪いとこない!行かない!」 ……たったそれだけかよちきしょう! 歯医者怖がるって小学生かよ!行けよ歯医者ぐらい! 「七松先輩…、歯医者ぐらい行きましょうよ…」 「私悪いとこない」 「それは知ってます。でも検査ぐらいしときましょう」 「やだ」 「小平太」 「うっ…」 「殴られたいのか?」 「うー……」 「痛い痛い痛い!唸るのはいいですが、身を掴まないで下さい!」 「……吾妻も行くなら行く」 「解った。…吾妻、一緒に来てくれるか?」 「えー……私これからゲームでもしようかと…」 「来るよな?」 「来てくれるよな?」 「(いてぇ!)い、行かせて頂きます…」 二人に睨まれ泣きながら歯医者さんへと向かいました。 歯医者さんが近づくに連れ、私を掴む七松先輩の力が増していき、私のほうが泣きだしてしまいました。いてぇよもう…。 「七松さーん」 「はい!」 「中へお入り下さい」 「……吾妻、行け」 「えッ!?わ、私ですか?」 「小平太」 「うー…」 「七松さん?」 「はいっ」 「(返事はちゃんとするんだ…)七松先輩、私も一緒に中に入りますから…。ね?」 「……」 「小平太、ちゃんと行きなさい…」 「解った…」 私の服を掴んだまま、一緒に中へ入ると、中で待っていた助手の人が驚くように目を見開いた。 ですよねー…。こんな大きな人が怖がるっておかしいですよねぇ…。 「えーっと…すみません。こちらの方は…?」 「すみません、怖いみたいなので「怖くない!」……まぁ…すみません、気にしないで下さい…」 「はぁ…。で、では検査しますねー。椅子倒します」 椅子が動くとビクリと震え、掴んでいた服をさらに力強く握る。また身まで掴んでるから…痛いから…。 目にタオルをかけられると、殺気を周囲に飛ばして警戒しまくる。先生や助手さんは気づいてないけど、私にはビリビリと伝わってきて、正直怖い。 「はい、口開けて下さい」 「……」 「…七松さん?」 「はい」 「口を開けてもらっていいですか?」 「………」 渋々と言った様子で口を開け、なんか銀の棒みたいなもので歯を検査していく。 カツンと歯にあたるたび、ビクンと反応する七松先輩はちょっと面白かった。 「うーん…虫歯なしですね」 「あ、すみません。ありがとうございます」 「はい、終わりになりまっ…」 椅子を起こしながらタオルを取ると、目をギンギンに見開いた七松先輩が先生を睨んでいた。 先生は驚いて言葉を詰まらせたけど、すぐに顔を背けて「ゆすいでくださいねー」と言って席を立った。あれは怖い。 「お、お疲れ様です…。もう大丈夫ですよ」 「歯医者嫌い…」 「(きっと歯医者さんも先輩のこと苦手ですよ…)」 「ありがとうございました!」 「失礼します」 「お大事にー」 だけど礼儀正しいので、ちゃんと頭を下げてお礼を言ってから中在家先輩が待つ待合室へと戻る。 先輩は本を読んでて、私たちが戻ってくると本を閉じて首を傾げた。「どうだった?」と言いたいそうだ。 「問題なしだった!」 「そうか、よかったな」 「おう!」 「吾妻も…。すまない」 「いえ、もう慣れましたから…」 「じゃあ会計済ますから、外で待ってなさい」 「解った!行くぞ吾妻!」 「は、はい!」 来たときとは違い、ルンルン気分で外へと飛び出して行く七松先輩。そんなに嫌だったのか…。 「にしても虫歯なしって凄いですね」 「あるわけないだろ?ちゃんと歯磨いてるからな。それに、美味しいもの食べれなくなる!」 「食べるのお好きですもんねぇ…」 「待たせた…」 「ちょーじ、お腹空いたからご飯食べて行こう!」 「ああ、そうだな…。吾妻も一緒に行くか?」 「え、いいんですか?奢りですか?」 「付き合ってくれた礼だ」 「やった!行きます。行きたいです!」 「長次、私も私も!」 「小平太は自分で出しなさい」 「ぶーっ」 まぁ大変だったけど、ご飯奢ってもらったし、いっか! 「ところで先輩方全員検査してもらったんですか?」 「した」 「結果は?」 「全員問題なし」 「(やっぱ先輩方って凄い。つか怖い)」 (△ TOP ▽) |