これは私のモノです 吾妻千梅は五年ろ組の忍たま生徒である。 一応男装をしているものの、彼女が女だと言うことは周知の事実。 何がどうあって女の彼女が、男に混じっているのか実は誰も知らない。 「何でもいいからブン殴りたい」 男に混じっているからと言って、彼女は弱くなかった。 一緒につるんでいる竹谷八左ヱ門が熱血なせいで、彼女もまた熱血。彼女が憧れてやまない一つ上の先輩、七松小平太は鍛錬バカで有名。 主に二人の影響で。と言われてはいるが、そうではない。 「誰でもいいから殴らせろ!」 元々の性格がこういうものだった。 千梅は吠えた場所は五年長屋の中庭。 誰かいるかと思ってやって来たのだが、今日は誰もおらず、余計に腹が立った。 今日は休日。天気もいい。それなのに気分は晴れない。 「三郎ォ!勘右衛門!隠れてんだろ、出てこい!」 長屋に向かって、殺気とともに叫ぶも、長屋からは沈黙のみが返ってくる。 いるのは解っている。逆に静かすぎて解るらしい。 「怒った千梅は気配に敏感だよねぇ」 「いい迷惑だ」 「三郎ォ!勘右衛門!」 ああもう!と、苛立ちを乗せた拳が近くの木を殴りつける。 隠れていても聞こえた、ミシリという木の悲鳴。 「お、おいおい…。お前なにしてんだよ」 さてどうしようか。と、(どう逃げようか)悩んでいた学級委員コンビと千梅の前に現れたのは、千梅の相棒だと言われている竹谷八左ヱ門。 彼の登場に二人はさっさと逃げ出し、千梅も逃がさないように八左ヱ門に近寄って腕を力強く握り絞める。 彼はとても器用貧乏で、二人みたいに巻き込まれる前に逃げればいいのに、逆に近寄ってしまうお人よし。 だが今の千梅にとって嬉しい存在で、殺意に満ちた顔で「殴らせろ!」と言って、腕を大きく振りかぶる。 「はっ!?なにっ!」 「ムカつくんだよぉおおお!」 何がムカつくのか、何故いきなり殴られなくてはいけないのか解らないが、防御の姿勢に入る八左ヱ門。本能とはなんとも頼りになる。 だが、ただ殴ってくるだけの千梅の攻撃に、身体が勝手に反応し、手首をとり、捻りあげてしまう。 「離せよ!」 「わっ悪い悪い!でもいきなり意味もなく殴られるのは嫌だっつーの。お前痛いし」 「だってムカつくんだもん!」 「や、俺関係ねぇし」 「うるせぇ!四の五の言わず殴らせろ!」 「理不尽すぎだって!とりあえず話せ!愚痴なら聞いてやるから!」 捻りあげたまま、諭すように彼女に語りかけると、千梅は吊り上げていた眉を今度はさげて、「うわあああ!」と子供のように泣き叫んだ。勿論、腕を捻りあげられたまま。 「いいか、離すけど殴るなよ?絶対に殴るなよ?」 「聞いてくれよ竹谷ぁあああ!」 「よーしよーし……って!お前殴るなって言っただろ!?」 「あんだけフリしといて殴らないわけにもいくめぇ!いいから聞けよォ!」 「俺芸人じゃねぇから!ちょっと待ってろ!」 千梅を無理やり縁側廊下に座らせ、部屋に戻って手拭いを持ってくる。 さりげない優しさを見せる八左ヱ門に千梅は感動し、隣に座った瞬間、そのたくましい太ももと腹筋に抱きついた。 「ここ最近野郎どもから、「ちょっとくわえて」とか「ちょっとヤらせて」とかそういうのが多くてよォ!」 「………おおっ!思ったよりヤバいやつだな!」 「なぁにが「ちょっと」だ!男のちょっとは、親の「お年玉は預かっておくからね」と、子供の「一生のお願い」ぐらい信用ならねぇんだよ!」 「えらく的を得た突っ込みだな…。まぁそうだけど……」 「最近実習やら課題やらが大変だから溜まる気持ちも解るよ!」 「解るのかよ。お前女だろ」 「だからって私に頼むなよチキショウ!」 くノ一には頼めない、殺されるから。ならば、忍たま長屋にいる千梅に頼むしかない。 