夜の帳と逆さまの月5
「真ちゃん、もうすぐ高三だね」
「ああ」
「来年も同じクラスになれるといいね」
「そうだな」
すらすらと動く綺麗な指を見つめていたら、不意に真ちゃんが顔を上げた。
「和成、さっきから手が進んでいないのだよ」
「んー、もう課題のぶん終わったから。ていうか真ちゃん何の教科やってんの?」
「……、外国語だ」
「……えっ、それドイツ語?……え、え?なんで?学年上がっても、そんなんやんないよね?!」
ふと目についた資料を手に取れば、見慣れない文字の羅列。
驚いて真ちゃんを見たら、少しだけ考えるような顔をして眼鏡のブリッジを押し上げたあと、またオレの方へと向き直った。
「オレは卒業したら、留学する」
淡々と紡がれた言葉に。
オレは頭が真っ白になる。
「……へ?りゅう、がく……?」
バカみたいに震えた声がでて、持ってたペンがするりと手から落ちていった。
かつん、と。
テーブルにぶつかるその音が、やけに耳につく。
表情を取り繕う間もなく、真ちゃんがオレの手首を掴んだ。
「和成。オレは、来年の今頃には、ここからいなくなる」
「ははっ、冗談、でしょ…っ?しん、ちゃんが……いなくなるとか」
オレの隣から、消えるなんて。
そんなの、嘘だ。
そんなの、ぜったいに、ウソだよな?
すがるような目を向けたけど、真ちゃんの瞳は塵ほどにも揺るがなかった。
「……っ、オレ、今日は帰る……!」
捕まれた手を振りほどいて、オレは逃げるようにその部屋を後にしたけど。
真ちゃんは呼び止めなかったし。
追いかけても、くれなかった。
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