近くに居るからこそそれ以上近付けず、足踏みばかりしていた。
決してオレよりも前に出てこないアイツを気にして何度も振り返れば、そこに居るのが当然のように笑っているから。
アイツの存在はいつの間にか空気のように、なくてはならないものとなっていった。
「真ちゃん、早く早く」
「分かっているのだよ。あまり急ぐと転ぶぞ、高尾」
「ははっ、真ちゃん何かお父さんみたい」
屈託なく笑うその声に心地良さすら感じ始めたのはいつの頃からだったか。
去年のものとは異なる浴衣を着た高尾がオレの手を引く。
夜空を見上げる橙の瞳が、好奇心の光を宿しているのが見てとれた。
「去年はぶっちゃけ真ちゃんのキスのせいで花火とか見た記憶ないもんなー」
「……それは、すまなかった」
「え、や、謝んないでよ。……アレのおかげでオレ、真ちゃんに対するキモチ自覚したんだし」
「…、そうなのか?」
「ふはっ、驚いてる」
驚きも、するだろう。
そんなのは初耳だ。
あのとき。去年の夏祭りのときは。
正直感情のコントロールが出来ていなかったように思う。
いつもと違う空気と、いつもより近くに感じる高尾の熱に浮かされていたのだと、思う。
衝動的に唇を重ねてしまった後で有り得ない程後悔したのを覚えている。
その後部活以外で高尾に避けられたのが一番のダメージだった。
勿論、口にはしなかったが。
「オレはてっきり不愉快な思いをさせたとばかり……」
「えっ?」
「オマエはキスは嫌だったのだろうと思っていた」
「ええ?!オレ別に嫌だとか一言も……あっ、もしかして真ちゃん……!」
グッと距離が詰まり、高尾の瞳が下からオレを見上げてくる。
「だからこの一年、オレに手え出すどころか、ちゅーもしてくんないの?」
「……ッ」
墓穴を掘った。
だが強ち高尾の発言は間違ってはいなかったから、オレは仕方なしに言葉を紡ぐ。
「……オマエに、もう、二度と嫌な思いをさせたくなかったのだよ」
「……っし、真ちゃん、って……ほんと、もー……」
「なんだ?」
ガックリと突然項垂れた高尾を覗き込もうとした、ちょうどその時。
辺りのざわめきを掻き消すように一際大きな音が響いて。空に明るい華が散った。
「あ、始まった!」
「ああ」
パッ、と花火に負けないくらいの笑顔で空を仰いだ高尾を横目に、オレも視線を上げる。
次々に夜空に開く花火が、辺りを、高尾の表情を明るく照らして。
ああ、今、コイツはこんなにも穏やかにオレの隣で笑っているのだと。
一年前の自分に教えてやりたくなった。
自然と零れた笑みに気づいたのか、高尾が不思議そうに此方を見つめる。
辺りの光が、消えた僅かな時間にそっと顔を寄せれば。
高尾は甘く微笑んだあと、何も言わずに目を閉じた。
(重なった唇は、とても優しく)