これが気に食わないという。 一応男としてここにいて、普段は男扱いしてくるくせに、こういうときは女の扱いをする。 矛盾する彼らに腹が立つと千梅は八左ヱ門の膝の上で暴れ続ける。 女々しい性格ではない。女扱いするなら普段からもしてよ!と言いたいわけではない。どちらかと言えば男扱いしてほしい。 「だぁれがやるかっつーの!テメェらでヤりあってろ!」 「それは……あんま想像したくねぇな…」 「男色なんてこの時代ならアリなんだよ、アリ!」 「でも俺は女の子を抱きたい。あといい加減腹と太もも痛い」 「今さっきもさぁ、壁ドンしてきやがったから金玉蹴りあげてやったわ!」 「おっほー……や、やめて…ちょっとヒュンとした…!」 「私はデリヘルじゃねぇよバァカ!」 手足をバタつかせ、八左ヱ門の太ももに顔を埋めてひとしきり叫んだあと、ピタリと動きをとめてグスンと鼻を鳴らす。 こういう性格だとは言ったが、根は割と繊細。 鼻で溜息をはいた八左ヱ門は、千梅の後頭部の優しく撫でてあげる。 遠くの空を眺めながら、「誰が言ったんだろうな」と相手を特定し始めた。 八左ヱ門は、同級生の誰からも「いい人」だと言われる。義理人情も厚く、面倒見もいい。性格も温厚で、自分のことではなく他人のために怒るタイプ。 だから、大事な相棒が傷付けられ、怒りが沸々と湧いてくる。 「つかそいつらも凄いよな。お前には七松先輩がいるのに」 「それ言ったら、「お前らまだ付き合ってんの?」って言われた!どうせ恋人らしくねぇですよっ」 「お前がもっと甘えられたらいいんだけどなー」 「できたら苦労しない」 「だよなぁ…」 「…。元々、憧れから入ったからそっちが優先されちゃうんだよ」 「じゃあ恋愛感情ないって?」 「なかったら照れねぇよハゲ」 「口悪いな、嫌われるぞ」 「うるせぇ」 八左ヱ門の腹筋を軽く殴って、今度は仰向けになって八左ヱ門を見上げる。 八左ヱ門の膝枕はどうやら相当固いらしく、顔を歪めて「これじゃない」と目で訴えると、デコピンをされた。 「今度言ってきたら噛み千切ってやろうと思うんだ」 「それは……せめてもの同情で止めてやってほしい…」 「じゃあこのストレスをどう発散しろって!?」 「あー……。とりあえずよ、俺がどうにかしてやるからもう少し我慢してくんねぇか?」 「え?竹谷が?」 「ようは、お前に手を出させないようにしたらいいんだよな?」 「……ま、まさか…!竹谷くん、私の彼氏になって…?」 「まぁな!」 「ふがっ」 歯を見せ、にししっと笑って千梅の小さな鼻を摘まんでやった。 その夜。 くノ一長屋の風呂からさっさと戻ってきた千梅は、のんびり長屋を歩きながら髪の毛を拭いていた。 五年となればそれなりに長くなったものだと、そんなことを考えていると、前方から気配を感じて視線を向ける。 あの角を曲がれば四年長屋、それから五年長屋があって、六年長屋がある。 四年、五年、六年の誰かだが、この気配は六年生。もっと言うなら、 「七松先輩」 同じく風呂あがりの七松小平太が姿を現した。 手には手拭い。髪の毛は解かれ、昼間の元気な雰囲気はなく、色気を含んでいた。 「厠ですか?」 「ああ。お前は風呂帰りか?」 「はい」 昼間、八左ヱ門にああ言われたものの変化はなかった。 愚痴ったおかげもあり、苛立ちは少しおさまっていた。今、小平太を見てからさらに落ち着いて、代わりにほんのり心が躍る。 ととと、と軽い足取りで小平太に近寄り数回会話をすると、小平太が視線をふいっと反らす。 「七松先輩?」 「千梅、いい子で大人しくしてろよ?」 「はい?」 首を傾げたと同時に、小平太は千梅の両手首を掴んで廊下の壁に押し付けた。 