「それでさ、そいつがまた変な髪型でさ、」
「……僕のとこにも、きた」
「本当?」
「…うん」
変な前髪だよね、二人して笑い合う。どうやら共通の知人だったらしい。あまり感情を面に出さないレッドが笑っているのには少し違和感を覚えたが、幸せそうな表情に直ぐにそれも失せた。レッドが幸せなら、それで良い。俺も幸せな気分になれるから。唯、ひとつだけそれを害すものが有るとするならばこの、レッドとの距離感だろうか。触れたいのに触れられない、このもどかしい迄の距離感。
それでも、レッドが望まないことなどしたくはない。勿論、嫌がることだって。望むことならまだしも、どうして情人の嫌悪を煽るようなことが出来ようか。
(…そういえば、)
――レッドさんが望んでいるのは、…待っているのは、――
(……俺、ねぇ…)
ジョウトの少年。先程迄笑いの種であった、前髪に特徴のあるゴールドと云う少年が言っていたことを連鎖的に思い出して、眉を寄せる。
幽霊なんて、馬鹿馬鹿しい。まして、レッドが幽霊だなんて。言って良い冗談と、悪い冗談が有る。これは完全に後者だ。
現に、レッドは今こうして俺の目前に居る。会話だって出来る。確かに存在している。生きているじゃないか。あんな子供の言葉に動揺してこんな山奥に迄足を運んだ自分の何と滑稽なこと。まあ、レッドに会えたから良いけれど。
「…グリー、ン?」
思案している内にどんどん深く皺が刻まれていたらしい。レッドが心配そうな表情を浮かべながら此方を覗き込んでいた。嗚呼、いけない。
「大丈夫だよ、レッド。ちょっと変な話を思い出しちゃって」
「………はなし?」
訝しげに眉を寄せたレッドに、ああ、と頷く。
「酷いよな、レッドがもうとっくに死んでて、此処に居るのは幽霊だ、なんてさ」
「……ひどい」
「冗談にしては笑えないよね」
全く、ゴールドの奴は何を根拠にそんな戯事を。そっと溜息を吐く。二酸化炭素が白い塊となって、仄白い光の中に溶けるように消えていった。それを視界の端に捉えて、思い出したかのように両の手を擦り合わせた。じん、本の申し訳程度だったが、確かに生まれた熱が、冷え切った指先に暖を与える。
「しっかし寒いな、此処。レッド、寒くない?」
何だか、急に冷えてきた気がする。先刻迄、こんなに寒かっただろうか。考えを巡らせながら尋ねれば、うん。と云う小さな声。確か、レッドは半袖だった筈。頻繁に利用しているだけあって、流石、慣れているのか。
「…グリーン」
「うん」
「もう、帰った方が、いい」
「うん?」
どうして、驚いてレッドを見遣るも、俯いている為にその表情は解らなかった。
「レッド?」
「…帰って」
「…どうして、」
「……おねがい、帰って」
小さく呟かれた声は悲痛に満ちていて、わかったとしか、云えなかった。だけど、どうして。
「わかった、帰るよ。でも、どうして…、どうしてレッドは、俺と一緒に帰らないんだ?」
どうせマサラに帰るのなら、一緒に。同じ故郷、隣同士の家。一緒に帰ったって何の不都合もない。そうだろ?ましてや、俺達は恋人同士、なんだから。
「………」
「レッド?」
黙り込んでしまったレッドに疑問符を浮かべつつ、顔を窺うべく彼に近付こうと、一歩足を前へ踏み出す。ぱきり。数時間前に踏み付けられて折られた枝が、小さく悲鳴を上げた。
「………まだ、修行、あるから。だから、だめなの」
「…そっか」
確かに、俺が勝手に会いに来ただけだもんな。レッドが自らに課した課題は、きっとまだ終わっていないのだろう。そう自己完結して、座っていた岩から立ち上がる。
「…でも、」
「ん?」
「修行、終わったら、……ずっと、一緒に居てくれる?」
一瞬、何を言われたか解らなかった。顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳で不安げに此方を見ているのは、間違いなくレッド、だよな。何だか、今日は何時も以上にレッドが可愛い気がする。否、何時もだってやばい位可愛いけれども。
「当たり前だろ!」
安心させるように笑って言ってやれば、レッドも「やくそく、」そう言って小さく笑った。
それに満足して、さあて、と伸びをひとつ。何時間も同じ体制だったからか、ばきぼき、と関節が鳴った。
「たまには帰って来いよ。連絡も入れること。わかった?」
「………、」
こくり、小さく頷いたレッドを見て、苦笑を浮かべる。本当に解っているのやら。毎回こう言い聞かせるにも関わらず、レッドからの連絡は皆無に等しい。まあ、レッドらしいと云えば、そうなのだけれど。
「じゃあ、またな、レッド」
今度は苦笑いではなく、微笑を携えて。微笑って手を振れば、レッドも小さく手を振り返してくれた。それをしっかり見届け、踵を返して足を踏み出した。
「………グリーン」
不意に、聞こえたレッドの声。驚いて振り返ると、
「やくそく、だよ」
にやあ。
嗤ったレッドの、血のような赤い瞳が、まるで血のように痼り付いて、
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