高尾くん→高尾ちゃん、その2
気がついたら十数年連れ添ったムスコが消え、全く覚えの無いムスメがふたつくっついていた事に戸惑う時間はわりとなかった。
慣れないマネージャー業務を何とかこなして体育館内を走り回って。やっと一息ついたのはその日の練習終了間際。マネージャーって大変だったのね、と模擬試合練習してるレギュラーたちをぼんやり疲労感に包まれながら見つめる。本来ならオレが居るハズのポジションには、準レギュのセンパイが立っていた。
心中は複雑極まりない。
マジ何でこんなことになってんの…。
タメ息つかないように必死で深呼吸に切り替えたのはもう何回目か。スコアボードに目を落としていたら、監督にまで「体調が優れないなら今日は早めに上がりなさい」とか言われてしまう始末だ。
けど、正直状況も情報も整理したかったからオレは監督の言葉に甘えることにした。
◇
「高尾!」
「?宮地サン…?」
女子の制服に着替えるのに躊躇い、そしていざ覚悟を決めてからの手こずりだけで読み切り漫画描けそうなくらいのドラマもあったんだけど、長くなるからその辺は割愛するとして。
やっと帰路について校門を出ようとしていた時に、どうやら追いかけて来たらしい宮地サンに声を掛けられて振り返った。
何か忘れ物でもしただろうか。正面に向き直りながらオレは首を傾げる。
「……っ、オラ、行くぞ」
「えっ?宮地サンとどっか行く約束してましたっけ?」
「……〜お前なぁ…」
急にオレの手首を掴んだかと思えば早足で歩き出す宮地サン。
慌てて歩調を合わせながら、咄嗟に思ったことが口をついて出てしまった。ヤバイ、もし何か約束してたのに忘れてたとしたら轢かれる。ただでさえ途中で部活抜けてきてんのに、約束すっぽかそうとしてたとか。ちなみに全然思い当たる約束事はないのが更にオレの焦りを誘う。
思わず身構えたけど、予想してた罵詈雑言が飛んでくることはなかった。
「もう暗いだろうが。女一人で帰らして何かあったらマズイだろ」
「……は?」
「バカ、「は?」じゃねーよ。……、家まで送るっつってんの」
一瞬。変な声が出そうになった。
あの、ほら、前に妹チャンから借りた少女漫画でこういうの見たことあるわ。
そのときのヒロインの子は「センパイっ…(きゅぅぅんシャラァァァンッ☆)」とかよく分からない効果音と共に迂闊にときめいてたけど生憎、高尾クンはヒロインどころかがっつり男ですよ宮地サン!!しっかり宮地サン!!いやむしろオレがしっかりしろああ夢なら早く醒めてほしい切実に。
全力で脳内葛藤を繰り広げるオレをよそに、宮地サンは掴んでいた手のひらを自然とオレ自身のそれに重ねるように滑らせた。
背中に何とも言えない感覚が走る。
「あの、み、宮地サン、大丈夫ですよ、オレ、男」
「男勝りでも高尾は女子なんだから、黙って送られとけ」
「いや、勝る勝らないとかじゃなく…」
「あとそのオレ、っての…緑間は慎みがどうこう言ってやがったけど、オレは……あー…お前らしくて可愛いと思うぜ」
「ぶふぉ」
やっべ噎せた。
その後一通り「お前せめて空気は読め」とか「ムードとかは察しろ笑うな」とか散々ダメ出しをされたわけだが、結局、家の前に辿り着くまで重なった掌が離される事はなかった。
(というかオレ、いつまでこのままなんだろーか。)
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