夢/とある後輩の災難 | ナノ

物語りの終わり その二


七松先輩とこれから一緒に暮らす家があるとは言え、まだその家には住んでいない。
戦が忙しい今、そちらに戻れない。時間が勿体ない。
もう少し落ち着き、私が忍者を辞めたらそこに住もうと思っている。式もそのとき。
でも、結婚してからも七松先輩はお城にいると思う。世の中が落ち着こうとしないのだ。
だから、たまに帰ってくるのを山の中で待っていようと思う。
寂しいし、やること限られてくるから嫌だけど、仕方のないこと。
せめて子供がいたら楽しいんだろうなぁ。


「……まさか…?」


と思ってたら、体調に異変が起きた。
いつものように用意された朝食を食堂で取ろうと向かったら、美味しい匂いに気分が悪くなって厠へと駆け込む。
このパターンはアレしかない!しかも相手は七松先輩だ!


「…あの夜一発で孕ますの、さすがだわぁ…」


吐き出したものの、吐き気は消えない。
暫くの間厠にこもっていたが、就業の鐘が鳴って外に出る。
歩くと軽い眩暈に襲われ、一度しゃがむ。
こんなに辛いものなのか?
母親に聞けないし、女の友達なんていない…。うわ、改めて口にすると寂しいな。


「おい吾妻、何してんだ?早く行かないと組頭に怒られるぞ」
「篤彦先輩ぃ……ちょっと気分が悪くて…」
「あ?風邪か?」
「違うです。多分ややこを授かって…」
「………ハッ!?」
「ですから、ややこができてですね…。多分ですけど」
「おまっ…!え、っ!ハァアアア!?い、医療班呼んでくるから待ってろ!」
「そこまではいいです。それより少し遅れると伝えてもらえますか?あ、子供云々は言わないでくださいね」
「わ、解った……。大丈夫か?」
「いいから行ってくださいー。あとで組頭に怒られるのはイヤですー」
「そっそうだよな…!よし、行ってくるからゆっくりしてから来いよ!」
「ありがとうございますー」


一度食堂に戻って、水を頂いてから体調を整える。
うん、なんとか元に戻ったかな。まだちょっと気分悪いけど、大丈夫だろう。
組頭の元に向かうと、「大丈夫ですか?」とかなり深刻そうな顔で心配されたが、……篤彦先輩はどんな風に言ったんだろうか…。


「大丈夫です。それより何の準備ですか?」
「戦です。いきなりですが戦を始めることになったので、吾妻さんも準備を手伝ってもらえますか?」
「解りました」


戦、か。また戦だ。
ここ最近、我がお城でも戦を頻繁に行っている。
兵士以上に裏で動き続けている忍びの体力もそろそろ限界だ。
皆黙々と準備をしているが、もう喋る元気もないんだろう。顔も疲弊している。
それでも頑張る先輩方に尊敬の念を抱いて私も準備に向かう。


「(この戦が終わったら忍びを辞めよう。ややこができたって解ったんだし、潮時だろう)」


ややこがいたらうまく戦えない。だからもう忍びを辞めよう。
元々、どのタイミングで辞めるか悩んでいたんだ。子を言い訳にするのはあまり好きじゃないけど、これで諦めがつく。
よし!今度はこの子を立派な子に育てるよう頑張ろう!
新たな目標ができたあと、自然と力が湧いてきて張り切って準備を終わらせた。
本当にいきなりの戦だったので、その日のうちに戦が行われる場所へと向かい、到着。
さっさと陣営を作り上げ、向こうの情報を探ったり、警戒を行う。


「千梅」
「七松先輩」


七松先輩はここ最近お城に戻って来てなかった。
今はずっと色んな戦場に出ては偵察を行い、何かあったら先陣を切って戦っている。
忍びのくせに戦う七松先輩は、忍びの世界だけじゃなく兵士たちの間でも有名になった。
嬉しいことではないが、派手な七松先輩だからしょうがない。
でも、だからもっと気を付けてほしい。目をつけられ、狙われ、死んでしまうようなことだけは止めてほしい。


「組頭からの伝達だ。お前は向こう陣営に潜入して情報を探って来てくれ」
「御意」
「…何だか嬉しそうだな。何かあったのか?」
「はい、ありました」
「そうか、それはよかったな。だがここは戦場だ、気を抜くなよ。あとは任せた」
「はいっ!」


七松先輩に激をもらい、身体の底からやる気が溢れてくる。
着物に着替えたあと、物売りにやってきた商人たちに紛れて敵陣営に侵入し、目で見て全てを覚える。
侵入調査は私の仕事になっているから、かなり慣れた。
気配を消すのも得意だし、一般の人間に戻るのも得意だ。
だからって油断したらダメ。七松先輩にも言われただろ。
一般人のフリをしながらも目を光らせ、商人が移動するとき私も移動し、姿を消す。
自陣に戻ってからもすぐに先輩たちや組頭に接触することはしない。
もしかしたら敵がここに潜んでるかもしれないし、私の顔を覚えられるのも困る。
このお城にはくノ一はいないと思われてるんだから、それを利用しない手はないからね。
誰にも見られていないのを確認したあと、組頭に向こうのことを伝え、忍務終了。


「吾妻さん、体調が悪いのは知ってますが戦場にも出れますか?」
「勿論です。元々戦忍び志望なので使って頂けると嬉しいです」
「すみません。負傷された方が多くて…」
「…」


何度も言うが、戦の回数がかなり増えている。
ということは、死んだ仲間もいれば、怪我をした仲間もいる。
だから足りない。この忍び隊で一番実力が低い私に頼むほど足りない。
素直に使ってもらえることを喜んだが、あまりいいことじゃない。
この戦勝てるのだろうか。という不安が一瞬過ぎったが、すぐに首を振ってその考えを捨てる。


「後方で私たちの援護をしてください。あまり突っ走らないように」
「はい、気を付けます」


昼過ぎ。ほら貝が鳴り響いたあと、雄叫びがこちらの陣営まで届いてきた。
こちらも負けじと雄叫びをあげ、戦の開始。
組頭や七松先輩たちは兵士と一緒に先陣をきって戦っている。
それを支えるのが私たちの役目。
土埃が舞い、血の匂いが後ろにいる私たちのところにまで届いて気分が悪くなった。
ダメだ、堪えろ…。今はダメだ…頑張れ…っ。
胃が焼けるようだった。血の匂いをかいでる限りきっとよくならない。でも逃げ出すことなんてできない。


「撤退!てったーい!」


夕方になる前に今日の戦は終了し、皆引き上げて行く。
怪我をした兵士や忍びたちを回収しながらも、吐き気と戦い続け、ようやく休める時間に全てを吐き出すことができた。
朝から何も食べてないから、水分しか出てこなかったけど、これは辛い…。喉も胃液で焼けるようだ。
どうやら私はつわりが強いらしいな。ならない人はならいってどっかで聞いて、「私ならないな!」とか言ってた気がする…。


「はぁ…」


忍びに夜なんて関係ない。寧ろゴールデンタイムだ。
だから休むことなく働かないといけないのだが、私の顔色を見た組頭は「休みなさい」と言って、布を一枚くれた。
そこは素直に従い、明日の戦のために体調を戻すことに専念した。


「(あ、七松先輩の顔が見たい…)」


そうは思ったものの、身体は動かなかったので大人しく眠りについた。



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