夢/とある後輩の災難 | ナノ

夢への第一歩


季節は巡り、私と吾妻が学園を卒業してから数年が経った。
世の動きも大きく変わり、どこでも戦が行われるような時代になってしまった。
仕事があることは不謹慎だが、私たち戦忍びにとっていい世の中だと思う。
ただ、困ることもある。
吾妻のご両親に挨拶をし、吾妻も私の両親に挨拶してからは結婚の準備をゆっくり進めていっている。
嬉しい反面、何だか落ち着かない。
吾妻がやわな奴じゃないのも解ってる。前に敵に拷問されてから、あいつを守ってやるとも誓った。
それでもあいつが何かをするたびに気になっていまう。
私らしくないと思いつつも、この幸せを大事にしようと強く思う。


「静かでいい場所ですね!」


忙しい中だが、なんとかできた休息の日に、吾妻ととある山にやって来た。
麓へは私の足を使ってもかなり時間がかかるほどの山奥。山田先生の実家と同じくらいの秘境と言ったほうが解りやすいか。
その中に似つかない一つの家。大きくもなく小さくもないこの家が、私と吾妻の家になる。


「吾妻、本当によかったのか、こんな山奥で」
「もし敵に狙われたとき、街中だと動きづらいでしょう?それに、あんな人がたくさんいるところだと気配が気になって寝れないかと思いまして」


口には出さないが、どちらも私を想っての言葉に、「そうか」とだけ返す。
素っ気ないように聞こえるかもしれないが、その言葉しか出てこないのだから仕方ない。
それに、わざわざ口にしなくてもこいつには全部通じる。…気がする。
まぁ通じてなかったらここまで付き合わんよな!


「家というのは、休む場所です。私はそういう家庭にしたいので、山奥でいいのです。あと、子供もたくましく育ちそうですしね」


子供の部分は照れくさそうに笑いながら言うあたり、こいつは昔から変わらないんだと安堵する。
勿論変わった部分もある。
髪の毛は伸びたし、より女っぽくなった。身体自体も丸くなったし、胸も育ったとなんか喜んでたな。
それと同時に、たまに見せる悲しそうな顔をよく見せるようになった。
もうどうしても強くなれないと実感しているんだろうな。
仕方のないこととは言え、なんとかしてやりたい。強くなってほしいと思う。でもどうしても無理なんだ。


「そうだな。野生の動物も出るらしいから食料には困らんぞ」
「一緒になってからもサバイバルは続くんですかー」


まるで学生のころだと楽しそうに笑う吾妻につられて私も笑うと、吾妻はもっと笑って隣に寄り添って来た。


「あとは鍋とかを揃えるだけですね」
「もうちゃんと揃えてるさ」
「……早くないですか?」
「父上と母上が張り切って、兄上二人も手伝ってくれたらしい」
「あとできちんとお礼言わないと」
「だから今日からここに住めるぞ」
「それは嬉しいですね。ではお言葉に甘えてゆっくりしましょうか」


持つべきものは行動派な両親と兄たちだと思う。
吾妻と一緒に家に入り、適当に中を見て回って囲炉裏の前に座る。
そわそわする吾妻を見て笑うと、「落ち着きませんね」と素直に答える。
お茶を淹れはじめる吾妻に適当に話題を振った。
仕事のこと、家族のこと、友達のこと、学園のこと…。
盛り上がったのは忍たま時代のこと。
吾妻が知らないことを話すと楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれる。
逆に知らないことを話され、吃驚した。吾妻も相当やんちゃなことをしているよな。


「もう夜ですね」
「夕食は食いそびれてしまったな」
「今から山の中に入るのは危険ですよ」
「仕方ない。早いが寝るか」
「あ、その前にお風呂沸かします。登ってくるだけで汗をたくさんかきましたからね…」
「着替え持ってきてよかったな」
「最近暑いですから…」
「薪作ってくるー」
「お願いします」


