青峰君とおそろい


(※社会人設定)







一緒に暮らし始めるとき。

家具はオマエが好きなもんをテキトーに選べよ。

そう言った青峰君がひとつだけ買い物中に自分で選んできたマグカップを、とても気に入っていた。
深い青と空色の色違いのデザインのそれが、キッチンテーブルにふたつ並ぶのを見るのも好きだった。

そして何より、彼が二人を象徴する“なにか”買ってくれたということが嬉しかったんだ。













リビングに響く陶器の割れる音。

咄嗟に掬い取ろうと伸ばした指は間に合わず、空を切ったまま行き場を無くした。





「大丈夫か、テツ」





呼ばれた声に僅かに肩が跳ねる。
振り返ることが出来ずに割れて欠片になった青色を拾おうとしたら、止めるように手を握られた。





「怪我してねえよな」





守るように握られた手は温かい。
それが更にボクの罪悪感を掻き立てる。
震えそうになる唇をそっと開いた。





「青峰君。あの、せっかく、キミが買ってくれたマグカップを…」

「あん?」

「これ……」

「マグカップなんざ何か別のまた新しいやつ買ってくりゃいいだろ」

「……っ」





いつものようにダルそうに告げて欠片を拾い集める青峰君に、うまく言葉が出てこない。





大切なもの、だったのに。





それは形を失ってしまった。





――――――――――





夜中に不意に目が覚めて隣を見たらテツがいなかった。
また編集の仕事が押してんのかと視線をアイツがいつも籠る部屋の方へと移すけど、そこから漏れるPCの灯りはない。
わずかの不安に駆られてベッドを離れ音を立てずにリビングの方へと足を向けたら、イスに座ってぼんやりしている姿を見つけた。ホッとため息をついて名前を呼ぼうとしたとき。

ふとテツの視線の先にある“なにか”が目に留まる。

あれは確か、夕方にテツが落として割れちまった青のマグだ。
破片を包む紙の隣に並べられた空色の方はオレが使ってるやつで。そうか。あれは最初にここに来るときに買った、ペアのやつだったのかと気づく。

テツの指が柔らかく欠片を撫でる。
覗き見えたその優しくて悲しい表情に、オレは声を掛けることができないまま。そっと踵を返した。





――――――――――





「……ん、……?」





目が覚めたらしっかりベッドで横になっていて、自分がいつ寝室に戻って来たのか思い出そうとしたけれど叶わなかった。
最後の記憶ではリビングにいたはずなのに。
もしかして青峰君かもしれない。そう考えた瞬間に並べていたマグカップのことを思い出す。
彼が覚えていないものを当て付けのようにテーブルに置いたりして。

慌てて体を起こしてリビングへと向かうと。





「おー、起きたのか」





いつもと同じ、間延びした声。
キッチンからひょいと頭を覗かせた彼は少し意地悪な色を含ませて「テツが昼過ぎまで寝てんの、珍しいな」と笑う。

だけどボクの視線は、テーブルの上のあるものに釘付けだった。





「青峰君、それ」

「ん?ああ……、その、まぁ何だ……」

「新しいマグカップ、買ってきてくれたんですか」





深い海の色をした新品のマグが、空色のそれの横にちょこんと並んでいて。
視線はそちらへ向けたままそう問いかけたら青峰君は歯切れ悪く「同じのは、もうなかったわ」と呟いた。

けどそれはつまり、同じものを、探してくれたという事で。





「……オマエが、そんなに気に入ってくれてるとか知らなくてよ……昨日は、あー、その……ごめんな」

「青峰君。このマグカップ……、前のものとあまり似てませんね」

「……やっぱり前のがいいか?」

「いいえ」





首を横に振ったあと、青峰君に笑いかけたら驚かれる。
それでも無意識に広がる笑みを抑えきれなかった。





「ボクはこのマグカップの方が好きです」








だって、前のものより、もっともっと温かい、キミの想いが詰まっているのだから。








(不器用者同士の)





(13/10/17)




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