▽ 狼くんな彼氏のお話 数頭の狼に囲まれ、ブラッシングをしているハチの隣に腰をおろし名前を呼ぶと、こちらを見ずに「何だ」と答えた。 「ハチ、狼貸して」 「俺はいつでもお前のもんだぞ」 「狼って自覚あるんだ。そうじゃなくて、そっちの子」 「っち。おう、別にいいぜ。どうすんだ?」 「一緒に寝る!」 「おお、いいぞ」 ブラッシングを終えた一頭の狼に近寄り、「枕にさせてください」と頭をさげると、狼は鼻で鳴いたあと顎を地面につけて寝る体勢をとる。 少しチクチクと痛いけど、ふさふさしている狼に身体を預け、ゆっくりと目を瞑る。 温かくて気持ちいいし、ハチが近くにいると思うと安心して寝れる。狼もたのもしいしね。 目を瞑るとすぐに眠気に襲われ、意識を手放した。 「寝るのはえぇな」 そんな彼女と大人しく寝ている狼を見て目を細めて笑ったあと、他の狼を呼んでブラッシングをしてあげる竹谷。 全頭のブラッシングを終えた竹谷は、狼と彼女を残してその場から離れた。 学園内とは言え、あまりにも無防備だった。 「あれ、ハチがいない…」 「狼と彼女だけ残してどこ行ったんだろうな」 そこへやってきたのは雷蔵と三郎の二人。 狼たちは二人を見たあと、耳をパタパタと動かして元の体勢に戻る。 もしこれが見なれた二人ではなく、初めて見る人間や、敵だったら唸り声をあげて食い殺していただろう。 そうしないのは二人は竹谷の友人だからだ。 二人も解っており、自分たちの近くにいた狼の頭を撫でたあと、寝ている彼女を見て溜息をはく。 「外で寝たら風邪ひくよ」 「女が無防備に外で寝るんじゃない」 声をかけながら一歩、彼女に近づくと、彼女の枕になっていた狼が顎をあげて二人をジッと見つめる。 狼の強い目線に身体が止まりそうになったが、無視をして彼女に手を伸ばすと、周りの狼が一斉に立ち上がって唸り声をあげはじめた。 「えっ!?」 「八左ヱ門の命令かよ…」 「僕たち何もしてないのに…」 「過保護なんだよ、あのバカ」 「過保護じゃねぇよ」 「ハチ!」 近づくのを止め、彼女から離れる二人。 戻ってきた竹谷は二人に「悪いな」とあまり心のこもってない台詞をはいて、狼たちに「スワレ」と手のみで指示を出す。 狼たちは大人しく座り、先ほどのような穏やかな空気に変わる。 周りの空気に気付かず、未だ静かに寝息をたてている彼女の隣に座り、愛しそうに頬を撫でたあと二人を見上げた。 「これは俺のだろ?俺以外が触んじゃねぇよ」 いくら友人とは言え、これだけは許せない。そういう意思が竹谷の目には込められていた。 まるで周りにいる狼たちと同じような目と殺気に、二人は溜息をはいたあとその場から大人しく立ち去る。 「どれが狼か解らないな」という三郎の皮肉も「ありがとうな」と笑って返して、「早く離れろよ」と手で追い払う。 「ハチは彼女のことになると強気だよね」 「全くだ…」 と言っている二人の言葉は竹谷には届いておらず、彼は彼女の寝顔を見てニヤニヤと笑い、口を耳元に寄せた。 「狼の前で無防備に寝るのってお前ぐらいだよな。守ってやったんだから、あとでちゃんと食わせろよ」 犬歯を見せて怪しく笑うものの、彼女は起きそうになかった。 |