癖のある茶色い髪に、それよりも少し深みのある綺麗な瞳。嗚呼、シゲルだ。何処からどう見たって、誰が何と言ったって、これはシゲルだ。

「シゲル」

近付きながら名前を呼べば、先刻と違って、ちゃんと振り向いてくれた。嬉しい。やっぱり、やっぱりこれはシゲルなんだ。今度こそ、シゲルなんだ!

嬉しくて嬉しくて、気が付いたら駆け出していた。勿論、シゲルの元へ。そんなおれを、シゲルは不思議そうに見ていたけれど、直ぐに優しく微笑んでくれた。
おれはそれが嬉しくて嬉しくて、もう一度、今度は先程よりももっと大きな声で彼の名を呼んだ。

「シゲルっ」

けれど彼は同じ様に微笑むだけ。優しい顔で、おれを見詰めるだけ。返事は疎か、名前すらも呼んでくれない。頭だって、撫でてくれない。どうして。どうしてシゲル。

「何か、言えよ…」

何で黙ってるんだよ。何時もみたいにおれのことからかって、嫌味言って、拗ねたおれにごめんごめんって謝って、頭撫でて、それからそれから、優しい声で、サトシ、って呼んでくれよ。なあ、シゲル。

「シゲル…」

手を伸ばしてシゲルの柔らかな髪に触れてみても、ただただ優しい微笑みを浮かべるだけで、何の反応もない。次いで、頬に触れてみるも、矢張り何の変化もない。彼の、まるで氷のように冷たい肌の感触に、目の奥がじん、と熱くなった。

「……あれ、」

ぼやける視界の中で、不意に感じた違和感。それは直ぐに疑問へと変わり、果ては確信へとすり変わった。
違う。これは、シゲルじゃ、ない。
シゲルはこんなに冷たくない。もっとあったかくて、心地良くて、一緒に居ると安心するんだ。こんな氷みたいな奴、シゲルじゃない!

「違う違う違うシゲルじゃないシゲルじゃないこんなの違うシゲルじゃないシゲル、シゲルシゲルシゲルシゲルシゲル!!」

目前の、『シゲルの形をした何か』を思い切り突き飛ばす。受け身を取れずにひっくり返ったそれは、床に叩き付けられて小さく呻いた。
ほら、やっぱりシゲルじゃない。シゲルなら避けるのなんて簡単だよ。受け身だって、ちゃんと取れるし。

「やっぱり、シゲルじゃない」

苦しげに呼吸をするそれに冷めた視線を送りながら、小さく呟く。近寄って覗き込めば、それはもう、シゲルの形すらもしていなかった。

「…いつおれが解いて良いっていった?」

いってないよね、そんなこと。怯えたように縮こまっているそれを足で踏み付けると、痛いのか、悲鳴のようなものが上がる。こんな液体みたいな奴でも痛覚があるんだ。感心しながらも、足の動きは止めない。だって、止める理由がないだろ?
ぎりぎりと左右に痛め付けてやれば、途端に漏れる耳障りな奇声。五月蝿いなあ。あんまり五月蝿いので足で思い切り蹴飛ばしてやったら、間もなくぴくりとも動かなくなった。

「…また捕まえてこなくちゃ」

今度は、もっと良い奴を。ちらりと先程の物体を視界に入れてから、小さく溜息を吐く。今度こそ、大丈夫だと思ったのに。シゲルになると、思ったのに。人生って、上手くいかないもんだなあ。ね、シゲル。

先ずはボールを仕入れなきゃ。確か、もう切らしていた筈。
大丈夫、今度こそ、今度こそ会える。シゲルになる。今回は、出来が悪かっただけ。元が悪かっただけなんだ。だから、だから大丈夫。きっと成功する、きっと、きっと、



























「――また失敗、しちゃった」


























ぽつり。
呟かれた言葉は、果たしてこれで、もう何回目?






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -