▽ 涙のお話 「え、先輩の泣き顔?」 「はい。田村先輩は見たことありますか?」 「団蔵。喋ってないで手を動かせ。潮江先輩がいないからってサボるな」 「でも左吉も気にならない?あ、神崎先輩は見たことありますか?」 「うーん、三年一緒にいるけど、見たことないなぁ。田村先輩は?」 「…言われてみれば僕も…。あと潮江先輩も」 「「「え、潮江先輩って泣くんですか?」」」 「それ、潮江先輩の前では言うなよ。鉢屋先輩に聞いてみたらどうだろうか。仲が悪いとは言え、見たことはあるだろう」 「武蔵の泣き顔ならすぐに見れるよ」 『鉢屋先輩!』 「武蔵で遊ぼうかと思ったらいないんだな、残念。で、泣き顔が見たいって?」 「そうは言っていません」 「先輩っていつも真面目だし、あまり表情変えないから気になって…。鉢屋先輩、武蔵先輩も泣かれるんですか?」 「ああ、勿論。よかったら見るかい?」 「み、見れるんですか!?」 「簡単だよ。ちょっと待ってて」 「準備万端。じゃ、ちょっとこっち来て。あ、気配はきちんと消してね。あいつ私たちの中じゃ鈍感だから大丈夫だと思うけど」 「どこ行かれるんですか?」 「……あの、帳簿…」 「左吉!お前も先輩の泣いてる姿見たいだろ!」 「見たいというより、気になります…けど」 「ならば僕について来い!」 「神崎っ、そっちじゃない。こっちだ!お前が僕についてこい!」 「五年長屋ですね。あ、先輩いた」 「今あいつの手には雷蔵から渡された本がある」 「中身は?」 「本当にあった犬と飼い主の感動話」 「あっ、鉢屋先輩!先輩無表情のまま泣いてます!」 「武蔵はな、ああいう感動系の本に弱いんだ。特に忠義を貫いて死ぬとか。どうだ、普通だろう?」 「普通っていうか…。本当にいつもの顔のまま泣いてて……。少し変です」 「武士は涙を流したらいけない!って思ってるからな。だから読み終わったあとも楽しいぞ」 「先輩、泣かれるときも静かなんですね…」 「何を言う、田村。あいつはいつもうるさいぞ?」 「それは鉢屋先輩だからですよ」 「そうか、あいつの照れ隠しか。あ、読み終わった。ちゃんと見てろよ」 「………涙が出てることに焦ってます?」 「そう、集中しすぎて涙が出てることに気付いてないんだ。因みに、読み終わったあとの感想は「よき忠義だ」だ」 「先輩って潮江先輩同様ブレないですよね」 「神崎、正解。よく解ってるじゃないか」 「くくっ…。先輩ちょっと焦ってますね」 「恥ずかしいんだ。男の涙は簡単に見せたらいけない云々ってやつで。どうだ、可愛いだろう?」 「可愛いかどうかはわかりませんが、初めて見れたので感動してます!鉢屋先輩、ありがとうございますっ」 「先輩も人間なんだなぁ…」 「だな!潮江先輩といつも一緒にいるし、何だか似てるから人間ではないと思っていた」 「お前ら……」 「会計委員会は素直だな」 「ところで鉢屋先輩」 「ん、どうした田村。背後の殺気をむきだしにした泣き虫な武士のことなら解っているぞ」 「貴様…ッ。また雷蔵を使って私で遊んだな!?」 「遊ぶだなんてとんでもない。どうだい、素敵な本だっただろう?」 「本はな。しかしお前の手のひらの上で遊ばれていたと思うと腹が立つ」 「まぁまぁ落ち着け。それより可愛い後輩たちに言うことは?」 「………」 「せ、先輩すみません…。僕が…」 「いや、何も言うな団蔵。気が付かなかった私が悪い…。だが申し訳ないが、私が泣いたことは誰にも言わないでくれないか…?その……やはり、恥ずかしいのだ。武士ともあろうものがあのようなことで泣いてしまうなど…」 「ご主人様、いつまでも待ってるよ」 「くっ、止めろ!止めろ三郎!分身の術とは卑怯だぞ!」 「それ涙で視界が揺らいでるからで、私は分身の術など使えない。また泣いてるぞ」 「ぐ……!すまない、委員会は少し遅れる!三郎、貴様は明日覚えておけ!」 「先輩っ。…部屋に戻って行かれましたね」 「あー、楽しかった!さ、私も委員会に行こうかな。じゃあまた何か面白そうなことがあったらいつでも呼んでくれ。協力は惜しまないよ」 「…。見れてよかったんですけど、何だか悪いことしちゃいましたね」 「だから言ったんだ」 「でも先輩が人間だと確認できたぞ!」 「神崎、潮江先輩はともかく相馬先輩は人間だ」 「田村先輩って結構言いますよね」 ▼ 女房主の泣き顔について。 静かに泣く感じだと思うんですけど、あまり泣かないので三郎に頑張って泣かせてもらいました。 動物系のお話に弱い女房主。 いつか死ネタで再チャレンジ…。 |