夢/とある後輩の災難 | ナノ

お久しぶりです、初めまして


「またお前か…。しつこいな」
「……」


空回りしすぎた!
まずは七松先輩に顔を覚えてもらおうと頑張り、次に名前を憶えてもらおうとしたら、鬱陶しい存在へとなってしまった!
三郎には怒られ、先輩たちにも溜息をつかれてしまった…。
心底鬱陶しそうな顔で私を見ないでほしい。そんな顔見たくない。


「今日も…いいバレー日和ですね!」
「バレーをしないお前には関係ない」
「…すみません」
「謝るぐらいなら私に話しかけてくるな。意味解らん」


溜息とともに言い放ち、私の前から去って行く。
そのあとすぐに新しい彼女らしき名前を呼んで、どこかへ向かった。
あれから、七松先輩の噂を聞いたけど、食満先輩と伊作先輩が言う通りの人だった。
この三年間の間に百人斬りでもするんじゃないかと言われるほど、彼女の入れ替わりが激しい。
早い場合、その日に付き合ってその日に別れるらしい。なんてこったい。
それでもいい寄る女の子がいるんだから不思議だ。女の子もヤれたらいいのかな…。
でも人気なのは確かだ。バレー試合には熱狂的な女の子ファンが応援にきてるし。…勿論私もこっそり覗いたけどさぁ。
ああ…これじゃあまるでストーカーだ…。


「一途すぎるのも考えようだな」
「すみません、三郎さん…」
「でもさ、七松先輩って千梅のこと毛嫌いしてない?」
「あー、それ思った。なんか…最初からあまりいい印象を持ってなかったよな?俺の勘だけど」
「え、そうなの?私もうダメなの?結構頑張ってんだけど…」
「その頑張りのせいでもっとダメになってんだよ、このストーカー」
「止めて三郎!グサッとくる、グサッと!」


昼飯は大体四人で一緒に食べながら七松会議を行っているのだが、なかなか…。
因みに兵助と勘右衛門は優等生なので校舎が違う。滅多に会えないけど、会うたびに優しい言葉をかけてくれるいい奴ら。
屋上はいい天気だった。寧ろ最近は暑すぎて利用する人が少ない。教室のほうが冷房利いてるから涼しいもんね。


「そろそろ夏だと言うのに…。これじゃあ夏休み楽しい気分で遊べないよ」
「だから、もう少し考えろって言ったんだ。これだからバカは嫌いなんだ」
「うえーん、らいぞぉおお!三郎がどんどん私を傷つけるよぉ!」
「三郎、あまり怒鳴ってやるなよ。千梅だって頑張ってるんだから」
「でも雷蔵…。こいつ…!」
「吾妻、三郎もお前のこと気にかけてんだ。忠告ぐらい聞こうぜ」
「竹谷…。……ってこれあれだね、家族みたいだね。雷蔵がお母さんで竹谷がお父さん。んで三郎がお兄ちゃん」
「お前みたいにバカな妹がいたら恥ずかしくて外に出せん」
「辛辣だなぁ…。あっ、ゴミが…」


悲しいことがあっても、こうやって愚痴を吐き出せるし、遊べるしで、感情を誤魔化すことができる。
そうじゃなかったらもうダメだったかもね。仲間と先輩たちがいなかったらきっとここから逃げ出していた。いや、嫉妬で発狂していた?怖いわぁ…。
冗談を言い合ってる途中、風が吹いてパンが入っていた袋がコロコロと飛んでいくのが目に入った。
屋上を少しでも汚したら利用できなくなると言われているので、飛んで行くゴミを追いかける。


「っと!全く、私から逃げるなよな!」


屋上から落ちる前になんとか捕まえることができて、ふと顔をあげるとタンクと壁の隙間に人影が見えた。
その場からさっさと逃げ出せばいいのに、私は呑気に首を傾げてそれが何かをジッと見つめる。


「ッ!」


だけどすぐにゴミを握りしめ、その場から逃げ出す。
いたのは七松先輩とその彼女。そこまでハッキリ見たわけではないが、そんなところで男女がやることと言えば一つしかない。
心臓が一瞬止まったものの、三人の元に戻ることができて、無言で腕を掴んで屋上から逃げ出す。
目が合った。横目だったけど、絶対に合った。嫌だ。見たくなかった。


「お、おい吾妻?どうしたんだ?」
「どうしたの千梅?まだお昼ご飯途中だし、ゴミ置いたままだよ」
「待て雷蔵。……おい、顔色が悪いぞ」
「ごめん……。気分悪いからちょっと保健室行ってくる…」
「大丈夫か!?俺もついて行くぞ!」
「大丈夫、ちょっと今月生理が強くて…」
「そうか、生理か!……そ、そういうことは言葉にすんなよ!」
「ごめん」


本当に気分が悪い。まともに立ってることができない。
フラフラとした足取りで保健室に向かう途中、チャイムが鳴った。
三人が屋上に戻って、七松先輩が出てきたら解るだろうか…。
それはやだなぁ…。きっと三人のことだ、気分を悪くさせる。
三人は優しすぎる。七松先輩も悪くない。だけどもやもやする。


「泣かない…まだ泣かない…」


そうだ、まだたった数ヶ月だ。時間はもう少しある。頑張れ、負けるな。
保健室のベットに潜り込み、無理やり眠りについた。


「―――吾妻、大丈夫かー?」
「……んー…竹谷かー…」
「お前、昼の授業全部寝てたぞ」
「あ、やばい…」
「もっと言うなら、俺も部活終わった」
「そんなに寝てた!?」


竹谷の言葉に勢いよく身体を起こして涎を拭う。
うっわ、そんなに寝ていたのか…。余程疲れてたのかな?それとも精神ショックが強すぎて?
昼間のあの光景を思い出すとまた暗くなってしまうので、無理やり捨て去ってベットから降りる。
部活が終わった竹谷は、なんとなく私が気になって教室に戻ると鞄が残っていたので持って来てくれたらしい。
いい奴だ。何でこいつに彼女ができないのか不思議でならない。
制服と髪の毛を整えたあと、竹谷から鞄を受け取って保健室をあとにする。
保健の先生には「吾妻さんいたの!?」と何故かビックリされた…。そんなに静かに寝てたのかな?


