恋人は大事な犬 チリンチリン。 と、小さな音を奏でる首元の鈴に「うるせぇ!」とは思わなくなった。 いつも一緒にいる竹谷や、同じ組の雷蔵、三郎たちもこの音に慣れてしまった。 かゆいのは収まらないけど、首輪をしていても「違和感」というものはなくなり、「恥」というものもない。 これはまずい。慣れてしまっては、七松先輩の思惑通りだ。 でもおかしな話で、七松先輩の傍で鈴を鳴らし続けてると(まぁ動くたびに勝手に鳴っているのだが)、眉間にシワを寄せて私を睨んでくる。 まるで、「その音うるさい。耳触りだ」とでも言うような顔で、だ。 耳がいいからうるさく聞こえるのは解るが、盛大に言ってやりたい。「お前がつけたんだぞ!」とな。 そんなこと言えるわけもなく、無言で音が鳴らないよう止めると今度は、「音がしない」と言った不服そうな顔をむける。 一体私はどうしたらいいんだ。そしてお前は何でそんなにも理不尽で暴君なんだ! うるさすぎると怒り、音がしなさすぎても怒る。なので、どのタイミングで音を止め、どのタイミングで音を鳴らすか大体解るようになってきた。 七松先輩が私に合わせるんじゃなく、私が七松先輩に合わせないといけないのだ。弱い者が強い者に従う…至って解りやすい理由だ。 「よし、あとは撤収するだけだな」 「だな。いやー、今回は楽勝だったな!」 「これも一重に私のおかげだよ、竹谷くん」 「は?俺のおかげだろ」 今晩、学園長先生直々から忍務を言い渡された。 忍務内容は至って簡単で、とある山賊が住んでる砦を潰すこと。 七松先輩のおかげで私と竹谷はかなり体力と腕力がある。あと、聴覚も嗅覚も優れてるし、戦闘能力も五年の中で飛び抜けてる。あ、自慢じゃないよ!その代わり座学のほうがヤバいからね! そのおかげで、あっという間に砦を制圧。山賊たちを縛りあげて放置。あとは先生たちがやってくれるだろう。 「ともかく帰ろう。私疲れたー」 口布をとってから枝に飛ぶと、先ほどまで鳴っていた鈴の音が消えた。 不思議に思い、枝に飛び乗ったあと、視線を下におろすと、七松先輩から頂いた鈴が葉っぱの上に落ちているではないか! 慌てて地面に降りて拾い上げる。 「おい、かえんねぇのか?」 「どうしよう竹谷!鈴が取れた!」 「は?」 首輪や鈴を取るときは七松先輩の許可が必要だ。というか、取るのは七松先輩の役割だ。 いや、なんかおかしいことを言ってるのは解ってる。あと私はマゾじゃない。人間に首輪をするなんておかしいと思ってる! だけどね!怒らせるとマジで怖いのよ!怒られ、走馬灯を見るより、羞恥心を耐えてるほうがまだマシだ! 頑張って耐えてきたというのに、その鈴が取れてしまった! 「自然にとれたんです」って言っても、「そんなの関係ない」って言われて鉄拳制裁されるのがオチだ! うわあああああ!どうしよう! 「と、とりあえず学園に帰ろうぜ。バレる前に俺が直してやるよ」 「竹谷ぁ…!お前ってほんとにいい奴だよな!ううっ、大好きだこの野郎!」 「俺もだぜ」 苦笑しながら乱暴に頭を撫でらるたあと、背中を向けて走り出す。 鈴を握りしめたまま私も竹谷に続き、あっという間に学園に到着。 あれだけ暴れたというのに、体力は余裕だった。……私、女の子なんだけどなぁ。あ、いや、忍者になりたいから女なんて関係ないけど。 「これぐらいなら簡単だ。食満先輩を呼ぶ必要なし!」 「よっしゃあああ!じゃあ竹谷くん、お願いしますっ」 「おー。じゃあ首輪外せよ」 「それは…ちょっと出来かねます…」 「だよなー…。んじゃあ上向いてくれ」 「ういっす」 学園長先生への報告を終えたあと、部屋に戻って向い合って座る。 着替えるより先にこっちが優先だ!いつ七松先輩が来るか解らないからね! あ、でももう寝てるかなぁ…。いや、鍛錬してるか。 「あー…」 「直ったー?」 「おい、やっぱ首輪取れ。難しい」 「不器用」 「あ?もう直してやんねぇぞ?器用な食満先輩とこ行って直してもらえよ」 「六年長屋に行ったら七松先輩に会っちゃうだろー!?」 「じゃあ文句言うな!ほら、外せ」 「うー……」 「元通りに締め直してやるから。俺も命が惜しいしな」 「じゃあ…」 虫カゴや虫とり網などが作れる竹谷は器用に見えるが、実は不器用だ。 慣れたものは簡単に作ってしまうが、細かい作業が苦手。私はどっちも苦手だけど。 正面を向いたまま、後ろの留め金に竹谷が手を伸ばして近づいて瞬間、スパンッと部屋の戸が音をたてて開いた。 「「なっ…」」 二人揃って戸のほうへと視線を向けると、七松先輩が立っておられたので「七松先輩!?」と名前を呼ぼうとしたが、不機嫌そうに…否、殺気を込めて私たちを睨んでいたので口を閉ざした。 な、何で既に怒ってるの!?あ、そっか!鈴が取れちゃったからですよね!? 固まったままでいると、遠慮なく部屋に侵入し、私の背後へと回る。やべぇ、殺される! 「触るな!」 しかし私が予想した台詞でも、行動でもなかった。 背後に回った七松先輩は私の首を隠すように手で添え、目の前に座っていた竹谷を威嚇した。 「竹谷、いくらお前でもこれに触ることは許さん」 「え、…あ、その……は?」 