家から少し離れ場所で木を伐採して、薪を作る。
それだけで汗が溢れ、服を脱ぎ捨てる。きちんとあとで回収しないと怒られるな…。
ここで暮らすなら困らないように薪も作らないといけない。
「鍛錬になります」って言ってあいつがやりそうだが、これはかなり負担だ。
ぼんやりと近い将来のことを考えながら今日必要な分だけの薪を持って戻ると、吾妻が笑顔で迎えてくれる。


「…」
「七松先輩?」
「いや、くすぐったかった」
「え?あ、薪ありがとうございます。すぐに沸かしますねー」


私の手から薪を取って、湯を沸かしに戻る。
部屋には既に布団が敷かれており、着替えも布団の上に置かれていた。
城に務めてからも雑用をしていたから、用意周到だなぁ…。
いや、よくよく思い出せば忍たま時代から結構細かいことに気付く性格だった。
ああ…仙蔵にも言われたっけ?「小平太に関してのみだが」と言われたような、…どうだっけか。


「七松先輩、お風呂湧きましたよー」
「おー」


呼ばれてお風呂へ向かう。
少しぬるめにしてるから、私に合わせて熱くしてくれると言うので素直に頼んだ。
夏が迫っているが、やはり風呂は熱いのがいいな…。身体が休まる。
「もういい」と言えば、返事をして家の中に戻って行く。
一緒に入れば時間の短縮になるのに何で入らないんだろうな?私が言わなかったからか?
そう思って吾妻の名前を呼んで誘うと、「明日の準備をしておこうかと思いまして」と断られた。


「手拭いも準備してくれてるんですね…」
「だから言っただろ。すぐに住めるって」
「さすが七松家ですね」
「湯が冷める前にお前も温もれ」
「はい。頂きます」


風呂からあがると、着物の袖を紐で縛って、髪の毛もまとめている吾妻が外から帰ってきた。
何をしていたのか気になって外に出ると、見えにくい位置に警戒線が張られているのが見えた。
単純な罠もいくつか仕掛けられており、言葉を失う。
私がする前にするとは…。後輩として成長したと喜んでいいのか、嫁としてよくやったと褒めてやるべきか。


「いただきましたー」
「早かったな」
「今日はもう眠たいんです」


きっと湯が冷めているんだろう。
言えば私も沸かしてやったのに。
きっと「薪が勿体ない」って言うんだろうな。別に大したことじゃないのに何を遠慮するんだろうか。
そこまで遠慮しなくても、余裕はある。


「忍術学園に入学したがるだろうから、お金は大事にしないとです」


なんだろうなぁ…。色んな意味でたくましくなる吾妻に言葉を失って笑うしかなかった。
髪の毛をしっかり拭いて、「さて」と布団に上に移動する吾妻。


「七松先輩、明日は何しますか?」
「そうだなぁ…。この山をしっかり見たいな」
「いいですねー。…っていうか七松先輩、髪の毛しっかり拭いてくださいよ!風邪引きますよ!」
「ここ数年引いてないが?」
「それはそれで怖いですね。でもちゃんと拭いてください」
「……」
「七松先輩、聞いてますか?」
「なぁ吾妻。お前はいつになった私の名前を呼ぶんだ?」


自分も七松の性を名乗ることになるのに、私をその名で呼ぶのはおかしい。
ここが城ならおかしいことではないが、今は二人だ。違和感しかない。
私の言葉に吾妻はあからさまに戸惑い始め、「え、え…」と同じような言葉をもらす。
蝋燭の灯りしかないのでハッキリとは見えないが、困った顔が見れて笑みが口元にこぼれた。


「そ、それを言うなら七松先輩だって私のこと名字のままじゃないですか」
「千梅」
「……あー……あーっ!七松先輩なんて嫌いだ!」
「名前ごときに照れるお前のほうがおかしいだろう?」
「乙女なんです!私、乙女なんです!」
「それは………」
「変な顔しないでくださいよ!」


