「もしもし、おれおれ! 明後日、楽しみだなー! なんかどきどきして眠れなくってさ、…迷惑だったか? へへ、うん。じゃあ、おやすみ、シゲル」

ぷつん、通信遮断を知らせる無機質な機械音が、仄暗い室内に響き渡る。
何時もならば寂しげに感じるそれが全く気にならないのは、きっと明後日と云う『特別』が在るからなんだろう。ついつい緩んでしまう頬もそのままに、おれは握っていた携帯電話を写真立てが飾ってある棚の脇に置いて、机に向かった。

勉強と云うものが大の苦手である俺にとって、机と云うものの存在意義が甚だ疑問だったのだが、それも要らぬ心配だったようだ、と今になって思う。
始めこそ、絶対使うことなんてないのに、そう思っていた。実際、俺は外で遊び回ってばかりで、自室と云うものを全く使用しなかった。例え使ったとしても、精々、着替えと就寝くらい。
そんなおれが今では毎日のように存在意義を見出せなかったものに向かっているのだから、成長とは恐ろしいものだ。

ひとり小さく苦笑を漏らしながら、引き出しから愛用のペン(ピカチュウが付いている黄色いシャーペンで、ずっと使っているお気に入りのやつ)と、ノートを取り出す。本当はきちんとしたやつの方がいいんだろうけど、如何せん買うのが恥ずかしいし、もうずっとこれを使っているから今更変えるのも何だか勿体無い。そんなわけで今日もまた、この面白みの欠片もないノートにペンを走らせるのだった。

ぺらぺらとノートを捲りながら、空いている頁を探す。
びっしりと書き込まれたこれをママに見せたら何て言うだろう。きっと驚くだろうなあ。でも、きっと褒めてくれるんだろうな。その様子が容易く想像出来て、何だか可笑しかった。
そんなことを考えていると間もなく、真っ白な頁が現れた。ペンを手に取り、書くべき内容をまとめる為にそっと思案を開始した。





それがおれの、いつもの日課。














朝。
通学路を歩いていたら前方から黄色い声が聞こえて、思わず眉を寄せた。元を辿れば、厭でも目に付く女の群れ。きゃあきゃあと云う甲高い声がとても煩わしいけれど、それも少しの辛抱だから、我慢する。だってその真ん中に居るのは、

「やあ」

とびきりの笑顔でおれに挨拶をしてくれる、シゲルなんだから。
シゲルに笑顔で挨拶を仕返せば、優しく微笑んでくれた。嗚呼、ほら。この笑顔が見れるから、おれは我慢出来るんだ。でも、取り巻き達にまでそんな顔しなくてもいいのに、とは思う。そういう優しいところがあるから、憎めないんだけど。まあ、シゲルは人気者だから、少しのサービスくらい多目に見てあげることにする。そうすれば、ほら。纏わり付いて居る他の邪魔な女共なんて、もう気にならない。人気者のシゲルだから、少しくらいは仕方ないよな。うん、おれって寛大!

シゲルと初めて会ったのは、もう何年も前のことだ。

最初は凄く厭な奴だと思ったけれど、本当は優しくて、暖かくて、格好良くて。凄く良い奴だったんだなあと思い始めたら、好きになるのなんてあっと云う間だった。
目が合えばどきどきしたし、暫くふたりで見詰め合ったときなんかは、心臓が沸騰してしまうんじゃないかと思ったくらい。
だけど、シゲルは人気者だし、ファンの子達だって大勢居る。何より、おれもシゲルも男同士なんだ。だから、もしもおれたちの関係が周りに気付かれたら、それはもう大変なことになる。それだけは何としても避けたい。幾らおれたちが運命的な出会いとか赤い糸云々とか言ってみたって、周りは知ったこっちゃあないだろうし。
だから、学校ではなるべく自分から声を掛けないようにしているんだ。

だけど、声は掛けれなくたって、せめて顔くらいは見たい。
それなのに学校ではクラスも違うし教室が随分と離れているから、あまり会えない。その上、会える時間も、移動教室だとか、休み時間だとか、昼休みだとか、そう云ったほんの僅かな時間に限られてしまう。更に都合の悪いことに、シゲルは生徒会長だったりするので、その仕事に日々追われているので大変忙しい。結論として、学校では滅多に彼と会えないのだ。

そんなわけで、彼に会えるのは学校が終わる時間――詰まりは放課後なわけだが――迄待たなくてはいけない。待つことは、暇だしつまらないしで苦痛でしかないのだけれど、シゲルが絡むなら話は別。寧ろ楽しく感じるから、やっぱり成長って恐い。

それで、放課後。
何時ものようにシゲルを待つべく教室で待機していたのだけれど、今日は生徒会の大事な会議があるから、遅くなるだろうと言われた。だから、待たないで先に帰った方が良い、とも。それでもめげずに食い下がったのだけれど、暗くなってしまうから、と許して貰えなかった。だけど、七時頃には帰れるだろうから、それ迄家で待っていたら良い、と言ってくれたので、そのお言葉に甘えることにした。








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