Q.幸せですか?



高校三年の冬の終わり。
オレの目を真っ直ぐに見上げて「お前は最高の相棒だよ」と、奴は笑った。

察しの悪い男ではなかったから、もしかするとオレの言わんとする事に気がついていたのかも知れない。それも今となってはどうでも良い事ではあるが。
その時のオレはただ、自ら苦労に飛び込みそれすら楽しんでしまいそうなこの男がこの先少しでも幸せであればいいと、柄にも無いことを思っていた。








「しーんちゃん!明日はいよいよハッピーウェぶふっ」

「……、お前……その調子で明日のスピーチは大丈夫なのか……?」

「や、そこは大丈夫。ただ、ちょっと真ちゃんの白タキシード姿に感極まって噴いたらごめん」

「真顔で言うな。容易に想像がついて不安になる」



いつもと変わらぬ突き抜けた明るさで前祝いだとオレのマンションを訪れた高尾は、それはそれはいつもと変わらぬ笑みを見せた。
そう、変わるのは他でもないオレの方だと、自然と笑みが零れる。

オレは明日結婚する。
相手は大学の時に知り合った二つ歳上の女性で、今は同じ職場で看護師として働いている。良識のある、物静かで穏やかな女性だ。
仕事にもプライベートにも理解のある最良のパートナーであると、躊躇いなく言える人だと思う。それでも何か引っ掛かりのようなものを感じ続けているのは、やはりオレ自身の問題なのだろう。



「真ちゃんもいよいよ人の旦那様か〜。何かピンとこねぇわ」

「……実際、オレ自身もまだピンときていないからな」

「マジで?お前なら「旦那になるのもオレが人事を尽くした結果なのだよ」とか言うかと思ってたんだけど」

「真似をするな。それに、誰かと契りを交わすのは、オレだけが人事を尽くしても叶うものでもあるまい」



手前のグラスの雫をそっと指で掬う。
そうだ。一人が人事を尽くしても叶わぬ事があると知ったのは、お前と共に過ごした、あの日々の中でだった。
視線を投げれば、鮮烈なまでの光を携えたその瞳とぶつかる。
あの頃と変わらぬ真に満ちた瞳は、真っ直ぐにオレを見つめていた。
誰よりも傍で、誰よりも暖かく。

その温もりに引き寄せられるように、気がつけば目の前の唇に自分のそれを重ねていた。

掠める程度の口付け。
少し身を離した後、高尾は別段驚くでも無く。
やはりいつものように笑った。



「あ、やべ。お嫁さんと間接チューになっちゃったな」



ああ、そうだ。
この笑顔に幾度救われてきたことか。

そしてオレは、一つの区切りが欲しかったのだと自覚する。
友人と、これからも友人であり続けるために…この心に潜む想いと決別するための、区切りが。
こんな形でこいつに背を押される日が来ようなど、学生の頃のオレには想像もつかなかったろう。



「高尾」

「ん?」

「お前は今、幸せか?」

「……大好きな人がいて、大切な友人がいて、皆が笑ってりゃ、オレはサイコーに幸せだよ」



そう言ってはにかんだ高尾の表情は、オレが今までに見たどの笑顔より眩しく、綺麗だと思った。





◇ ◇ ◇





結婚式当日が高尾の誕生日だという事にオレに対する悪意しか感じなかったのは、昔からアイツが高尾に抱いていた感情を知っているから。高尾は「真ちゃんのデレを感じちゃいますよね!」とかアホな事ほざいてたけどな。
ある意味間違っていない辺り腹立たしい。
だからわざわざ誕生日前日に緑間に会いに行き、日付が変わる直前に帰宅した高尾に若干冷たい態度を取っちまったのはあれだ、不可抗力だ。

高尾がシャワーを浴びている間に先にベッドに潜り込んでいても、何を言うでもなく。自分で無視しときながらあまりにも静かな様子に心なしか不安になってくる。
隣のベッドに収まった気配に、オレは小さく名前を呼んだ。



「高尾、」

「はい」

「……あー、その……何かあったのか?」



とうに日付は変わり、今日はもう、高尾の誕生日だ。
本当は振り返って、目を見て、そのちっさい体を抱き締めて「おめでとう」と言いたい。なのに、変なプライドが邪魔をする。
たぶん高尾自身もオレの感情を読み取って何事もないかのように振る舞っているんだろう。
本来なら誕生日だからって普段聞かないようなワガママだって聴いてやりたいくらいなのに。

高尾が動く気配は無い。
何か、考え込んでいるのか。
痺れを切らして、オレは掛け布団ごと高尾へと向き直った。



「まさか、緑間に何かされたんじゃねえだろうな……」

「ねぇ宮地サン」

「……んだよ」

「好きです」

「ブッ!!」

「え?ちょ、今噴くとこ?」



見つめてくる光彩を見返して尋ねたら、とんでもない爆弾を投下される。投下した張本人はキョトンと瞳を見開くだけ。
幾つになってもあざとさが衰える事を知らない奴だこのやろう。
愉しそうな色を滲ませた双眸は反らされる事なく、暗がりのなかで一際輝いてすら見える。
その下にある薄い唇が、動き、音を紡いでいく。



「こうして、気持ちを伝える事ができる相手がいるのも幸せだと思うんですよね」

「は?」

「宮地サンは今、幸せ?」

「お前が今幸せなら、幸せなんじゃねえの」

「なにそれイケメン」

「うっせ」



そっち行っても良いですかと呟いた高尾に掛布を捲って招き入れる仕草で促せば、いそいそとオレの腕に収まるように布団に潜り込んできた。
あたたかい。



「高尾……誕生日おめでとう」

「ありが」



言葉を飲み込むように、唇を重ねる。
優しく触れただけのそれに珍しく高尾はポカンと口を開けた。



「こうして、お前が腕のなかにいて、オレは幸せ」



胸の中へと抱き込むと、擽ったそうに身動ぐ。
笑っているのが揺らぐ空気で分かった。



「ねぇ宮地サン。明日は……あ、もう今日か。今日は素敵な結婚式になると良いですね」

「……緑間が泣いたら激写しとけよ?」

「任せといてください」





お前がアイツを相棒として想うことは、決して止まないのだろう。
だから、オレはオレに出来る範囲で、それを受け入れるだけだと。いつからか思うようになった。

高尾がオレを選び続ける限り、それをこいつが幸福であると笑う限り、想いを伝えて続けていこう。



そっと目を閉じて、オレは高尾の幸せを願った。










(14/11/21)



高尾くんの誕生祝に支部に投下したもの。









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