緑間と始発待ち








別れが惜しいなんて、口に出来るはずもない。

だから。
ただその手を捕らえた。










「今日はお疲れさん。ハイ、おしるこ」

「ああ……」

「まさか真ちゃんがクラスメートとオールする日が来ようとはね〜」





駅のホームで始発を待つ間、俺たちは特に何を話すこともなくぼんやりしていた。

不意に高尾が動いたかと思えば、両手に缶を持って戻って来た。
そして迷わずオレにおしるこの缶を差し出す。

コーヒーを片手に軽口を叩く高尾は、先程までクラスメートとはしゃいでいた人物と同一とは思えない。
微かに擦れた表情は、きっとオレしか見たことがないのだろう。
そう思うと僅かばかりの優越感を感じた。





「オマエが来いと言ったのだろう」

「まあそうだけどさぁ、まさかホントに来てくれるとは思わねーじゃん」

「……」





確かに。
最初は微塵も行くつもりなどなかった。



クラスでの高尾は周りとの距離を上手く保っている。必要以上に特定の誰かと親しくしている姿は見たことがない。
だが、オールなるものは一晩中クラスメートが近くにいるという話を聞いて無駄な杞憂が頭を過ったなど。本人に言える訳もなく。

それならばいっそのことオレの視界に入れて置きたかった。
ただそれだけのことだ。





「あ。真ちゃんの方の電車、もうすぐだね」

「……あぁ」

「じゃ、オレそろそろ行……うぉわっ?」





あまりにもあっさりした別れの言葉に、オレの体は無意識に高尾を引き留めていた。

動きを止められた当人は握り締められた手首を不思議そうに振り返ったあと、そのまま此方を見上げる。





「どしたの?もしかして眠くなっちゃったとか?」

「……いや」

「?疲れた??」

「……」

「あーもしかして、オレが帰っちゃうのが淋しい、とか?」

「……ッ、バカを言うな早く帰れ…!」





握っていた手を振り払い、視線を外す。

すぐ傍にある空気が、震えて。高尾が笑ったのが分かった。





「……お疲れのエース様を一人で帰すのも心配だし、家まで御送りしましょうかね」

「……勝手にしろ」

「ハイハイ。あ、折角だし手でも繋ぐ?」

「……ッ!折角、の意味が分からないのだよ…」

「今さら照れなくてもいいのに〜」





コイツは、どこまでもオレに甘い。








(その甘さがもどかしく、)
(心地好くも思う)



(13/1/3)




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