緑間と初詣に向かう
「……はぁーっ」
宙に向かって吐き出された吐息は一瞬だけ白く色をみせたあと、空気のなかへと溶けていく。
マフラーに顔を埋めて、高尾は瞳だけで此方を振り返った。
「今日の最低気温2度だってさー。オレ寒くて凍えちゃうかも」
「……いつからそんな柔になったのだよ」
「ははっ、ひでー言われよう!」
笑いながらも鼻の頭を赤くしている姿に、コイツはもしかすると度が過ぎる環境は得意ではないのかもしれないなとぼんやり思う。夏の暑すぎる空気も、冬の寒すぎる風も。
まぁ得意な人間も希なのだろうか。
「真ちゃん?」
手袋の意味を成しているのか些か不安の過る指先を擦り合わせながら、高尾がオレを呼ぶ。
春から比べて随分と柔らかさを増した声音。耳に心地良さすら覚えるそれに、ふと笑みが零れた。
「えっ、何一人で笑ってんの大丈夫?」
「…………」
「あだッ!」
失礼な物言いに容赦なくデコぴんをかますが、それでも笑うことを止めず高尾はオレを覗き込むように近付いてくる。
下からのこの視線はもう、体に馴染んだ距離感。
「何か、楽しそうだね真ちゃん」
「そのままその言葉、オマエに返す」
「え、じゃあそれを真ちゃんにまたパス」
「それをオレはゴールに撃ち込むのだよ」
「ブフォ!ちょっ、着地点……ッ」
愉しげに歩みを進めるその背にやはり自然と顔が綻ぶ。
オレはこんなにも、表情筋の弛い人間だっただろうかと思いながらも。決して不快ではない感情が心の中に灯っているのは確かだった。
今更、否定も拒絶もするつもりはない。ただ受け入れ、これからオレ達の行く先がどうなっていくかは分からないが、オレ自身は変わらず人事を尽くす。それだけだ。
「真ちゃん。あの先からは人が増えっから、はぐれないでね〜。ま、はぐれてもすぐに見つけるけどさ」
「そうか」
「もうすぐ、今年が終わるね」
「……そうだな」
「真ちゃん」
振り向いた瞳がオレを射抜く。
変わらぬ笑みは、温かみと信頼を含んで。
「来年もよろしく」
「ああ」
(この距離がどう動くかなど、きっと神すら知り得ない)
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[mokuji]