「あの七松先輩…」 「吾妻、来い」 七松先輩の真意も解らないまま腕を掴まれ、部屋を出る。 外は帰宅したときよりさらに暗くなってて、足元もよく見えなかった。 そんな暗闇の中、七松先輩はすいすいと歩いて行き、六年長屋の中庭へと連れて行かれた。 六年長屋の中庭に滅多に来ないので知らなかったが、五年長屋の中庭よりかなり広かった。 きっと鍛錬するためだと思う。 その中庭に大きな石があり、その上に座らされ、私の目の前に仁王立ちする暴君様。 「あ、あのすみません…。鈴が取れちゃって…」 「そんなことより。何で竹谷に触らせた」 「……触らせたらダメなんですか?」 「それを外すのは私の役目だろう!?」 正直、ここまで付き合ってるけど、未だに七松先輩の思考回路が理解できない。 ハッキリと自分の気持ちを伝えてくれるのは嬉しいし、解りやすいが、言葉足らずで解りにくい。 「だから竹谷にも外させるな、と…?」 「当たり前だ。何でそんな当たり前なことも解らないんだ」 「あ…、す、すみません…」 理不尽だなー。とか、自分勝手だなー。と、いつも思う。時々嫌になったりもするけど、目の前で拗ねたような顔をされると、胸がちょっとだけキュンと鳴った。 可愛い。なんて言葉言えないけどね。 「吾妻は竹谷とつるみすぎだ。今日だって一緒に出かけたし」 「あれは忍務でしたし。(おお、愚痴とは珍しい!)」 「それが嫌だから首輪つけたのに…。お前の飼い主は私だろう!?」 「飼い主って言葉は嫌ですねぇ…。私、人間ですよ?」 「知ってる!」 バカにするな!とでも言うように怒鳴る七松先輩。 解ってるんだか、解ってないんだか、私にも解らないので苦笑してその場を流していると、さらに拗ねた顔してそっぽを向かれてしまった。 うーん…、そろそろ機嫌をとっとかないと、後が面倒になるな。よし。 「七松先輩。鈴が取れたんでつけてもらっていいですか?」 「……おう…」 連れて行かれるとき、竹谷に投げてもらった鈴を手渡すと、渋々といった様子で私の首に手を伸ばす。 つけやすいように上を向くと、七松先輩の大きくてごつい手が首輪を掴む。 一度首輪を外したあと、鈴をつけ、また首に巻く。 外された瞬間、ひんやりとした空気が首を刺激してブルリと震えたが、すぐにかゆくなったのでポリポリとかいた。 「………」 「…七松せん―――ぐはっ…!」 「あ、すまん」 「いえ…、慣れてますから…」 「―――他に誰がこの首輪外した?」 「そういった意味ではありません…」 あなたのその不器用で大雑把な仕草に慣れてると言ってるんです。 を、遠まわしに、んでもって八つ橋を何重にも巻いて伝えると、「そっか」とだけ返ってきた。 何で首輪を閉めるたびにあんなに力強く締めるんだろ…。 「七松先輩。これ、いつになったら外してくれるんですか?」 「お前をちゃんと躾してから」 「……。私はちゃんと躾されてると思いますよ」 やっべ、自分で言ってて悲しくなってきた。 「でも竹谷とつるむだろ?あと私避けるだろ?」 「竹谷とは気が合う友達ですし、七松先輩は…その先輩ですし…。冗談時々通じないし…」 「お前の冗談は面白くないからな」 「うっ…。それはすみません。でも、私一度も七松先輩に逆らったことありませんよ?首輪はもう…その、勘弁して下さい。かゆいし」 「ああ、だから赤かったのか」 「ええ、おかげさまで。肌に合わなくて無意識にかいちゃうんです」 そう言うとまた首輪を外され、ジッと首を見つめてきた。 あー…七松先輩に首見られるの怖いな…。なんか、苦無当てられてる感じ…。 「そうだな、外してやる」 「マジですか!ありがとうございますっ」 「物だけじゃなかったな!」 「え?」 片手で顎を持たれたあと、後ろへと押し倒される。雲に隠れていた月がひょっこり顔を出し、七松先輩の表情がよく見えた。 「な、…せんっ…!?」 「これでかゆくないだろ?」 「え?……え、ええ…まぁ…」 「今度は赤い首輪だな!よく似合ってる!」 「はぁ?」 「消えたら違う跡つけるからな!」 「ちょ、ちょっと待って下さいよ先輩!今さっきからついていけません!」 「首輪ができてる」 つつっ…と首元に指を這わせ、ニヤッと笑う七松先輩。 その仕草が少しだけ妖艶で、思わず身構えてしまった。 今はやばい。今はやばい! 表情には出さないでいたけど、内心かなり焦っていた。ヤられるんじゃないかと。 「首輪は仙蔵に返しとくが、鈴はいらんからやる。持ってろ」 「あ、…はい…」 「じゃあ私、鍛錬してくるからお前らはちゃんと休めよ!」 「休んでいいんですか!?」 「だって忍務帰りだろ?身体を休めるのも鍛錬だって長次が言ってた!」 「(中在家先輩ありがとうございます!)」 「じゃあな!」 「おやすみなさい、七松先輩!」 七松先輩は笑顔で大きく手を振り、塀を乗り越えて学園の外へと行ってしまわれた。 手には鈴。必要がなくなってしまった鈴。 「よく解らなかったけど、首輪も取れたし、鈴も取れたしよかったよね」 次の日。鏡にうつる自分を見るまで、七松先輩の言葉の意味が理解できませんでした。 (△ TOP ▽) |