持っていた手拭いはハラリと落ち、少しして首から徐々に赤く染まっていく。 「なっ、なっ、なんっ!?あの、なに!?」 「しー」 「(目を細めるな!囁くな!格好いいんだよチキショウ!)」 目元だけを細めて、顔を近づけてくる小平太に、千梅はギュッと目を閉じて身体を硬直させた。 最初は軽く頬にキスをする程度。それから匂いをかいで、頸動脈に歯をたてる。 「うー」と唸りながら我慢をしている千梅の股に小平太が自身の足を忍び込ませると、「ひ」という小さな悲鳴とともに目を開き、手に力をこめる。 しかし解くことができず、戸惑いの目で小平太を見上げる。 「なにが、…したいんでしょうか…?」 「いいから声出すな、目瞑ってろ」 「(こえぇんだよ!こえぇから!っていうか居心地悪いっす!)」 主に下半身がゾワゾワして気持ち悪い。 あまり接触しまいと足を広げると、股に当たってさらに居心地悪い。 きちんと立てば太もも全ての体温を感じて、これも居心地悪い。 強姦される!という恐怖心ではないが、千梅の手がカタカタと震えはじめた。 それを横目で確認するも、小平太は甘噛みを止めず、周囲の気配を探る。 そして見つけた獲物。 「うわッ!」 「喋ったら殺す」 「え!?(あんたほんと何がしたいの!?これ脅迫だぞ!おかしいな、一応恋人同士なのに!)」 獲物と目があった小平太は、鋭く睨みつけて、千梅の肩を大きく噛みつく。 普段なら「痛い」と声を出す千梅だが、先ほど脅されたばかりなので悲鳴を飲み込んでいる。 噛みついた小平太はギリッと力をこめ、歯型をつけてからすぐに解放してペロリと舐めた。 さながら、獲物を捕食中の獣。 目の前の獲物ではなく、遠くにいたお目当ての獲物をもう一度見ると、彼らは口をポカンと開けて小平太を見ていた。 そして口パクで、 「私から奪うか?」 と伝えると、彼らは首を左右に激しく振って、元来た廊下を慌ただしく戻って行った。 「よし」 「っはぁ…!や、やっと解放された……」 彼らを見送った小平太は、すぐに千梅を解放してやると、千梅はへなへなとその場に座り込み、噛まれた場所に手を添える。 「(凄く…跡ついてます…)」 「これでもう大丈夫だな」 「何がですか…。大丈夫じゃないですよ、めっちゃ痛いんスけど…」 「それでも言ってくるようなら、遠慮はいらん。ぶん殴れ」 「はい?」 「竹谷から聞いた」 「……あのですね。お願いですから、順番に、丁寧に話してくれませんか?」 「それより吾妻。早く部屋戻ったほうが身のためだぞ?」 「(日本語喋れっつってんだよもう!お願いだから私の話を聞いてくれ!)」 「着崩したからなー。大体見えてる」 「……ッ失礼しましたー!」 落ちていた手拭いを拾い、バタバタと忍たまなのに足音を立てて部屋へと戻って行く千梅。 残った小平太はきちんと千梅を見送って、首をコキンと鳴らした。 「人のものに手を出したらいけないって解らない奴もいるもんだなぁ。まぁ久しぶりに触れたし、いっか」 ▼ おまけ 「七松先輩に頼んだんなら、頼んだって言えよバカ竹谷!」 「いやまさかこんなことになるなんて…悪い…」 「吃驚したんだぞ!こ、怖かったんだぞ!」 「でもこれでもう変なこと言われねぇって、よかったな!」 「だからってなぁ…!ああもう誰かに見られるなんて…」 「なに、嫌なの?」 「嫌に決まってんじゃん!」 「何で。そのおかげでお前が七松先輩のものって解ったんじゃん」 「……恥ずかしいだろ…」 「…。ゴメンネ千梅ちゃん。僕よく聞こえなかったよー」 「恥ずかしいだろォ!」 「きめぇ!乙女きめぇ!」 「うるせぇ!」 男に混じって、男らしいたくましい女の子だけど、好きな人の前のみひたすら乙女だった。 (△ TOP ▽) |