黒子の波に消えた声
振り返るキミ。
花みたいにひらく笑顔。
ボクを呼ぶ声。
全てが愛しくて。
切ない。
「高尾君」
「あっ、黒子じゃん。お疲れー」
「お疲れさまです」
合宿の夜。
特に理由もなく浜辺のほうまで足を伸ばしたら、コンビニの袋を手にした高尾君と出会った。
夜の闇にも霞まない眩しい笑みがボクへ向けられる。
「なに?散歩?」
「はい。高尾君は買い物ですか?」
「おー……あ、そうだ」
「え」
ガサリと袋から見覚えのあるアイスのパッケージが覗く。ボーッと高尾君の動きを目で追っていたら「ハイ!」と笑顔でそれを渡されてしまった。
「え、これ、」
「偶然会ったのもなんかの縁だろ!って訳で、おすそわけな」
「でもボク、お返しできるものがありません」
「ぶはっ!黒子ってばどんだけ律義?アイスいっこくらいでお返しとかいらねーって!」
ケラケラと笑う彼はきっと他意なく接しているだけ。
誰にでも、おなじように。
受け取ったアイスを見つめていたら、高尾君が砂浜を歩き出した。
なんとなく、彼のあとにつづく。前を行くその背中を、引き止めたい衝動がボクを襲った。
「高尾君」
「ん、どーした?」
振り返ったその笑顔と、ボクをまっすぐに射抜く視線。
「黒子?」
そのボクを呼ぶ、優しくて、心におちる、声。
いまだけでいいから。
そのすべてを。
ボクのものに。
「……たかお、く」
「高尾、こんなところで何をしているのだよ」
「あっ、真ちゃん」
遮られた声は、キミには届かなかったらしい。
緑の彼に呼ばれた高尾君は、あっという間にそちらへと駆けていってしまった。
波音に紛れて消えた、ボクの淡い期待に気づかないまま。
(消えない想いなんて、波に浚われればいいのに)
(13/5/29)
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