先輩たちの卒業式
沸き上がった感情はもう抑えがきかなくて。
先輩らがびっくりしてんのなんて分かってたけど、溢れた涙は重力に従って落ちていく。
オレはそれを袖口で必死に拭ってから、笑った。
先輩たちは、今日、卒業する。
―――――
「行かないのか」
「落ち着くまで待ってよっかなーって。クラスメートとか女子とかに囲まれちゃってるだろうし」
声の主なんて振り返らなくても分かってたから、窓の外に視線を向けたまま答える。
校庭では式を終えた今日の主役たちと在校生が入り乱れて、それぞれに別れを惜しんでいるようだ。
後ろであからさまにため息をつかれたけど聞こえないフリ。
「真ちゃん。オレ、先輩たちの顔見て泣いちゃったらどうしよう」
冗談混じりに呟いた言葉は限りなく本音だって、たぶん緑間にはバレてんだろうなあと頭のどっかで考える。
オレらもバスケ部の先輩たちに挨拶に行こうって話してたけど、いざ別れを目の前にすると何とも言えない名残惜しさがオレを引き留めていた。
ほんとに今日で、宮地サンや大坪サン、木村サンが秀徳からいなくなっちまうなんて。
「泣きたければ泣けばいいのだよ」
「……え」
いつの間にか隣に来ていた真ちゃんの一言に思わず顔を上げる。
唯我独尊なエース様だけど、先輩に確かな信頼と尊敬を抱いていたことを知ってる。その視線は校庭に向けられたままで。
少し憂いを帯びた横顔が近づく別れの現実を物語っていた。
「つーかオマエら、黄昏てねえでさっさと会いに来いっつの」
「……!!」
「みっ宮地サン?!」
「よお、てっきり泣いてンのかと思ったぜ」
聞き慣れた声と共に教室のドアから覗いたのはさっきまで校庭で女子の猛攻を受けていた宮地サンで、若干学ランがよれっとして見えるのはまあ、そういうことなんだと思う。
あたふたと向き合えば、後ろから大坪サンたちも現れて更に焦る。
まだ心の準備もしてないのに不意打ちとかそんな。
「卒業おめでとうございます、先輩方」
「しれっと言いやがったな緑間ァ」
「もっと敬意込めれや」
いつもの調子で真ちゃんをからかう宮地サンたちを横目に大坪サンがオレの方へと歩み寄ってきて、無意識に緊張する。
それに気づいたのか、おっきな手がオレの頭に触れた。
「高尾、これからも大変とは思うが緑間の手綱を巧くひいてやってくれ。オマエは秀徳バスケ部に無くてはならない存在なんだからな」
ああ。
せっかく、笑って見送ろうと思ってたのに。
「つか上手くやんねーと轢く。……ま、たまには様子見に来てやっから」
「なんやかんや宮地は一番頻繁に来そうだよな、高尾が心配で」
「ああ?!うっせ木村!別に心配とかしてねーよ!!」
先輩たちは卒業しちまっても、ずっとずっとオレたちの先輩なんだよな。
自然と流れ出した涙を拭って、オレは精一杯の笑顔を浮かべた。
「卒業、おめでとう、ございます……っ、オレ、先輩たち…のこと、めっちゃ好きで……っ尊敬、してます……!」
寂しさに浸ってんのなんか勿体無いって笑ったつもりだけど。どうやら上手く笑えてはなかったみたいだ。
宮地サンが何か焦った表情でオレの目元を優しく拭ってくれた。
「……っ泣くな、高尾」
「つられて宮地まで泣いちまうだろ」
「一々うっせーんだよ木村ァ!」
「ハハ!宮地は本当に素直じゃないな!!」
「大坪まで」
「ツンデレですか宮地先輩」
「てめえにだけは言われたくねーわ緑間!焼くぞ!!」
不思議と、悲しい気持ちが溶けてくのを感じる。
今なら胸張って笑って、送り出せるよな。って真ちゃんを盗み見たら珍しく微笑んだりしちゃってるからやっぱり涙腺が弛みそうになった。
「……っ、宮地サン!寂しくなったらいつでも会いに来てくださいね!!」
(そのときはきっと、)
(満面の笑顔で迎えるから)
(13/3/1)
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[mokuji]