緑間と桜
ぶわりと風が吹いて、腕で顔を覆った。
次に目を開いたとき。
そこには微かに笑みを浮かべたあいつが、確かに居たように思う。
「今年も綺麗に咲いたなー」
まるで親族の成長を見守っているかの如く、毎年、桜が咲く度に高尾は自らの事のように喜んだ。
こいつと出会ってからもう、五年目の春だ。
「いよいよオレらも二十歳ってわけか」
「成人に伴い、オマエはもう少し落ち着いたらどうだ、高尾」
「大人しい高尾君なんてコワイっしょ?」
確かに。
黙々と大学の講義やレポートに励む高尾を想像し、思わず眉間に皺が寄る。それを目敏く見つけたらしい。高尾は出会った頃よりも随分と柔らかい笑みを浮かべた。
「真ちゃん、最初に会った頃よりかなり表情豊かになったよね。特に、よく笑うようになった!」
「……そうなのか?」
「ウソ、無意識なの」
「……先程の言葉、そのまま貴様に返すのだよ」
「へっ?」
きっと、オレがよく笑うようになったとすれば、それは。
想う言葉は言外にはせず今度は声に出して笑ってやった。
「はは!そんなことオレに言うの、真ちゃんだけだぜ?」
確かに一見人当たりの良さそうな高尾。いつも笑っているような雰囲気を醸し出しているが、コイツが心から気を緩めて笑う姿を見るのは寧ろ稀だ。
それを自分でも自覚しているのだろう。
長く傍にいて気づいたことは少なくはない。
だが、未だに掴めないことが多い。
「オマエがやたらオレの視界に入ってくるから嫌でも気づく。仕方ないだろう」
「やだ。真ちゃんそれ恋する乙女みたいな発言」
「ふざけるな、誰が乙女なのだよ」
「いやぁ…桜をバックに佇む姿、なかなか画になってますよ真太郎さん」
「……っ茶化すな」
まるで花弁のような淡い紅色の唇から紡がれる自分の名前。いつもの冗談なのだろうが、まるでそれは特別な色を帯びてオレの聴覚を擽った。
横目に花弁が舞って、音もなく地に落ちていく。
ふと視線をそちらに投げた高尾が少し瞳を伏せて、言った。
「すぐに、散っちゃうね」
「ああ……来週は雨が降るらしいからな、恐らくそれで花弁は全て落ちるだろう」
「……そっか、
……じゃあ……もう、すぐか」
小さく、小さく呟かれた言葉を。
その時のオレは拾うことが出来なかった。
「来年、また見に来ればいい」
「……うん、そうだね」
当たり前のような日々が。
続いて。
来年もまた、そこに桜が咲くと。
高尾が隣で笑っていると、疑いもせずに。
一陣の風が花びらを散らして、腕で顔を覆った。
「真ちゃん」
桜に包まれるように、確かに高尾は、
笑っていたように思う。
(そして春が終わる頃)
(花弁は散って、きえた。)
(14/3/9)
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