夢/とある後輩の災難 | ナノ

物語りの終わり その二


次に目を覚ましたのは明け方。
普段と比べたら睡眠時間は圧倒的に短いが、戦場の睡眠時間としてはかなり長いこと寝てしまった。
固まった身体をほぐして、水を一杯飲んでから組頭を探すと、まだ起きて他の先輩たちと何かを話していた。


「おはようございます」
「おはようございます、吾妻さん。もう大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」


昨日のお礼をきちんと言ってから、今日自分のやることを聞くと七松先輩が上から現れた。
吃驚はしないものの、あまり心臓にいい行動じゃない…。
間を置いて挨拶をしたあと、笑顔を私に向けて答えてくれた。


「組頭、今日の前線に千梅を連れて行っても大丈夫ですか?」
「それは構いませんが…。でも吾妻さんは「大丈夫です!七松先輩の動きなら誰よりも私が知ってます」
「今日でケリをつけたいのです。もう四の五の言ってる場合ではないですし、私もさすがに疲れました」


そうは言ってもケロリとした顔の七松先輩に、「化け物だなぁ」と心の中で笑う。
七松先輩は学園時代からずっと追いかけてきた目標だ。一緒に鍛錬してきた。
誰よりもあの背中に追いつきたいと願って頑張って、追いかけてきたんだ。解らないわけがない。


「そうですか。ですが、無理はしないでくださいね」
「御意!」
「御意。七松先輩、宜しくお願いします」
「おう。しっかりついて来いよ!」


嬉しいです、七松先輩。忍びとしての最後をあなたと共にできるのが、とてつもなく嬉しいのです。
あ、もしかして私が今日で忍びを辞めることを勘で解ってるのかな?だとしたら本当に化け物だ。
吐き出すものも吐いた。今日は口布を二重に巻いて向かおう。


「いいか千梅。お前は私の後ろにいて、援護してくれ。それだけでいい。無駄なことはするな」
「解りました」
「では行くぞ」
「はいっ!」


今日の戦が始まる。ほら貝が鳴り響く。
何本か多めに苦無を身体に仕込んだあと、七松先輩の背中を追いかける。
七松先輩、私は今あなたの隣に立てているでしょうか。背中を任せられたということは、認めて下さったということでしょうか。


「(嬉しいなぁ…嬉しいなぁ)」


あまりの嬉しさに、血の匂いをかいでも気分が悪くなることはなかった。全神経を研ぎ澄ましているからかもしれない。
ひたすら七松先輩の邪魔をする兵士をいなし、倒し、殺していく。
人を殺しているというのに顔がニヤけているのが解る。七松先輩も何だか楽しそうだ。どうやら私は役に立っているらしい。
しかし、敵陣営に近づくたびに動きがよくなっていく七松先輩に私の反応が次第に遅れはじめる。
ああ……やはり私だとダメなんだろうか。
嬉しかった気持ちが、焦りへと変わっていく。


「ぐっ…!」


七松先輩から離される。待って下さいなんて言えない。私を信頼して、一緒にと誘ってくれた七松先輩の期待に応えたい。


「(七松先輩は…っ、後ろを振り向いちゃダメなんだ…!)」


だから頑張れ、千梅!頑張れ!
殺すことはできても、七松先輩との距離が離され、追いかけることが困難になる。
七松先輩は気づいていない。待って下さいと心で叫んでも、勿論待ってくれない。
どんどん離れて行く七松先輩と、増える敵。
ほぼ敵陣ど真ん中だ。小娘一人で倒せるわけがない。
お腹の子供を守るように動くから、いつものようにも動けない。それに加え、睡眠不足と体調不良。おまけにご飯もまともに摂ってない。


「死ねッ!」


敵の声にぼんやりしていた意識が戻って、殺される前に殺す。
なのにお腹が痛むのは何でだろうか。
その瞬間だけ時間が止まったように感じ、自分の腹部に視線をおろすと、背中から槍が貫いていた。


「―――げふっ…」


そのあとは順番に死へと向かった。
血を吹き出し、膝をつき、地面に倒れ、槍を抜かれて大量の血が噴水のように空を染めていく。
震える手でお腹に手を伸ばすと、やっぱり穴が空いていて、涙がこぼれた。


「ごめんなさい。ごめんなさい…守れなかった。ごめんなさい……こへ、た…」


次第に暗くなっていく視界の中、何度も謝罪をした。


「終いだ」


敵大将の首を跳ねて、首を敵に見せつけると誰もが膝をついて泣き始めた。
私たちの勝ちだ!
ほら貝が鳴り響いて、この戦は早々に終わることができた。
なんとなくだけど、この戦は早々にケリをつけたほうがいいと思って、多少無茶な作戦をしてしまった。
だけど、千梅は強い。私の背中を任せられるのは、長次たちの他に千梅や竹谷たちや委員会の奴らだけだ。
千梅も嬉しそうだった。その顔を見れただけで疲れていた身体も回復して、力が溢れてきた。
途中から気配が消えたが、どこに行ったのだろうか…。
あいつは体力がないからな。どこかで迷子になってるかもしれん。
あとから来た仲間の兵士に大将の首を渡したあと、千梅を探す。
小さいからすぐに解ると思ったのに、千梅を見つけることができなく、結局自陣に戻って来てしまった。
組頭なら知っているかと思い、組頭を探そうとしたら背後から泣き叫ぶような声で名前を呼ばれた。
振り返ると血と土で汚れ、傷だらけの篤彦が立っていた。何故か、鬼の形相で涙を流しながら。


「どうした篤彦」
「お前が死ねばよかったんだ!」


真っ赤に染まっている手で私の胸倉を掴み、擦れる声で怒鳴る。
篤彦の言葉を全て理解する前に、とある一角に向かう。仲間が死んでしまい、連れ戻された場所に向かう。


「―――千梅?」


いるなんて思ってなかった。いるわけがないと思っていた。いるなんて想像もできなかった。
だけど目の前には確かに千梅がいる。白い顔をしていたが、静かに寝ているように見えた。
きっと名前を呼べば起きると思って近づこうとするのに、足が動いてくれない。
全身から血の気が引いて、身体も冷たくなっていく。でもこれ以上に千梅のほうが冷たいんだろうと思うと、今度は汗が滲んできた。


「何で吾妻を前線に連れて出たんだ!何で置いて行った!何で守ってやらなかった!お前は吾妻だけじゃなく、子供も殺したんだぞ!」
「……子供?」
「あいつが言ってたんだ!ややこを授かったって!だからずっと体調が悪いって!何で気付かないんだよ!いつもだったらうざいぐらい気が付くのに!何が守ってやるだよ!何も守れてねぇじゃねぇか!」


篤彦の言葉が頭に入らない。
子供ってなんだ?子供がいたのか?私の子を授かっていたのか?何で言わなかった?
千梅の顔から視線を下にうつすと、腹や胸に穴がいくつか空いていた。
心臓を刺され、腹を刺され、ああこいつは死んだんだと冷静な脳みそで千梅を観察している。
私に怒鳴る篤彦を先輩方が連れて行き、私一人その場に残された。


「…」


何も言えない。言えるわけがない。謝罪もできない。約束を破ったのは私だ。許してくれとも思わない。


「だから起きてくれないか」


涙を一粒も流さない私は、冷たい人間なんだろうか。
こうして、私の物語りは終わりを告げた。


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