枕を投げつけられたので顔に当たる前に取ると、悔しそうに「もう!」と布団に横になる。


「で、名前は呼ばんのか?」
「千梅は寝ましたー」
「嫁は夫より遅く寝て、早く起きるもんだ」
「私はそんな立派な嫁にはなれませんー」


背中を向けて寝ようとする千梅が昔の幼かった千梅に見えて、何だか安心する。
楽しくなってきたので、千梅の布団に移動して左右に両手をついて逃げ場を奪う。
若干千梅にのしかかり、


「千梅、起きてくれ」


と、こいつに聞かせたことのない声を浴びせると思った通りの反応をしてくれた。
意味の解らないことを言っては逃げようとする千梅の、手首を掴んで抑えると、真っ赤に染まった千梅が下から見てくる。


「……」
「…」


何で沈黙が流れたのか解らなかったが、すぐに解った。


「そういえばしてなかったな」
「喋らないでください!」


長いこと一緒にいるというのに、未だに抱いてなかったと笑って言うと千梅は怒鳴る。
だから、何でお前はこういうのが苦手なんだ。
夫婦になるということはそういうこともするだろう?子供は、やることやらないとできないだろう?
生きるものであれば誰しもがする行為だ。恥ずかしいことじゃない。
そう言っても千梅は「そうじゃない」と否定する。


「もうっ、七松先輩のバカ!乙女心解って下さいよ!」
「サラシで歩き回るお前が乙女に見えん」
「好きな人の前と、どうでもいい人の前だと違うんです!」
「それが解らん。私以外に見せるな。そっちのほうが腹立つ」
「そっ……………すみません…」
「解ったならいい。じゃ、ヤるか!」
「ヤりませんよ!」
「何で!」
「心の準備ができてないからです!」
「それじゃあ理由にならん!」
「だって恥ずかしいじゃないですか!綺麗でもない身体ですし、女の子らしくないし、自分の声とかっ…!そもそも…どう動いていいか知りませんよ…。房術の実技やってませんし…知識だけじゃ…」
「別にそのままで構わんだろ」
「七松先輩はいいかもしれないですが、私は何だかイヤです」
「じゃあ他の、それこそどうでもいい男に抱かれて勉強するのか?」
「それは……。……っああああ!もういい!私も女です、さぁこい!」
「色気のない台詞だな」


思わず笑うと千梅は困ったような表情に変わり、身体に無駄な力を込めた。
今までこいつを抱きたいと思わなかったのは、抱かなくても隣にいるだけで十分だったからだ。
だからか、いざ抱くとなるといつもより、誰よりも興奮した。


「っう…」


額に接吻しただけでビクリと震える千梅に笑いが止まらない。
ゆっくり、時間をかけようと思い、一度千梅から離れて蝋燭の灯りを消す。


「七松先輩…?」
「顔を見られたくないんだろう?」
「…お願いですからこれ以上私を殺さないでください」


両手で顔を隠して、「うわあああ!」と色気のない悲鳴をあげる千梅。
横目で窓の外を見ると、月が雲で隠れていた。
そろそろ雲から月が覗くだろう。そしたらきっと見える。
月の明かりに気付いてない千梅に「バカだな、お前は」と言うと、「バカですみません」と返ってきたが、きっと意味を知らない。


「千梅、最後にもう一度聞こう。ヤるぞ」
「女に二言はありません。こい!」
「色気がない。もう一度」
「なんですかそれ…」


だってなぁ…初めてヤるんだから、雰囲気も楽しみたいだろう?
千梅の上に跨って、あまり期待できないであろう千梅の台詞を待つ。
春本の見すぎだから、あきりたりな言葉を言うんだろうなぁ。まぁ「こい」よりマシか。


「い、一度しか言いませんからね…」
「解った解った」
「……」
「千梅?」
「小平太、さん…。ややこが欲しいです。あなたの子が欲しいです」
「…」
「…だ、ダメですか?私にはこれが限界ですよぉおお!もう止めましょうよぉ!」
「千梅、十分だ」


自分でも目が細くなったのが解り、千梅の目が見開いて「やっぱり待って下さい」と口を開いた瞬間、全てを奪ってやった。


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