夢/とある後輩の災難 | ナノ

恋人は大事な犬


「―――という訳でして…」


七松先輩の地獄のバレーから帰宅した私は、五年長屋の縁側に集まっていた竹谷ら五人に先ほどの出来事を説明した。
私は人間だと言うのに、七松先輩に首輪をされた挙句、「絶対に外すな」とまで言われた。
勿論、すれ違う人全員が私を二度見してくる…。なんて恥ずかしいんだ!こんな姿、下級生に見られたくない!
何かあったときにフォローしてもらうためにも、仲のいい彼ら五人に説明をすると、彼らはお腹を抱え、声を出すことなく笑い始めた。
ええ、もうそっちのほうがいいよ!ヒソヒソされるより、いっそ笑われたほうが清々しいもんよ!


「あー…おっかしー…!」
「勘ちゃん、涙流してまで笑わなくても…」
「無理だよー!だって意味わかんないじゃん!何で首輪つけるんだよ!」
「七松先輩の思考回路は俺たちには理解できないな」
「い組の二人が理解できなければ、私にも無理だよ…」


い組の二人が大笑いしたあと、涙を拭いながら息をついた。
でも微妙に肩が震えてて、ジッと私の首を見たあと、また吹き出して笑いだした。この野郎…!


「あとそこのろ組三人!お前らは声に出して笑え!息してるか!?」


い組二人は声に出して笑って、ろ組の三人は未だお腹を抱えて笑っている。
声すらも出ておらず、身体だけが震えてて、ちょっとだけ心配になる。


「さすが七松先輩だな。いやー…、俺には真似できねぇや!」
「うーん、僕にも真似できないなぁ…」
「顔は変装できても、行動や言動は真似できないな」
「思考回路が謎だからね」


とりあえず皆と一緒に縁側に座って、首輪をいじりながらハァ…と溜息を吐く。
首輪は冷たくて、居心地がいいものとはお世辞にも言えない。
それにちょっとかゆい。蒸れてるのか、肌に合わないのか解らないけど、とにかくかゆかった。
無意識にかいてると、隣に座っていた雷蔵に手を止められ、「赤くなるよ?」と注意される。
うーん、赤くなるのは嫌だけど、かゆいんだよねー…。


「バレないようとっちゃえば?」
「残念です、勘右衛門くん。七松先輩の瞳は嘘すらも見抜きます」
「なにそれ怖い」


いや、事実ですから。彼に嘘は通じません。
視力は8.0以上。尚且つズーム機能搭載で、夜も真昼間のように見えるという優れものです。
んでもって嘘を見抜くことができます。なんて素晴らしい身体能力なんでしょうか!もはや人間ではありませんね、七松先輩は!


「ほんっと、七松先輩ってよくわかんない…」


七松先輩のことは好きだ。恋愛として好きだ。あんな男前な人、そうそういない。だから、恋愛に興味なかった私も魅かれた。先輩としても尊敬してる。…ちょっとだけ。
でも考えてるとこが私には理解できない…。何でこんなことしたんだろうか。ただの嫌がらせにしか思えないよ…。


「嫌がらせじゃなくて、所有物って意味でつけたんじゃない?」
「え?」


勘右衛門の言葉に私だけじゃなく、全員が疑問の声をもらした。
勘右衛門を見ると、ニコッと笑って「だーかーらー…」とゆっくり、楽しそうに教えてくれた。


「千梅は七松先輩のものでしょ?」
「ものって…」
「恋人って意味ね!でも、千梅って結構色んなとこ一人で行ったり、八左ヱ門とつるんだり、俺らと遊んだりしてるじゃん?」
「そりゃあだって…。私たち友達じゃん。竹谷に至っては同室だし。ねぇ?」
「おうよ。こいつほど気が合う友達、そうそういねぇぞ?」
「ふっ、私もだよ」
「やだ、そんな目で私を見つめないで…。惚れちゃうっ」
「バカ二人、ちょっと黙って勘右衛門の話を聞け」
「「さーせん」」


三郎に注意され、再び勘右衛門を見ると、私の竹谷のやり取りを見て笑っていた。
勘右衛門って結構笑いのツボ浅いよね。立花先輩と一緒だ。


「それが気に食わないんじゃない?」
「気に食わないの?なんで」
「解りやすく言うなら嫉妬!」
『嫉妬ォ!?』


その場にいた全員が驚きの声をあげる。
嫉妬……。嫉妬ぉおおおお!?あの七松先輩がッ!?
ありえない。絶対にありえない!あの人が嫉妬するわけないじゃんっ。


「えー、そうかなぁ?七松先輩って結構独占欲強そうに見えるけどなー。因みに俺も独占欲強いぞ!」
「勘右衛門は聞いてないよ。つかマジで嫉妬だと思うの?」
「え、うん。まぁ…でも、ちょっと違うかも」
「……どう言う意味…?」
「んーっとね、七松先輩って負けず嫌いじゃん?」
「うん。すぐ対抗心燃やすね」
「それと同じ感じで、自分のもの…つまり千梅ね。千梅を他の男に盗られると、負けたみたいでムカつくんだと思う。私よりそっちの男がいいのか?みたいな」
「………ん?」
「あっはは!ごめんねぇ、言葉で表現するのって難しくてさぁ!」
「いや、私は解るぞ」
「俺も」
「ぼ、僕も…」
「俺、全っ然わかんねぇ」
「あはははは!まぁ、ともかくさっ。千梅を他の男にとられるの嫌なんだよ。嫉妬って言葉で合ってると思うよ。なんだかんだ言って、千梅のこと気に入ってるもんねー。理由は様々だけど、あはは!」
「ふーん…そっかぁ…」


