笠松サンの誕生日
電子音で目が覚める。
滅多にない経験に戸惑いつつもベッドサイドのケータイを手繰り寄せた。
寝惚け半分で着信に応じれば、聞き慣れた明るい声。
『こんばんは笠松サン、起こしちゃってすみません』
「……寝てるのわかってて、かけてきたのかよ」
『はい』
笑い混じりのそれはいつもより密やかなトーンで、ケータイを見れば夜中のちょうど日付変更線間近だった。
ああ、フライングで喜んでしまう自分がいる。
高尾はまだ何も言ってねえのに。
「この二週間くらい、なんも言ってこなかったから…知らねーのかとおもった」
『まさか!』
壁掛けの時計の秒針が、ゆっくりと、12へ向かう。
『笠松サン、カウントダウンしていいですか?』
「年越しか」
『ぶは!まあ、笠松サン個人の、』
「好きにしろ」
カチ、と数字の10に秒針が乗って。
『じゅう、きゅう、はち……』
静かな、心地の好い音が電話越しに伝わってくる。
『ご、よん、さん』
「高尾」
『に、…えっ?あ、』
カチリ
12にすべて針が集まった瞬間。
「好きだ『好きです…っ』」
オレたちの声も重なった。
『え、ええええ!』
「高尾、るせーぞ近所迷惑になるだろ」
『ハイすみません!じゃなくて、え、なんで笠松サンが、えええ?今日は笠松サンの誕生日だから、オレいちばんに好きですって言おうと、あ、笠松サン、おめでとうございますっ』
慌てふためく高尾に、オレは無意識に熱くなる顔を枕に押し付ける。
「おんなじだっつの……っ」
『え?笠松サン、ちょっと音こもってて聞き取りにくい』
「誕生日だから、産まれてきたその日だから」
ゆっくり顔を上げて時計を見れば、既にその日がはじまって二分が過ぎようとしていた。
「好きなやつに、いちばんに好きって言っておきたかった」
『……ッ、』
「高尾。電話、サンキュな」
『……っも、笠松サンが、オレを喜ばせて、どうするんですか…!』
「はは!」
ケータイ越しでも高尾が照れているのがわかって、思わず笑ってしまう。
『今日は午後からオフなんですよね?ぜったい会いに行きますから!』
「おう…」
『……笠松サン、もしかして、ちょっと寝惚けます?』
「寝てねーよおきてる」
『……、笠松サン』
「でもねみい」
『ぶはっ』
きっと、今年の誕生日は。
忘れられない日になるんだろうな。
微睡みの中で高尾が笑ったのがわかって、自然と笑みが浮かんだ。
(13/7/29)
[ 98/284 ]
[mokuji]