青峰君と車


(※社会人設定)
(※青峰が海外プレイヤー)










「おかえりなさい、青峰君」

「ぅおっ!……お、おぉ……テツ、ただいま」





空港から出たら連絡をもらってた通りテツが迎えに来ていた。
声を掛けられなかったら素通りしてしまう程度には相変わらずの影の薄さで、声にビビって仰け反ったオレにテツは少しだけ笑う。





「向こうに車を停めているので」

「おー、つうかマジで免許とれたんだなァ。しかもそれに合わせて新車買ったって?」

「……なんですかその疑心に満ちた目は」

「や、大丈夫なのかオマエ」

「失礼な人ですね。大丈夫ですよ、免許取れたので。たぶん」

「たぶんかよ!」





笑いながら駐車場の方に向かってたら、こじんまりした車の前で立ち止まるからオレもそれに倣った。
テツらしいと言えばらしいクラシカルなデザイン。助手席を示して乗るように促される。





(べつに、青色なのに深い意図はねぇ、よな……)





ぼんやりと海のような青をした車体を眺めていたら「早く乗ってください」と無表情で告げられた。

助手席に乗り込もうとしたら既に運転席側でシートベルトを締めていたテツの姿が視界に入って思わずドアに頭をぶつける。





「……、おま、いや、マジで大丈夫か……?」

「大丈夫です、空港までは無事だったので。誠心誠意、安全運転に努めます」





背筋をピンと伸ばしてこちらを振り向いたテツの顔は、いつかの公式戦デビューの試合並みに緊張していた…。















「何だよ、全然うめえじゃん」

「黄瀬君に同乗してもらって何度か練習したので」

「は?」





チラ、と横目に見た空色の瞳は揺れることなく前を見つめている。

そんな定期的に黄瀬と会ってんのかよ。

一瞬子供みてえな独占欲が頭をよぎってそんな自分にうんざりする。コイツをひとりにしてんのはオレの方なのにな。
窓の外に視線を投げてため息をついてたら、テツが神妙な様子で口を開いた。





「……彼、ボクの初運転のとき、泣いていました」

「ぶっ!」





いや、アイツが泣くってオマエ、どんな運転したんだよ。
涙ながらに「止めて止めてぇぇ!黒子っちぃぃぃ!」と叫んでいる旧友の姿が浮かんでつい噴き出す。





「……、ちゃんと青峰君が初めてですよ」

「は?」

「黄瀬君はいつも後部座席から離れなかったので助手席に誰かを乗せるのは、」





初めてです。



小さく呟かれた事実にオレが言葉を無くしたのは言うまでもない。





――――――――――





信号待ちで隣を見れば、さっきまで同じチームの選手のプレイについて楽しそうに話していた彼は眠りに就いていて。ボクは静かに笑みを溢す。
ボクたちの距離感は変わったけれど、変わらないものも確かにあって。

眠るキミの頬に、そっと唇を寄せた。





――――――――――





「青峰君、……青峰君。着きましたよ」

「んぁ……あ?え、マジか、いつの間に寝ちまったんだオレ」

「そのまま永遠の眠りに誘われずに済んで何よりです」

「……」





真顔で運転席を降りてくテツに続いて車を降りる。
荷物を持とうと手を伸ばして来たその手を握ったら、少しだけ驚いたように目を見開かれた。水色の瞳はあの頃と変わらない。吸い込まれちまいそうなくらい透き通ったままだ。
それを伝えたらきっと「青峰君って意外とロマンチストですよね」とか言われんだろうから、ぜってー口にはしないけどな。





「とりあえず、入りましょうか」

「おう」





繋がったままの指はそのままに歩きだそうとしたとき。





「……っ」





不意に視界に入った数字の羅列に全身の力が抜ける。





「……?青峰君?」





道端にいきなりしゃがみこんだからか不思議そうに名前を呼んでくるテツに恨みがましい視線を送ったら、言いたいことを察したらしい。
滅多に見ない柔らかい笑顔を向けられた。





「車の色も、見るたびにキミを思い出すようにと思って選んだって言ったら、驚きますか」

「……オマエ、ほんと、おま……テツ……」

「はい」

「今夜、覚えとけよ」

「……ッ」





その一言に分かるか分からないくらいに頬を染めたテツに、噛みつくようなキスをした。



横に停められた車のナンバーがオレの誕生日だったとか。
他のヤツに知られたらなんて自慢してやろうか。

そんなことを頭の隅で考えながら。










(遠いキミが近くにあるように)





(13/10/16)


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