いつも見ていた。
なんて言ったら引かれちゃうかもしんないからぜったい口には出さないけど。
オレはいつも、あの広くておっきな背中を見つめていたんだ。
「高尾、危ないぞ」
「ん、ああ、へーきだよ」
防波堤から少しだけ身を乗り出すように夜の海を眺めていたら、いつの間にか真ちゃんが傍らまで来ていた。
オレたちにとって二度目の夏がきて。懐かしい、誠凛と鉢合わせしたあの合宿所へと再び赴いた。
練習は相変わらずハードだけど、一年の経験は確かな余裕を生んで。練習後の夜に必ずと言っていいほどオレは海を見に出ていた。
とくに理由なんてない。
ただ何となく。
なんとなく、心がざわついていただけ。
「高尾」
「ん、いまそっち降りるから、待って……っう、わ!」
「……ッ!」
咎めるような声に慌てて段差を降りようとした瞬間、足元がぐらりと揺れる。
思わず目を瞑ると、体を包む、浮遊感。
(おち、る、)
衝撃を覚悟して体を強張らせたけれど、予想に反して、柔らかな反動に受け止められた。
掠める知った香りに、別の意味で全身に緊張が走る。
「……全く、何をしているのだよ、オマエは……」
「し、んちゃん……」
「怪我はないな?」
開いた視界に飛び込んだ緑は、夜の闇にも霞まないほどに鮮やかで。
首を縦に振るしかできないオレを見事にキャッチしてくれた真ちゃんは呆れたように笑った。
「戻るぞ」
「、うん」
自然と重なった手のひらが熱い。ついでに顔も、あつい。
真ちゃんは、優しくなった、と思う。
この一年で、とても優しくなった。
それも、オレの勘違いや都合のよい思い込みでなければ。その優しさは。
「高尾」
「な、なに?真ちゃん」
「次から外に出るときは、オレに一言掛けろ」
「え、もしかして心配しちゃった?」
「……」
「なーんて、冗だ」
「心配したのだよ」
どくり、と。
心臓が大きく鳴った。
まっすぐ見つめてくる緑眼から目が離せない。
捕らわれる。とらわれる。
ギュッと、繋いだ右手が真ちゃんに強く握り締められた。
「ほら、いい加減戻るのだよ」
先に視線を外したのは真ちゃんで、引かれるままにオレも歩き出す。
薄明かりのなかで前を歩くその広い背中が、なぜか鮮烈に目蓋の裏に焼き付いて。
消えなかった。
(それは夏のはじまり)