夢/とある後輩の災難 | ナノ

彼と彼女のすれ違い


「お風呂さっさと出よう」


風呂場も綺麗で驚いた。ちゃんと入っているのか心配になるよもう…。
シャワーを浴びて、入念に身体を洗ってからさっさとあがる。
タオルは洗面所にあったものをお借りして、借りたスエットに手を伸ばそうとして止まった。


「…」


前に漫画で見たのだ。彼シャツ、それは最高に萌えるものである。
見せるつもりはないが、着てみたい!という欲求が出てきて、七松さんが脱いだシャツに手を伸ばして腕を通した。


「ふふふ、でっかい。七松さんの匂いがする」


今の私、かなり変態だ。でもちょっと嬉しい。
手と太ももはしっかり隠れ、自分の七松さんの体格差を改めて実感する。
胸元や袖をすんすんと匂うといつもの七松さんの匂い。何だかホッとするよね…。


「(シャツ一枚ぐらい欲しいなぁ…なんて)」
『千梅、寝てるのか?』
「うわあああああ起きてます起きてます!すみません、着替えてる最中なので入って来ないで下さい!」


声と同時に扉が開いて、心臓が止まった!
慌ててドアノブを掴み、力強く締めてから鍵を閉めた。
こ、こんなところ見られたら「変態だな」って言われる!恥ずかしい!ああもうするんじゃなかった!


「すみません七松さん!すぐに出るので!」
『いや、起きてるならいいさ』


扉向こうの七松さんがその場から離れて行くのが気配で解った。
ふうと息を吐いたあと、急いでシャツを脱いでスエットに手を伸ばす。
シャツを着なくても、スエットも七松さんの匂いがするから…。はぁ…。


「…やっぱりでかい」


上下着てみたが、シャツのとき同様大きかった。
だぼだぼすぎてダサい。というか、動きにくい!
まぁでも折角借りたわけだし…。
鏡に映る自分を見たあと、タオルを持って洗面所をあとにした。


「ありがとうございました」
「あはは!なんだ千梅、その恰好!」
「うう…。でかすぎですよ…」
「まさかここまでとは思わんかった。すまんな」
「いえ、お借りしている立場ですので」
「今度は自分の持って来い。私もお風呂入ってこよーっと」


DVDを見終わり、普段の番組を流していた七松さんは立ち上がって洗面所へと向かう。
静かな部屋に私一人。シャワーの音が耳に届いて、またちょっと緊張する。
ソファの上に体育座りをして膝に顎を乗せる。
さっきまで座っていた七松さんの場所に手を乗せると、ほんのり温かかった。


「にしても動きにくい」


私は動きにくいのは嫌いだ。すぐに動ける恰好が好きだ。
ズボン掴んでおかないと下に落ちるし、引っかかって転びそうになる。
うん、逆に危ないので脱ごう。
ズボンだけを脱いで、上だけになるが、今さっきみたいに余裕持ってパンツを隠してくれた。


「うん、動きやすい」


あと涼しい。家でもこんな軽装だからやっぱりこれがいいよねぇ。
太もも裏に手を回して足を抱え、テレビに目を向ける。
あんまり面白くないかも…。テレビは元々見ないもんね。


「なんだ、下脱いだのか」
「わっ。け、気配を消さないで下さいよ」
「すまんすまん」
「っ七松さんはきちんと着ましょうよ!」
「お前も着てないだろ?」


不意打ちの言葉に驚いたあと、七松さんを見ると上半身裸のまま立っていた。
タオルを首にかけ、下はスエットをはいている。これは目のやり場に困る…!
私の言葉を無視してソファに座って、頭をガシガシを拭き始める七松さん。
でもなぁ……いい筋肉してるんだよねぇ。


「(やばい……。この身体に抱きしめられると思ったらまた恥ずかしくなってきた…。なんだもう、私は欲求不満女か!違うよ、ただ七松さんが好きなだけなんだ。経験がないからパニックになってるだけで……。そう、慣れたらきっと大丈夫。慣れるまでの辛抱だ。って、慣れるまで大変やないかーい!無理だよ、慣れるわけがない、恥ずかしい。でも夕食食べて、お風呂入ればもう……うぎゃあああああ!想像しただけで死ねるとか!……まだ希望が残っている。そうだ、諦めるな千梅!今日はしないということもある!そうだ、そうだ。泊まるイコール、ヤるじゃない!そんな中学生思考回路は捨てよう!)七松さん、セックスします?」
「は?」
「……」


うわあああああ!今私なんて言ったよ!?なんて言った!?はぁ?!
死にたい!今すっごく死にたい!何で「セックスしようぜ!」なんだよ!意味わかんねぇよ私!パニックになりすぎだろ!冷静でいようとしたけど、なれなかったよちきしょう!
真っ赤なのか真っ青なのか解らない顔で、隣に座っている七松さんを見上げている。
冷や汗どころか脂汗まで出てきてた。
逃げ出したいのに身体が硬直して動かない。目も離すことができない。


「なんだ千梅。したかったのか?」
「違います!すみません、台詞を間違えました!」
「そうか。しかし面白いテレビはないなぁ…」
「…」


あれ?なんか思っていたより普通だぞ…?
七松さんは何事もなかったかのようにテレビに視線を戻した。
再び沈黙が流れる中、ぎゅっと自身の身体を抱きしめて私もテレビに視線を向ける。
内容は頭に入らない。七松さんの行動、台詞がなんだか………寂しかった。
自分の言ってることと、気持ちと、行動が追いつかない。


「(やっぱり私に色気がないからか…。ヤるのが嫌なんじゃなくて、恥ずかしいだけで……触れて欲しいとは思うのに、何もないし…。逆に開き直ろうか。ヤるつもりはないみたいだし、引っ付いて甘えよう)」


ソファの端っこに身を寄せていたのをジリジリと近づき、肩が腕に触れた。
お風呂あがりもあって、かなり温かかった。


「(体温気持ちいー)」


思わず頬が緩んだけど、すぐに元に戻してテレビに集中。
ぽかぽかと温かいし、気持ちいいし…。うん、七松さんの横は安心するなぁ……眠たい…。
瞼が重たくなって、「先に寝ますね」と告げる前に意識を手放してしまった。
夢か現実かの狭間で、


「馬鹿者」


と罵られたような気がした。


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