「夏だからまだ明るいね」
「夏はいいな!暑いけど楽しい!」
「お前は夏男って感じだよなぁ…」
「あとアイスがうまい!つーことで吾妻、アイス奢ってやるよ!」
「マジで!?じゃあハーゲンお願いします!」
「うむ、今日だけだぞ」
「きゃー、竹谷愛してるー!」


学校近くにあるコンビニに寄るため、普段通らない道を歩く。
昼間のことは触れてこなかったので、多分見てないんだと思う。それか見たか…。
どっちにしろ触れてこないなら私も喋るつもりはない。
大丈夫、私は大丈夫。誰も悪いことなんてしてない。片思いなんだからしょうがない。振り向いてもらえるよう頑張ろう。
そう思いつつ竹谷とくだらない話をしていると、向こう車線に七松先輩と彼女を見つけて足が自然と止まった。


「吾妻?」
「…」


彼女が腕を絡め、楽しそうに笑っている姿は悔しいけど、お似合いだと思ってしまった。
彼女も綺麗だし、七松先輩も楽しそうだし、幸せそうだ。
そもそも、七松先輩を置いて死んでしまった私がもう一度七松先輩と一緒になるなんて厚かましすぎる。


「七松先輩…」


竹谷も気づいたようで、声を潜める。
見たわけではないが、なんとなく眉間にしわを寄せているのが解った。
ごめんな、竹谷。お前たちを巻き込んで。


「吾妻、大丈夫か?」


大丈夫だなんて言ってたけどね、そろそろ限界だ。


「大丈夫、じゃない……。もう疲れた…」


ごめんな、都合よくお前を利用して、甘えて。
優しく声をかけてくれる竹谷に甘え、寄り添って制服を掴む。
皆の前では泣きたくない。けどもう限界なんだ。
何で私じゃないんだ!何で記憶を取り戻してくれないんだ!また私を見て下さい!自分勝手な言い分だけど、私はあなたに愛されたい。


「っわ!?」
「え?」
「―――」


制服を掴んでいた手首をガシッと掴まれ、強い力で竹谷から引き離された。
引き離したのはガードレールを乗り越え、わざわざこっちまで来た七松先輩。彼女は向こうにいるままで、七松先輩を呼んでいる。
私と竹谷も驚いているが、一番は七松先輩が驚いていた。
首を何度か傾げ、自分の行動を理解できてない。


「あの…」
「―――何で竹谷に甘えてんだ?」
「え?それより名前…何で…」
「それとも昼間のあてつけか?」
「は?」
「っ!それは七松先輩でしょう!?いい加減吾妻を傷つけるのやめてください!」
「おい竹谷!」
「勝手に傷ついてるのはこいつだろ?私は何もしてない」
「あんた一人だけ記憶がないとかずるいんだよ!逃げてんだろうが!?」
「竹谷ッ、落ち着けって!な?」


私を掴んでいる七松先輩の胸倉を竹谷が掴む。
三者から見れば異様な光景で、下校帰りの生徒たちが私たちを遠巻きで見ながらこそこそと話している。
でもそんなことどうでもよく、何故かキレた竹谷を止めるのに精一杯。


「記憶記憶とお前もうるさいな…。それに私は逃げてない」
「逃げてんじゃねぇか!あんたが吾妻を殺したこと、俺らもずっと怒ってんだからな!」
「……は?おい、竹谷…?お前…」
「気味の悪いことを言うな」


私から手を離し、竹谷も振り解いて何事もなかったかのように帰って行く。
彼女が七松先輩を追いかけたけど、止まることなく進んで行き、姿を消した。
七松先輩の行動と言葉は意味が解らなかったけど、それより竹谷の言葉のほうが気になった。


「…お前ら、怒ってないって言ってたよな?」
「……怒らないわけねぇだろ…っ。俺たち忍者だったけど、友達だぞ…!」
「竹谷…」
「解ってる、七松先輩のせいじゃない。忍びだと割り切ってたけど、ダメだ…。俺らもダメなんだよ…クソッ!」
「何でお前が泣いてんだよ。ほら、ない胸貸してやるから飛び込んで来い」
「吾妻…!頼むから今度は幸せになってくれ…。俺たちも早く七松先輩を許したいんだ…っ」


あぁ…だから皆協力的なのか。お前たちの中でも終わってなかったんだな。
どういう人生を歩んできたんだろうな…。それも気になるよ。聞かないけど。
私よりでかい身体で泣き続ける竹谷を下から抱きしめてあげると、抱き返され当分の間涙をこぼし続けた。


「竹谷…頼む、鼻水だけは止めてくれ」
「もう遅い、悪い」
「死ねよもう…」


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