夜に会いましょう






人間なんて、ツマラナイ。

少し甘い蜜を目の前にぶら下げてやれば、あっという間におちてくる。
昼は理性の皮を被って友人のフリをする男だって、夜になれば快楽に従順な唯の獣になるし。たまには駆け引きなんかを楽しんでみたいと思うのは贅沢なことなのかね。
そんなことを考えながら日中は人間を装い「学生」に紛れ、夜は精液を集める生活を漠然と繰り返していたある春の日のことだった。

オレが、一人の男に出逢ったのは。

夜の裏路地で蹲る姿を見つけて声を掛けてみようと思ったのは、その甘ったるい蜂蜜色の頭が何となくオレの興味を引いたから。
要するに、好奇心からだけの行動だった。
ただ、僅かに顔を上げた男の顔が予想以上に小綺麗で驚かされたけど。





「……おにーさん、ダイジョーブ?きもちわるいの?」

「……、ああん?」





あと、ガラの悪さにも驚いた。
まあこっちにも全くの親切心なんてなかったから驚いても退かなかったけど。
面白そうなひとだなー、と無意識に距離を詰めれば綺麗なおにーさんの眉間にシワが寄るのが見て取れる。
おお、分かりやすく拒否されている。





「ねえ、具合わるいなら、あっちで休んだら……」

「話し掛けんな、あと、近寄んな」

「……、あ」




ぎらぎらと光る双眼に、ふと思い至る節があった。

このひとたぶん、人間じゃない。

それはオレの更なる好奇心を燻るには十分の要素で。
たまには悪くないだろうと、オレは一層身を乗り出す。
細身の割に案外とがっしりした肩に、そっと触れた瞬間。
それまで見えていた視界がぐるりと回って、そのまま覆われるように目の前が暗くなる。
荒い息遣い。鼻を擽る甘い香り。ひとを惑わす煌めく蜜色。
立ち上がりオレを壁に絡みつける腕。見下してくる視線。
一瞬呑まれそうになるほどの、強烈な存在感に瞬きを忘れ、その全てに見入る。





「ッわざわざ、警告してやったのに」

「……っん、ァ…ッ……!」





ぞくりと、身体が震えた。

ああ……血を吸われている。
そう、すぐに本能的に理解する。
オレの体内を流れる血液が吸いだされる感覚。
噛まれた首筋から溢れ拡がる感じたことのない、悦楽感。
オレは全身でそれに酔っていく。

でも、その快楽は長くは続かなかった。





「……っあ、あァ……」

「……、?……ン……っ、オマエ、もしかして……夢魔、か?」

「ひゃ……っふ、は!ちょ、そこで喋んないでおにーさん…っ!」

「……チッ、」

「わっ!」





突き飛ばされるように壁に押し戻されて、おにーさんとの距離が開いた。
物足りない思いで見上げたら、思った以上に高い位置にある琥珀色の瞳に驚く。





「あらら、残念。もっと吸ってくれて好かったのに……」

「……あ?」

「きもちよかったっしょ?オレの血、吸うの」





ニッコリ微笑みかけたら、おにーさんの整った相貌がくしゃりと歪んだ。
それでもイケメンとか、羨ましい限りだ。
オレの言葉の意図を読み取ったらしい。おにーさんは不愉快気に髪を撫でつける。
その仕草のひとつひとつが様になっていて、オレは目を離せずにいた。





「夢魔の血液を吸血鬼が一定量摂取したらどうなるか、テメェ知ってんだろーが」

「あはは、ちょっと淫乱になっちゃうだけじゃないですか?でも元気になったみたいで良かったね、おにーさん」





魔力と血液不足で貧血おこしてた吸血鬼サン。
そう告げて、笑う。
そこでおにーさんの表情が初めて不機嫌なものからバツの悪そうなものへと変わった。





「……」

「え?何か言いました、今……」

「……、悪かった」

「!え、あ、…えっと?ど……どういたしまして……?」





まさか謝罪されるとは思ってもなかったから、思わずおかしな返事をしてしまう。
すると、おにーさんの纏う色が、ふわりと緩んだ。





「ははっ、変なヤツだな、オマエ」

「……っ」





それは、こっちの台詞だと。
笑って告げられるだけの余裕なんてなくて。

オレは、微笑む彼を見つめていた。





それから先は、殆ど無意識。








「ねぇ、これからも、オレの血を吸ってよ」





すがるように見上げたおにーさんの瞳は、驚いたように見開かれて。
細く長い指がオレが強引に重ねたその薄い唇を呆然となぞった。





「人間の血を我慢して、枯渇を起こすくらいなら、オレの血をいくらでもあげるから」





だから。




オレにも、ちょうだい?









(とある夢魔、恋におちる。)








その日の翌日、「学生」の入学式が催される学校で、おにーさんと再会することになろうとは。

夜の闇に映える蜂蜜色に酔うオレは、まだ知らない。










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