宮地サンの所に帰る


(※同棲/年齢操作有)





帰宅直後に正面からタックルに近いハグという熱烈な歓迎を受けた。

支えきれずに一緒になって廊下に崩れ落ちてからすぐ、ふわりと自分と同じ柔軟剤の香りが鼻を掠める。直後に嗅覚を刺激するアルコール臭。


「うぇっ?ちょっ、くさっ!」

「おまえ……出迎えた愛しの彼氏さまにむかってなんてこと言いやがる〜」

「宮地サン!すっげえ酒臭いんすけどッ!あんたいつから飲んでたんですか!?」

「高尾が〜オレのメッセージを〜既読スルーしたぁ〜時間からですけど〜」

「ちょっと失礼承知で言いますけどその語尾超イラつきます」


笑顔で告げると自分より高い位置にある綺麗な顔がくしゃりと歪む。
え、うそ泣かないよね?
イイ歳して酔っ払って泣いたりとかしないよね?


「だがおが〜〜づめだい〜〜」

「マジでか」


泣いたよこの人。
いつものキリッとスーツ着こなして玄関から颯爽と出ていくイケメン何処に行った。
呆れ半分愛しさ半分で頭を撫でると、首筋の辺りに額を擦り付けてくるからひどく擽ったい。僅かに身動ぎすれば「たかおのにおいがする」と覚束無い呟きがすぐ傍で聴こえた。


「どうしたんすか?悲しいことでもあった?」

「高尾が好きすぎてつらくなった」

「そうですか、そりゃ大事ですね」

「なのに高尾がかえってこないから」

「残業で遅くなりますって連絡したじゃないですか」

「はやく帰ってこいよってれんらくしたじゃないですか」

「ああ、例の既読スルーしたやつ」


ぶわっと蜂蜜色の瞳から蜜が零れるように涙が溢れ出す。宮地サンて深酒すると泣き上戸になるのかな。普段はここまでキャラを見失うほど飲むことはないのに。
さらさらと柔らかい髪の毛を撫でていた手を急に引かれて、そこに突然口付けられる。手のひら。甲、関節を辿って指先へと。


「宮地サン、オレまだ帰ってから手も洗ってないから、一回離れ、」

「高尾、すきだ」


こんな、たったの一言で、俺は心臓を鷲掴みにされてしまう。
濡れた琥珀みたいな瞳がじっと見つめてくる。愛しさだけその色に添えて。顔も心も一気に熱が点った。


「ダメ、だって、宮地サン」

「はなれるなよ、離さねえし……ン、……もっと呼んで、ほら」


啄むことをやめずに、言葉も止まない。


「待ってまって、宮地サン」

「もっと」

「や、そうじゃなくて、」

「高尾のこえ、好き」

「なっにを……」


どこでスイッチが入ったのか知らないけど、制止の為の言葉もすべて飲み込んでしまう宮地サンに成す術もない。犯されていく右手になるべく意識を向けないよう、家の冷蔵庫に何が残っていたかを思い出すことに集中する。
えのきとエリンギ、あと小松菜もあったから簡単に野菜炒めでもしようか。豆腐と挽き肉の冷凍が残ってたから明日は麻婆豆腐も悪くない。
いや待て、明日は近所のスーパーで茄子の特売があった気がする。麻婆茄子でも良いかも。茄子を使った別の料理について考え始めたところで宮地サンの動きが唐突に止まった。


「……、宮地サン?」

「高尾……オレのこと、好きだよな」

「またいきなりっすね……勿論好きですよ」

「ふへへ」

「もー、イケメンが台無し」


普段なら考えられないくらい弛緩した笑顔にこちらまで気が抜ける。


「……あー……もうぜんぶすきだー……」

「オレも宮地サンのぜんぶが大好きです」

「……」


え、何でそこで真顔?
今の今まで気の抜けきった顔をしていたはずの宮地サンが、急に表情を引き締めるから首を傾げる。するとオレを抱き締めていた両腕が離れ、さっきまで背中に回されていた熱い手のひらが頬に添えられた。そのまま唇を重ねられる。


「……ん、」


ふっと口許に熱い吐息がかかった。


「……なぁ、高尾。これからも、いっしょにいような」


ああ、この人だって、不安なんだ。漠然とそう感じる。
社会人になって、こうして肌を寄せ合う時間も確実に減って。宮地サンを大好きだって気持ちはいつだって昔と変わらないつもりだし、顔を合わせるときはそれが伝わるようにしてたつもりだけど。言葉では伝わりきれない某を自分は疎かにしてはいなかったか?
寄り添うことを怠っていたんじゃないか。受け身で愛され待ちのような姿勢で、何て怠慢だ。一番幸せでいてほしい人を一番寂しいところに置き去りにして。
さっきとは違う意味で胸を締め付けられて、オレは宮地サン目掛けて此方から飛び付いた。
一瞬体を大きく揺らしたけれど、宮地サンはしっかりと受け止めてくれた。学生の頃と何ら変わらない。いつだって温かくて大きな胸に顔を埋める。


「宮地サン。オレの、方こそ、こんなんですけど……これからも一緒に居てくれますか」


きっと、何度も繰り返してしまうんだろう。
理想と現実とを行ったり来たりしながら。大事なことを忘れては思い出して、その度にこんな思いをさせたりして。それでも、愛して止まない。傍に居たい気持ちは変わらないから。
そんな想いを持って見上げた先の琥珀色はやっぱり優しさと愛しさを浮かべていて、何故か途方もなく泣きたくなった。


「なにとうぜんのこと聞いてやがる。轢くぞ、おら」


ぐしゃぐしゃとオレの頭を撫でて、宮地サンははにかんだ。


「高尾がオレのとこに帰ってくるなら、オレは、」

「……え、」

「      」





吐息と共に零れた呟きは、そっとオレの中だけに取っておこう。




明日はきっと早く帰ってくるからね。宮地サン。





(2016/2/4)


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