まぁ…、そう言われるとちょっと…いや、結構悪い気はしない。
あの七松先輩が嫉妬するなんて……。うふふ、照れる。けど、嬉しい。


「首輪つけとけば、目に見えて「自分の」って解るだろ?だからつけたんじゃないのかなー?立花先輩が絡んでるからちょっと違ってくるかも。話半分で聞いてよ」
「解った。ありがとう、勘右衛門。そう言われるとこの首輪も悪くなくなるよ」
「そう!」
「でも犬みたいだよな!吾妻犬!」
「うっせぇ竹谷!テメェは駄犬だな!」
「んだと!?雷蔵も吾妻のほうが犬に見えるよな!?」
「あはは、うん」
「雷蔵さん!?そこは悩まないんだ!」
「うん。だって吾妻、本当に犬みたいだもん。三郎もそう思うよね?」
「ああ。ご主人様のご機嫌を窺っているときとか特にな」
「ご主人様って誰だよ!」
『七松先輩』
「ぐっ…」
「でもそれは八左ヱ門にも当てはまるよな」
「うんうん!はっちゃんも七松先輩の犬だよねー」
「犬って言うなよ!」
「じゃあ下僕?」
「違うッ!」
「何が違うんだ?」
「「ぎゃああああああ!!」」
「うるさい」
「「すみません!」」


突如、屋根から逆さまになった七松先輩が姿を現し、私と竹谷は驚いて悲鳴をあげてしまった。
勘右衛門たちも驚いてたけど、声はあげず、ビクリと身体を震わせただけ。
「よっ」と掛け声とともに、手を使わず空中でクルリと回転をして、地面へと着地したあと、私をジッと見てきて、思わず身体が固まった。


「吾妻」
「は、はいっ」
「首輪よく似合ってる!」


七松先輩のお褒めのお言葉に、私以外の五年が吹き出して笑い始めた。
首輪が似合ってるって言われても、あんまり嬉しくないなぁ…。
いやいや、これは七松先輩が私を想ってつけてくれたものだ。うん、嬉しい。……嬉しいと思え、私!


「それでな、先ほど仙ちゃんにもう一回相談してな…」


また立花か!なんであの人に相談するんだよ、ちくしょう…。
つーか五年!まだ笑ってやがんのか!笑う場面じゃねぇよバーカ!


「これ!」
「……鈴…?」
「鈴をつけとくとお前がどこにいるか解るだろ?」
「………ええ、まぁ…」
「だからつけろ」
「…つけなくても七松先輩、私がどこいるか解るじゃないですか」


その犬以上の嗅覚で。


「つけろ」
「…私の話聞いて「つけろ」


三度目の台詞には殺気が込められていたので、泣く泣くコクリと頷いてしまいました。
七松先輩は首輪をつけたときみたいにパッと顔を明るくさせ、いそいそと私の首輪に鈴をつけた。
不器用で大雑把な性格なので、つけるのにかなり時間がかかってしまい、上を向いている私の首は疲れてしまった。だが我慢だ。


「よし!」


チリン。と心地いい音が鳴って、私から離れた。
とても嬉しそうに笑っているから思わず、胸がキュンとしてしまう…。
おかしなことをされるのは困るし嫌だけど、………この嬉しそうな顔は嫌いじゃないんだよね…。


「それも取ったら許さんからな!」
「え?いや、さすがに忍務中は…」
「バレなければいいだろ?」
「鈴ですよ!?鈴は鳴り続けますよ!?」
「じゃあ逃げろ」
「忍務できません!」
「じゃあできるよう対処しろ」
「そんな無茶な!」
「私に歯向かうのか?」
「鍛錬だと思って頑張りますね!」
「おう!」


最後にとびっきりの笑顔を見せて、彼は再び屋根へと飛んで行かれた。
残された私と五年生たちの間には沈黙が走っている。
彼らは声にならないほど笑っているのだ。


「いっそのこと殺してくれ」


そう呟いた瞬間、また吹き出して笑われたのだった。


「しかし、吾妻と七松先輩は結構お似合いだよな」
「兵助の目って腐ってんの?というかあれって恋人同士に見える?」
「俺もそう思うよー!」
「何でだよ!勘ちゃんの目も腐ってる!」
「だっていつも鍛錬に付き合わされ、理不尽に扱われ、こんな風に首輪されてるのに怒るどころか、逃げたりしないじゃん!」
「………」
「ああ、そうだな。それに先ほどの七松先輩の笑顔にときめいてただろ」
「……っ、あれは…」
「吾妻はあれだね。マゾヒスト」
「雷蔵ッ!違う、違うぞ!私はそんなんじゃないからな!ただ逆らったら殴られるからであって…!」
「あーあ、俺もちょっとマゾっ気がある可愛い巨乳な女の子とお付き合いしてぇなぁ…」
「あはは、はっちゃんには無理だよー!」
「んだと!?」
「ちょ、お前ら!人の話を聞けッ!」


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