突然のデレ期 「立花先輩。少々お時間宜しいでしょう「無理だ」 穏やかな休日。 一階の広間でのんびり寛いでる立花先輩に話しかけると、スッパリバッサリ断られた。 せめて最後まで言わせてほしかった! ムカついたけど、先輩が座っている椅子の前の席に座ってジッと見ると、チラリと細い目を向ける。 「吾妻。私は暇じゃないんだ」 「あのですねぇ、ちょっと聞きたいことがありまして…」 「話を聞かんか」 「ラブコメってどうやったらできます?」 私の言葉に、苦いコーヒーを飲んだときのような顔をされた。 心の声が聞こえる。「なに言ってんだ?」か「馬鹿か?」だ、きっと。 馬鹿だと思われるのも癪なので、何でそんなことを聞いたか説明をする。 ついでにお腹が空いていたから、目の前に置いてあったお菓子を食べる。さすが立花先輩が食べてるだけあって、めっちゃうまい。 「私と七松先輩って付き合ってる感じじゃないですか」 「ああ、そうだな」 「だからこう……そうなってみたいっていうか…」 「それは好奇心か?」 「え?えーっと…そうですねぇ、そういうのとは…あー…えー…」 「そうか。小平太に甘えたいのか」 ああ、そうだよ。何で解ったこの野郎。 そりゃあ大好きな人ですから?甘えたいですよ?でも甘え方が解らないんですよ。 七松先輩が嫌がるような甘え方は嫌だし、自分もそういうのを見せるのが嫌だ。 だからまぁ、ちょっと遠回しに聞こうと思ったけど、私には無理だったので直球で聞いた。 立花先輩はマグカップを置いて、机に肘をつく。うわー…悪い顔してんなぁ。 「それはいい暇潰しになりそうだ」 「いや、暇潰しとかそういうこと私の目の前で言わないで下さいよ」 「お前たちがここにいる間は私のオモチャだ。忘れたか?」 「あー…そうっすねぇ…(クソ野郎!)」 「最高の褒め言葉だ、ありがとう吾妻」 何でこの人心の声が聞こえるんだろう…。怖いわー…。あ、きっと私の顔に出てたんだ。そうだ、そうに違いない。 少し恐怖を感じて視線を反らして小さくなる。相談する相手間違えたよねー。 でも、他のメンバーには聞けないし…。……そう思うとここのマンションにはまともな人間がいないよね。 「甘えられるような環境を作ってやろう」 「え、まじっすか?」 「あとはお前次第だ。誰もいなかったら素直になるだろ」 「それはどうかなー」 「素直になれ」 「いたっ」 溜息をはきつつ、デコピンをされてしまった。 そうなんだよ。立花先輩は何だかんだでこうやって優しいんだよ。外道のクソ野郎だけど、まともな部類に入る先輩。だからついつい頼ってしまうんだよねー。 デコピンされた場所を抑えてお礼を言うと、 「なぁに、また今度私たちと一緒に旅行に行ってくれたらそれでいい」 「……もうっ…!もうカナダには行きたくないっ…」 それから数日経っても、立花先輩から何も言われなかった。 忘れたのかな?とも思ったけど、先輩は物忘れは絶対にしない。 きっと忘れたころに何かしてくるんだと思って、私も何も言わずに毎日を過ごしていた。 「小平太、文次郎を知らないか?」 七松先輩と竹谷と私の三人で映画を見ていたら、立花先輩が声をかけてきた。 映画を見ながら、「知らない」と答える七松先輩。今日はアクション系の映画だからかなり夢中になっている。竹谷なんか目をキラキラさせて喜んでやがる。 「早急に伝えたいことがあるんだ。携帯にも出ないし…。お前たち、すまないが文次郎を探してくれないか?」 「「「えー」」」 「…」 鋭い目つきに睨まれ、おまけに殺気も飛ばされ、私たちは静かに頷くことしかできなかった。 あの人には弱みをたくさん握られているからな…。 映画は中断し、潮江先輩を探しに行くことになったのだが、 「どこ探せばいいんですか?」 「竹谷は外を見てきてくれ。小平太はマンションを全て見てきて、吾妻は地下だ」 「あれ?地下なんてありましたっけ?」 「お前たちには言ってなかったがあるぞ」 「マジすか」 「マジか。住んで長いけど、知らねぇことはあるもんだな…」 「いいから外見てこい。小平太も頼んだぞ」 「はーい」 立花先輩の言葉に、竹谷は面倒くさそうに外に向かい、七松先輩も階段をあがっていった。 残された私は立花先輩の後ろについていく。 