“シロガネ山の頂上には、幽霊が住んでいる”

そんな噂話を耳にしたのは、ジムリーダーに着任して間もなくのことだった。如何んせん信憑性に欠けるその噂話を、胡散臭いの一言で片付けた俺とは違って真に受けてしまった哀れなトレーナーが数多く居たらしい。中には噂を確かめようと登山したは良いが、凶悪な野生ポケモン達にまるで歯が立たず、その疲労が祟って足を踏み外して転落死したとか、山に一歩踏み入った途端幽霊に呪殺されたとか、そんな突拍子もない話迄上乗せされる始末。よくもまあそんな馬鹿馬鹿しい話が次から次へと回るものだ。呆れて物も云えないとはまさにこのことだと、嬉々としてそれを語る姉に冷めた目線を送って理不尽な怒りを当てられたのを、よく覚えている。

大体、シロガネ山の頂上と云えばあいつの縄張り。驚異的な強さを誇るトレーナーであるあのライバルは、それでいて驕ることをしない。と云うか、感情が欠落している。常にポーカーフェイスな人間離れした強さを持つトレーナー。そんな奴がよりによってシロガネ山の、それも常人には到底到達不可能であろう頂きに居座っているとくれば、幽霊などと称されても致し方ないだろう。

そう、あれは、唯の噂話に過ぎない。過ぎない、筈だった。






















「…レッド」

ぱきり、踏み折った枝の音が辺りに反芻するのを聞きながら、静かに奴の名を呼ぶ。先程の音が厭にしつこく鳴り響くその場所よりも高い位置に在る、少し離れた所にそいつは座っていた。上方に出ている分此方よりも多く光が差しているのか、そこは明るく、仄白い。仄暗い此方とは大分真逆な場所に居るな。暗闇に慣れた目には些かきついそれを弱めるように、きゅっと目を細めた。

「………グリーン?」

背けていた顔が静かに此方に向いたかと思うと、次いで耳に届いた何時もと何ら変わらない抑揚のない声。それに安心してああ、と返事を返せば、そっか、と云うレッドの声。心なしかその声は弾んでいて、喜びを帯びているようだった。
珍しい。否、二年も会っていなかったのだから、当たり前か。そう思っている自分だって、実は内心喜びに満ちているのだから。

「元気だった?」
「………うん」
「修行はどう?」
「………まあまあ」
「そっか」
「………うん」

久し振りに感じる心地良い沈黙に、ほんわりと胸が温まる感覚。落ち着く。やっぱり俺は、レッドじゃないと駄目みたいだ。

「……グリーン、」
「ん?」

名を呼ばれて視線向ければ、何やら俯いているレッドが指先をくるくると回して遊んでいた。そこに視線を集中させていると、不意に聞こえたか細い声。

「…………すき」
「……は、」

くるくるくる、回る白くて細い綺麗な指先を凝視しながら、言われた言葉を脳内再生。すき。スキ。隙。鋤。犂。空き。透き。梳き。それから、それからえっと、……好き。
顔が一気に熱を持ったのが解る。否確かに俺達は世間一般に云う恋人同士だけれども、云うのは俺からが当たり前で、告白だって俺からだったし否それはどうでもいい。兎にも角にも、レッドにそんなことを言われるなんて。予想外の出来事過ぎて、心臓が爆発しそうだ。

「…すき。すき、グリーン。だいすき。」
「は、ちょ、レッド?!」

可愛過ぎる告白の数々に眩暈を覚える。くらりとする頭を抑えながら、何とか言葉を搾り出す。

「な、なに、どうしたのいきなり」
「……言ってみたかった。…だめ?」
「駄目、じゃない、けど…」

口ごもる俺に、小さく首を傾げるレッド。その赤い瞳が真っ直ぐに俺を射抜くもの(しかもよりによって上目遣い)だから、堪らず逃げるように目線を外してぼそりと呟いた。

「…恥ずかしいじゃんか」

何の返答もないことに疑問を覚え、ちらりとレッドへと視線を戻せば真っ赤に染まったレッドの顔。帽子と同調出来るのでは、と云う位に、それはそれは見事に染まっていた。嗚呼もう可愛い!何だかどうしようもなく抱き締めたくて仕方ない。レッドが可愛いからだな、うん。

「…ね、そっち行っていい?」

思わず口から出た言葉に、何故だかレッドは悲しそうな顔をして、首を緩く横に振った。照れなどではなく、本気で拒否しているのだと。表情を見れば、それは想像に難くなかった。唯、何が起因しているのかは迄は、解らなかったけれど。

「…わかった。じゃあ、俺の話、聞いてくれる? レッドに話したいこと、沢山有るんだ」

微笑みながらそう云えば、レッドも顔を綻ばせて頷いてくれた。その表情からは先程の雰囲気など微塵も感じられなかったので、俺は安心して口を開いた。















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