「………こ、こんなところに隠し扉が…!」 「ではあとは任せた」 一階にある棚を適当に触ると、映画で出てくるような隠し扉が姿を現した。 どんなマンションだよここ…。きっと遊び心で作ったんだろうな。立花先輩らしいけど、こんな様子だと他にも秘密はあるだろう。 そんなことを思いながら扉を開け、階段をおりていく。 薄暗いことはなかった。普通の階段。でも降りるにつれどんどん寒くなっていった。 一階分の階段をおりると、また扉があったので、遠慮なく開いた。 「……待って待って…。どこから突っ込んでいいやら…!」 扉を開くと天井が低い部屋に出た。 そこからさらに三つの扉があり、適当に一つの扉を開くと、怪しい実験室が目につく。 隣の部屋はワインが並んでおり、最後の扉は工具やら機械やらがたくさん散らばっていた。 「ここは…あれか。先輩たちの趣味の部屋ってやつか…」 実験室は十中八九、不運野郎の部屋だろう。ワインは…立花先輩か中在家先輩だな。んで、最後の部屋は食満先輩だ。 ……潮江先輩の部屋はない?じゃあ潮江先輩はここに来るわけないじゃないか。なのに探せって…。あ、あと七松先輩の部屋も。 「あの人は何を企んでるんだ?」 もしかして…。協力するから、先に遊ばせろ。ってことか!?そうか、そうなのか!油断してたぜ…。 まぁでもこの部屋と関わらなかったらいいだけの話。 潮江先輩もいなかったし、さっさと一階に戻るとするか。 「なにより、伊作先輩の部屋が怖くてこんなところにいたくない」 「おい」 「ぎゃーー!?」 「おっ、いいパンチだ!だが甘い!」 「ぎゃー!痛い痛い!」 最後に伊作先輩の部屋をチラリと見て、地下をあとにしようとしたら、背後から声をかけられ、悲鳴をあげてしまった。 気配なんてなかった!油断してたせいもあるけど、気配がなかった! 幽霊かと思って、反射的に攻撃したら、後ろにいたのは七松先輩だった。だから気配がなかったのか! 先輩は楽しそうに笑って、私の腕を捻りあげる。 「な、何で七松先輩がここに?潮江先輩見つかったんですか?」 「おう。普通に部屋にいたぞ」 「(あの野郎…。直接部屋にいけよ…)そうっすか、よかったですね。じゃあ戻りましょうか」 「地下があるなんて知らなかったなー。ちょっと見てきていい?」 「怒られるから止めたほうがいいですよ。中在家先輩から一週間口きかれなくなってもいいんですか?」 「それは嫌だ。じゃあ戻るか」 七松先輩は素直に頷いて、踵を返す。 私もあんまりここにはいたくないなー。 「……あの、先輩?早く戻りましょうよ」 「それがな、開かないんだ」 「は?」 首を傾げる七松先輩に、私も首を傾げて場所を変わる。 開けっ放しにしていたはずの扉はいつの間にか閉まっており(七松先輩が閉めるわけがない)、ドアノブを何度回しても開かない。 押しても、引いても無駄。 「参りましたね…。どうします?」 「壊すか」 「壊したらその修理代が私のところにくるので止めてください」 「じゃあどうするんだ?」 どうする?どうするってそりゃあ待つしかないでしょうとも。 竹谷か立花先輩が気づいてくれるまで、ここで待つしかない。 別にホラーゲームとかじゃないから怖くないんだけど、伊作の部屋だけは怖いので、その部屋から一番離れた場所に腰をおろす。 「そのうち誰か来てくれますよ。食満先輩とかすぐに来そう」 「私、映画の続き見たかったのになー…」 「しょうがないっすよ」 「ちぇー」 拗ねるような顔で私の隣に座って、ジッと待つ。 沈黙になったけど、居心地悪くはなかった。 体育座りで膝を抱え、扉を見つめながら誰かを来るのを待つ。 「七松先輩、私暇すぎて寝そう」 「寝たら死ぬぞ」 「それは雪山で……ってちょっと待って下さい!殴らないでください!」 「起こしてやろうとしてるんだ。ほら、歯食いしばれ」 「嫌ですよ!首吹っ飛ぶじゃないですか!永遠に眠りにつきますから止めてください!」 「先輩の好意を無下にするとは…」 「私まだ死にたくないですもん…」 二人揃って溜息をはき、また沈黙。 暇すぎる。七松先輩も暇そうだ。 「(………これってさ、今二人っきりってことだよね?しかも他人の目がない。…そうか、立花先輩はこれを狙ってたのか!ちゃんときっかけを作ってくれたのか!)立花先輩やべぇ…」 「ん?」 「いや、立花先輩ってやっぱり凄い人だなーって」 「仙蔵は賢いぞ?」 「そうっすね。と、ところでですね、七松先輩…」 「どうした?」 「先ほどの続きじゃないですし、ここは雪山でもないんですけど、地下ってあれですね、寒いっすね」 「全然」 「(フラグクラッシャー…)……私は寒いんですけど」 「じゃあ組手するか?私も暇してたんだ!」 「(フラグなにそれおいしいの?か…)すみません、動くとお腹空いてくるので…。いつまで閉じ込められるか解りませんし…」 「それもそうだな…。何かあったときのために体力温存しとかなければ…」 「で、ですね。私、いいこと思いついてしまったんですよ!」 「なんだ?」 言葉にすると恥ずかしいから行動する。そっちのほうが私らしいし、七松先輩も理解しやすいだろう。 立ち上がり、七松先輩の前に移動して、 「ん!」 両手を広げた。 言葉にするとって言ったけど、行動で示しても恥ずかしかった。 緊張と恥ずかしさで、頭が痛くなるぐらい真っ赤に染まったけど、私だってたまには甘えたいんだ。 七松先輩はポカンとした顔をしたが、すぐに笑って両手を広げてくれる。 「確かにこれなら体力温存できるし、温かいな」 「でしょうともでしょうとも」 「しかし吾妻。お前熱いぞ?」 「し、芯は寒いんですよ!」 「そういうことにしといてやる」 正面から抱きついて、七松先輩の体温を感じる。 それだけで幸せな気分になった。身体は熱いし、心臓バクバク言ってるけど、やっぱり嬉しい。 匂いも、鼓動も、全てが愛しい。 乙女のスイッチが入ってしまった自分がいた。でも離れることができない。離れたくない。 「早く気づいてくれないかなー」 「そうだな。映画見たい」 「あとホラー映画も借りてますもんね」 「あれはお前が勝手に借りたんだろう?私は見ない」 「いやいや、怖くないですから。七松先輩もしかして怖がりなんですか?」 「そんなことないっ。幽霊は殴れないから嫌いなだけだ!ゾンビが出てくるやつならいいのに…」 「洋画のほうが私は嫌ですよ。滅茶苦茶ビックリしますもん」 「それが楽しいんだろう?」 ラッコ抱きをされ、頭に顎を乗せたまま喋る七松先輩と、そんな七松先輩に体重を預ける私。 気づいてほしい気もするけど、この場面見られるのは嫌だなー。でも離れることはしない。折角デレたんだから、もうちょっとだけこのままでいたい。 適当に会話して、笑って、沈黙になって…。 そして私はいつの間にか眠っていたらしい。 目を覚ますと見慣れた天井がうつった。 「私のへや…?っと…」 起き上がろうとすると、後ろに何かがくっついていて、起きることができなかった。 バランスを崩れたので手で支え、後ろを見ると寝ている七松先輩が目に入る。 「いつの間にか寝てたなー…。誰かが来て出れて、そのまま運んでくれたのか」 何だかんだで優しいからね、七松先輩は。 どうやって出れたのか、誰が来たのか解らないけど、ちょっと一安心。 もう一度、今度は向かい合って寝転ぶ。 「もうちょっと羞恥心とかがなくなったら……素直に面と向かって好きって言えるのに…」 七松先輩じゃなかったら、こんな私と付き合ってくれないぞ、きっと。 寄り添って、七松先輩の腕を掴み、自分の上に乗せる。 抱きしめられているようで安心するから好き。 「今日はたくさん甘えれた。明日からまたがんばろ」 心地いい体温に、また意識が飛んでいった。 地下室で千梅が寝ました。 「言いたいことがあるみたいだから、二人っきりで話せる場所を用意してやった。って言われたときは何かと思ったら、これか」 「素直になれない性格と、日頃の疲れやストレスの影響だろうな。大学は忙しいのか?」 「ままならんとは言ってた。バイトも忙しいみたいだし」 「小平太に振り回されてるしな」 「そうでもないさ。ありがとう、仙蔵。協力してくれて」 「いや、いい。面白いものも見れたし、これも脅しに使える」 「あまり虐めてやるなよ。私のだぞ?」 「お前ももう少し素直になることだな。全く、お前についてこれるのは吾妻だけだな」 「まーな!」 (△ TOP ×) |